第24話「女王様が見てる」
そしていよいよ“デュプリケイター”オークションの日が訪れた。
いつもは露店がひしめき合っている黄金都市シェヘラザードの広場も、今日は様変わりしている。
広場の中心に臨時で設立されたオークション会場には多くの椅子が並べられ、大勢の参加者たちがその開始を今か今かと待ちわびていた。その顔触れたるや、いずれも名だたるクランのマスターや重鎮ばかり。まるで金持ち博覧会だ。適当に石を投げれば金持ちに当たるぜ!
「やあ、これは<EVE連合>のファスター・ザンライト専務やないですか」
「おや、<アキンズヘブン>のモーカリマッカ番頭。こんなところで奇遇ですな」
「ははは、こんなところだからやおまへんか。やっぱり<EVE連合>も狙ってきまはったか。例の“デュプリケイター”」
「代表がどうあっても手に入れて来いと仰せでしてな。どうもウチの商会のトレードマークにしたいのだそうですよ。ははは、まるで子供のようでお恥ずかしい限りですが」
「カカカ。まあアレを使用目的で手に入れようなんて輩じゃ手に届かない品物でっしゃろな」
「というと、おたくは投機目的で?」
「もちろんですわ。世界に1つの複製機となれば、いずれほっといても値上がりするのは確実ですさかいな。まあ、もっとも……エコ猫が2つめ3つめを“発見”せんかったらですが」
「ですなあ。良識を持った出し方をしてもらいたいもんですが。……それで、<アキンズヘブン>さんは見つけられそうですかな?」
「いやいや、まるで見当がつきませんわ。おたくは?」
「同じですなあ。困ったものです」
「……それにしても、今日は<
「他にも見当たらない大クランがちらほらありますな。この騒ぎには関わるつもりがない、と。まあ、個人としては賢いと思いますよ。……おっと、今のはオフレコで」
「ま、ままま。わかりまっせ。……ところで、専務ご個人の御商売は順調で?」
「ははは、まあまあといったところですな。貴方はいかがです?」
「ぼちぼちでんな! わはははは」
そんな会話が会場のあちこちで繰り広げられていた。巨商同士が直接顔を合わせる機会などめったにあるものではなく、ましてや彼らが一堂に会することなどこれがサービスイン以来初と言えるだろう。
普段は商売仇の連中も、にこにこと笑顔を振りまきながら肚の内を探り合っている。
圧倒的に格上の商人たちに囲まれながら、ルイーネは青い顔でだらだらと脂汗を流していた。……自分はあまりに場違いじゃないだろうか。
自分のクランとて街や村を所有する大クランという自負はあるが、それにしたって胃が痛い。この1週間、頑張って金を作ってはきた。クラン員全員で血と汗を流して稼いだ金だ。しかしそれを持ってしても、果たしてこんな連中に競り勝てるのか……。
いや、競り勝ってしまっていいのか? 勝ったとして後が続くのか?
いっそ負けてしまえば参加費用を払うだけで済む。
ルイーネは今も迷い続けていた。
『頑張ってくださいね、マスター! 勝利を祈ってワッショイ!』
『実況見ながら応援してます! 俺たちの銭のケンカ神輿、任せましたワッショイ!!』
『みんなで共通のはっぴとハチマキと団扇作ったんです! ワッショイワッショイソイヤソイヤ!!』
クラン員から送られてきたチャットに、ルイーネはふっと頬を緩めながらうつむく。
(だからワッショイってなんなんだよ……!?)
お前が始めた物語だろ。
いつのまにか自分を離れてクラン員の共通言語になってしまった謎の掛け声を思い、ルイーネの胃はさらにキリキリと痛んだ。
気が付けばソイヤソイヤまでくっついている。このミーム、進化している……!
