第16話「正義の騎士団VS銭ゲバ猫」
砂丘の稜線に身を隠しながら、PKクラン<
<ナインライブズ>が小休止に選んだ小オアシスは、このあたりを縄張りにしている<天麩羅騎士団>にとって格好の狩場だった。ちょうどオアシス側からは死角になる砂丘の裏に身を隠せるポイントがいくつもあり、しかも“赤”ゾーン内。まるでここでPKしてくださいと言わんばかりの絶好の配置になっているのだ。
シェヘラザードに向かう商人クランは、PKクランにとってはオイシイ獲物である。なにせ彼らを襲って身ぐるみを剥ぎ、ラクダごと交易品をシェヘラザードに運ぶだけで元手なしで数十億もの利益が出るのだ。こんなウマい商売はない。
最近では少々狩り過ぎてしまったのかここで休憩する商人が減りひもじい思いをしていたが、今日は素晴らしい獲物がかかってくれた。
「ウィルフレッド、そろそろいいんじゃないか? もう我慢できないよ! 早く正義の刃を振るいたくてうずうずしているんだ!」
「まあ待ちたまえ。利益を貪る悪徳商人に天誅を食らわせたいのは僕も同じだ。だが、護衛たちが少々厄介だ。偵察部隊が合流してから、足並みを揃えて一気に奇襲を仕掛けよう」
彼らがここで待ち伏せているのは偶然ではない。
<天麩羅騎士団>はシェヘラザードに至るまでの各街に偵察兵を送り込んでいる。
偵察兵は交易所を監視しており、大口の取引をする商人が現れたら狩場の近くにある本拠地にチャットを送る。そして本拠地から出撃した本隊が狩場となるオアシスの付近に陣取り、待ち伏せを仕掛けるというのがお決まりの狩りパターンだった。
しかし今回は強そうな護衛が10人も付いており、一筋縄ではいきそうにない。そこで偵察兵を全員本拠地に呼び戻し、クラン総出で襲い掛かろうという算段だった。
「ちえっ、まだ来ないのか? 待ちくたびれちゃったよ」
「あっ、またサソリが湧いたぞ! 地味に強くて面倒なんだよな~」
「後ろにおびき寄せてから倒したまえよ。ダメージ表示見られたらバレるぞ」
POPしたサソリ型モンスターを後ろに引っ張り、クランメンバーがぼこぼこと囲んで処理していく。このゲームではダメージを与えたときにその数値が表示されるのだが、この表示はオブジェクトを貫通して表示されるため、<ナインライブズ>の近くで倒してしまうと隠れているのが台無しになる可能性があった。
このサソリ型モンスター“デススコルピオン”は麻痺毒と猛毒を持つうえに防御力がかなり高く、しかも複数で沸くので厄介だ。最近のアプデで追加された新しいエリアだけあって、出現するモンスターもかなり強い。
しかしそんなエリアを狩場に選ぶだけあって、<天麩羅騎士団>も戦力はかなり充実している。そんじょそこらのPKKクランなら十分返り討ちにできる自信があった。
なお、彼らの装備は一様に白銀に光り輝くフルプレートアーマーの上からマントを羽織った、盗賊のくせにナマイキなスタイルである。というか、自分たちが盗賊という意識がまったくなかった。
「待たせたな、みんな! 今到着したぞ!」
「やっとついたのか! 遅い!」
「来た! ナイト来た! メイン盾来た! これで勝つる!」
「よし、これで邪悪な商人に鉄槌を食らわせられるな!!」
偵察部隊が合流して、ワッと騎士たちが盛り上がる。
ウィルフレッドが立ち上げた<天麩羅騎士団>は、どういうわけか高潔な騎士様ばかりがわらわらと集まってきた。
せこせこと小手先の金儲けを企む商人を卑しく邪悪な存在と断じる彼らは、商人を襲撃して金品を奪うことを“浄財”と呼んでいる。商人から奪った金はクランの資金にするほか、黄金都市の神殿への寄進にもあてられていた。神殿に一定額を寄進すると、強力なパラディンクラスが解放されるからだ。神殿の美人聖職者NPCにもチヤホヤされるので、とてもいい気分になれる。やっぱりナイトは正義だ!
まあ第三者から見たら、どうあがいてもただの盗賊にすぎないんですけどね。
中世ヨーロッパで活躍した名前の元ネタの“テンプル騎士団”も、信仰のために旗揚げしたのに途中で腐敗して金貸しやら海賊行為やらで悪名を馳せていた。武装集団の行く末は大体こんなもんなのかもしれない。
ウィルフレッドは頼れる仲間たちを振り返り、剣を高々と掲げた。
「さあ、行くぞみんな! 今こそ我らの正義を示すとき! 奴らの金を浄財し、船を買おう! そして七つの海を越えて<天麩羅騎士団>の勇名を世界中に知らしめるのだ!!」
「オーーーーーーッ!!」
「斬り込み役は私に任せよ! いざ、出陣!」
「フッ、俺に任せろ。この純白の刃、血に染めるときが来たようだ……!」
意欲旺盛な頼れる仲間たちに笑みをこぼしながら、ウィルフレッドは戦術を披露する。
「いや、まずは護衛を狙撃して頭数を減らすのだ。しかるのちに一斉にかかれ! 第二部隊は南方から襲い掛かり、商人どもが逃げないように足を封じよ!」
「賢い! さすが団長だ!」
「さすナイト!!」
「素晴らしい戦術! これで勝つる!!」
「行くぞ、みんな! 僕たちの正義をここに示せ!!」
「ウオオオオオオーーーーーーッ!!」
そして高潔な騎士たちは必勝の陣形で<ナインライブズ>に襲い掛かった!