視線を上げてステージの上を見やると、主催者のエコ猫がオークションハンマーを握っているのが見える。
彼女はわざとらしく眺めていた銀の懐中時計を懐にしまうと、会場中に宣言する。
「長らくお待たせいたしました! それではこれより、唯一無二にして驚天動地! この世の常識を覆す天下の大秘宝! “デュプリケイター”のオークションを始めさせていただきます!!」
オオーーーーッと割れんばかりの歓声が、広場を揺るがす。なんだかんだノリのいい連中である。
彼らの注目を一身に集めながら、エコ猫はアイテムボックスから機械仕掛けの卵とゴールデンエッグを取り出した。内部で歯車が無限に回転を続ける不思議な機械卵に、参加者も見守る観衆たちも注意を釘付けにする。
「取りいだしたるはこちらの機械卵! 下は薬草から上は最高レアの武器防具まで、どんなアイテムでも増やせてしまう奇跡の複製機です!! 何に使うかは落札されましたお客様次第! 貴方の可能性を問うと言っても過言ではございません! さあさあ、何に使うか、どうやって使うかはもう決めていらっしゃいますか?」
「能書きはいいぞエコ猫ー!」
「とっとと始めろー!」
観客席から飛んできたヤジにエコ猫は苦笑を返すと、大きく腕を広げた。
「これは失礼! 私もこうした大舞台は初めてで、緊張のあまり少々舌が回り過ぎてしまいました! さあそれではお楽しみのセリと参りましょう! 貴方の夢をかなえる奇跡の複製機“デュプリケイター”付きのゴールデンエッグ! 1億ディールからスタートです!」
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「おお、ようやくか!」
黄金都市の中央にあるオアシスに面した首長の館、“
その奥にある応接室には巨大な投影型モニターがしつらえられ、部屋の主が革張りのソファーにふんぞり返っていた。
褐色の肌をした14歳ほどの人間の少女で、キツい吊り目に青いアイシャドウを配している。薄いドレスにはじゃらじゃらと黄金の装身具を付けているが、決して華美に過ぎるという印象は受けない。すらりと伸びた四肢と賢そうな顔立ちは生きる彫刻のようで、装身具に相応しい美を湛えていた。しかしその表情は高慢と傲慢に彩られ、爛々とした眼光は隠しきれない性根の悪さを示している。
彼女の名はクイーン・シバ。
黄金都市シェヘラザードの首長を務めるNPCである。
アイスクリームをスプーンで削って舐め取りながら、シバは切れ長の瞳を細めた。
「クハハッ! この1週間が待ち遠しかったぞ! まさかこれほどの規模のオークションとはのう! 見るがいい、皆の衆! 欲の皮が突っ張った人間どもが、雁首揃えてギラギラと欲望に燃えておるわ! 愚かじゃのう! 実に愚かじゃ! クハハハ!」
「まことその通りでございます、女王陛下」
ソファーの横に立って恭しく応えるのは、取引所の所長だ。
彼だけでなく、黄金都市中のさまざまな施設の重鎮NPCたちが、女王のそばにかしずいてその言葉に頷いていた。
黄金都市の首長たるクイーン・シバの役割は2つ。1つは都市の施設を管理するNPCたちのまとめ役を務めること。
そしてもう1つは、黄金都市を買収しようとするプレイヤーに支配権を譲り渡すこと。このゲームにおける村や街といった拠点は、すべからくいずれはプレイヤーに支配されることを前提としている。そのときの買収交渉の窓口が首長なのだ。
しかし黄金都市と彼女がゲームに実装されてからというもの、買収しようというプレイヤーはついぞ現れなかった。なにしろシェヘラザードの買収に必要な額は4兆ディール。何をどうやって資金稼ぎしようとも、現環境ではとても手が届くような額ではなかった。そこまで稼げるような手段などどこにもない。
いつまでたっても黄金都市を買収しようとするプレイヤーは現れず、そんなことが可能なクランが登場する兆しもない。そんな日々が続くうちに、いつしかクイーン・シバは人間を舐めるようになった。
『ケインズガルド・オンライン』のネームドNPCには高性能な人格AIが組み込まれている。彼らは人間並みの思考力を持ち、AI同士で会話し、学習進化する能力を持つ。クイーン・シバのAIは人間は大したことのない生き物、欲望に振り回される分AIに劣る思考性能しか持たないざぁーこ♥種族だと学習したのだ。つまりメスガキAIに進化したのである。
暇を持て余したクイーン・シバの目下の退屈しのぎは、人間観察であった。といっても、別に駅や公園のベンチに座ってじろじろ通行人を眺めている不審者のことではない。ステーション・バーなど女王にふさわしい趣味とは言えないからの。
彼女の趣味は黄金都市の中で行われている商取引や、都市の周辺で行われているPK行為の鑑賞である。NPC商人にいいようにぼったくり値段で買わされたり、PKに命乞いして無残に殺され、身ぐるみを剥がれる商人。あるいは奪った金でウハウハしているところをPKKに狩られるPK。
そういった欲望に振り回されて悲惨な目に遭う人間たちを眺めるのが大好きで、都市の高位NPCを集めては夜ごと鑑賞会を開いているのだった。
なお、別に彼女自身が人間に干渉するわけではない。ほっといても彼らは騙し合い、殺し合う。そんな人間の愚かさを再確認することが、彼女の最大の喜びなのだ。余にとって……生の映画を観ているようなモンじゃよ……!
いや、これ駅で通行人ガン見してる不審者の方が百倍マシだわ。
そんな人間ナメナメ悪趣味メスガキ極まったクイーン・シバにとって、今回のオークションは格好の見世物だった。何しろワールド中から欲の皮が突っ張った商人たちが大集合して競い合うというのだから。まさにざこざこ人間の愚かさをこよなく愛するシバ垂涎のイベントである。
「クハハハハハ! デュプリケイターが原価をかけずにいくらでも拾えると知ったら、奴らどんな顔をするんじゃろうなあ! ああ、愚か愚か! なんとも愚かで愛しい限りじゃのう、人間というものは! そう思うじゃろう、のう!」
「まことその通りでございます、女王陛下」
「うむ、うむ! さあいよいよ始まるようじゃぞ、悲喜劇を楽しませてもらおうではないか!」
そのとき応接室の扉が開き、1人の侍女がシバの元に走り寄って耳打ちした。
シバは眉を跳ね上げると、不機嫌そうに唇を歪める。
「なに? 余に面会希望じゃと? 捨て置け! 余は今忙しいのじゃ!」
「ですが……」
「今から最高の見世物が始まるところなのがわからぬのか! 人間ごときが余の楽しみの邪魔をするなど許されぬわ! オークションが終わるまで待たせておけい!」
「……はい、かしこまりました」
侍女が下がるのを一瞥して、クイーン・シバはすらりとした美脚を組み替えた。
「まったく、気の利かぬ奴よ。こんな面白い見世物を見逃しては一生後悔するぞ。そう思うじゃろう、お主ら」
「まことその通りでございます、女王陛下」
「うむ! さあ、人間どもよ踊れ踊れ! 欲望の焔に焼かれて自滅するのを特等席で見せてもらうとするかのう! クハハハハッ!」
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オークション会場と水晶楼でそれぞれの思惑が進行している中、黄金都市のアイテムショップを1人のゴスロリ少女が訪れていた。
アイテムショップと一括りにしたが、ここは黄金都市政府が直轄する高級店。いかにもゴージャスな内装は見る者を圧倒し、訪れる客を選ぶ。
実際この店は都市と大口取引をする大クランしか入店を許されておらず、ようやく熟練テイマーの称号を得た程度の彼女では入れない店格であった。
彼女を追い出そうと近づいてきたスーツ姿の店員に、カズハは無言でクラン章と書類を見せる。すると店員は態度をがらりと変え、恭しく一礼した。
「これは失礼しました。<ナインライブズ>マスターの委任状をお持ちですね。それではご案内します」
カズハはこくりと頷き、店員の後に続いて店の奥に入っていく。
先ほどからずっと無言だが、これは別に偉そうに振る舞っているわけではない。
(うう……これはAI……。人間じゃないから怖くない、怖くない……)
瞳をぐるぐるさせながら、カズハは緊張でガチガチになっていた。
知らない相手を前にすると、こうなってしまうのである。相手がPKといったこちらに明確な害意を向けてくる存在なら虫を潰すように叩きのめせる。しかし会話をしたり仲間として一緒に戦ったりといったコミュニケーションが必要な相手だと、途端にダメダメになるのだった。
動物さんなら全然平気なのだが、人型だと緊張してしまう。
今回案内してくれている店員も人間型なので、カズハはガチガチになってしまっている。ほら、今も同じ側の腕と脚を同時に出して歩いてる。
どう考えても交渉にはまるで向いてない人選なのだが、それでもエコ猫はカズハを自分の代理人に選んだ。彼女にとってカズハこそ、世界で唯一信頼できる存在だからだ。それがわかっているから、カズハも勇気を出して慣れない場に来ているのである。
幸い廊下に彼女以外の客はおらず、店員は前を歩いているのでカズハはパニックに陥らずに済んだ。店の格があまりにも高いと、商談はすべて個室で行うので他の客と顔を合わせることはないのだ。
個室に通されたカズハを待っていたのは、穏やかな顔立ちをした羊型獣人の女性店員だった。シースドレスと呼ばれる肩を露出したワンピース型の民族衣装を着ており、片眼鏡をかけている。穏やかな顔立ちだが瞳はきりっとしており、いかにも仕事ができそうな人だなーとカズハは思う。相手が獣人だったので、カズハはいくらか気が楽になった。
「ようこそいらっしゃいました、お嬢様。黄金都市直轄0号店へようこそ。私めはこちらの店長を務めております。……随分汗をかかれておられますね。まずは何かお飲み物をお持ちしましょう。お好みはございますか?」
慇懃に一礼する彼女に、カズハは内心はわわと慌てる。
「ええと……なんでもいいです……」
「それではぬるめのハーブティーを。気分が落ち着きます」
店長がパンと蹄を鳴らすと、時間をおかずに茶器を載せたワゴンが運ばれてくる。カップにはエジプト壁画が刻まれていたが、その登場人物はいずれも獣人であった。珍しい意匠に、カズハは思わずしげしげとカップを眺めてしまう。
「面白いデザインでしょう。近隣にあるピラミッドダンジョンの奥に刻まれている壁画の写しを焼き入れてあります」
「ふぁ」
にこりと微笑む店長に、カズハは赤くなった。
店長はそろそろ本題に入りたいという意思表示をしているのだが、カズハには伝わっていない。それを見て取った店長は、相手に合わせてシンプルに話すことにした。
「さて、今回は足を運んでくださいましてありがとうございます。<ナインライブズ>様には先日交易品の大口取引実績がございますので、当店にて取引を承らせていただきます。此度はどのようなご用件でしょうか?」
「ええと……売りたい……です」
「かしこまりました。何をお売りいただけるのでしょう」
「これ、です」
カズハがテーブルの上に取り出した品物を見た店長は、そのアイテムの取引額を告げた。
「お嬢様。こちらの商品の取引額は――――となります」
「…………」
カズハは目を細めると、小さく頷いた。
「……しばらくここにいてもいいですか?」
「はい。それはもちろん構いません。どうぞごゆっくりおくつろぎください」
「……モンスター出してもいいですか? 枕がほしいので……」
「え、あ、はい。どうぞご自由に」
ハーブティーを飲み干したカズハは、とてとてと部屋の隅に移動。ガルちゃんを呼び出すと、彼のおなかを枕にしてくつろぎ始めた。なんだかリラックスした気分。ハーブティーってすごい。
アイテムボックスから漫画雑誌を取り出してごろごろするカズハに、店長は内心で冷や汗をかいた。
(うち、漫画喫茶じゃないんですけど……)
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