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「フンッッッ!!! 【パワーレイザー】!!」
力を溜めたゴリミットが勢いよく地面を殴りつけると、砂塵を巻き上げながら噴出した衝撃波がPK騎士たちを巻き込んで空高く打ち上げていく。
さらにゴリミットは跳躍すると、落下してきた騎士たちを空中で殴る蹴るでボコボコに!
「【イヌガミストライク】!!」
空中コンボのシメに繰り出されたかかと落としが炸裂! ヒットした騎士は赤い光に包まれながら勢いよく頭から砂地に突き刺さり、逆さにめりこんで身動きを封じられる。
「トドメだ! 【クルマダフィニッシュ】!!」
着地したゴリミットが背中を向けながら拳を中空に突き上げると、地面にめり込んだ騎士が何故か空高くキリモミ回転しながらかちあげられ、空が暗転! 雷のエフェクトと共に大ダメージが入り、グシャア!と頭から地面に叩き付けられた。見事な車田落ち、ナイトじゃなければ見逃しちゃうね。
「フンガアアアアアアッ! 次は誰だああああああッッッ!!」
ゴリミットがドラミングしながら咆哮を上げると、彼に殺到していたPK騎士たちが動揺した顔で後ずさりした。
「な、なんだ貴君は!? 1人だけ格ゲーしぐさしやがって!」
「ゲエッ! ゴリミットだ!!」
「ち、近寄るな! 掴みからの10割コンボ決められるぞ!」
「中身マジモンのゴリラなのではないか!?」
そんなエースの活躍ぶりに触発され、<
「ゴリミットが
「殺せ! 殺せ! 死ぬのを恐れるな、死なば
「盗賊ごときが騎士だぁ!? こっちは守護獣だぞ!! 頭が高ええええッ!!」
「オレサマ アタマカラ マルカジリ!!」
もうこれ
「こ、こんなはずでは……!?」
<守護獣の牙>の護衛たちの頭チンパンな奮闘ぶりに、ウィルフレッドはだらだらと脂汗を流す。
開幕で10人の護衛のうち誰も狙撃で殺せなかった時点で、PK騎士たちの敗北は既に決まっていたようなものだった。
「何故だ!? 何故正義が敗れる!? 待ち伏せしたのはこちらだぞ!!」
「何を言っとる。待ち伏せしたのはこちら。罠にかかったのはおぬしらだ!」
「ぐほぉあ!?」
すかさず距離を詰めたゴリミットの重い下段突きを受けて、ウィルフレッドは思いっきり後方へと吹っ飛ばされる。
実際ゴリミットの言う通りだった。
ゴリミットもエコ猫も、この小オアシスが奇襲に最適な地形であることなど承知している。そのうえでいつ襲われても対抗できるように布陣を整えているのだ。攻めてくることがわかっている奇襲は奇襲とは呼ばない。
むしろエコ猫は日中に突然襲い掛かられた方が厄介だと思っていたので、あえて夜にこうして隙を見せてPKクランの襲撃を誘ったのだ。
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「お姉ちゃん、私も出た方がいい?」
「出なくていい。カズハちゃんはここにいて」
ゴリミットのあまりにもあまりな活躍ぶりを見て、うずうずするカズハ。
そんな彼女を背後から抱きしめ、エコ猫は首を横に振る。
「護衛に任せとけばいいの。彼らはそのためにいるんだし、活躍の機会を奪うのはよくないよ」
「むー」
「そもそも【ステルスネーム】を発動してると、本気出せないでしょ」
「……そっか」
頬を膨らませていたカズハは、エコ猫の言葉に頷く。
最近ずっとソロでゴールデンエッグの世界に潜っていたから気が大きくなっていたが、常時【ステルスネーム】を発動している状態ではカズハは弱体化してしまう。
特に今回の敵は高レベル帯のプレイヤーだけあって、ドンちゃんの究極ブレスでも倒し切れるか怪しい。
それに現状カズハはドンちゃんの究極ブレスでのワンパン頼りしか戦う術がないので、仮に本気出して何人か倒し切れたところで、クールタイム中に別の敵に襲われたらあっさり負けてしまうことだろう。
カズハがゴールデンエッグの世界で無双できるのは、あくまでも出現するモンスターとドンちゃんの相性がピッタリとハマってくれたからでしかない。
エコ猫の言葉に、レッカとクロードがわははと笑いながら互いの手を打つ。
「そうそう、私たちは後ろで待機しておかなきゃ」
「うんうん。守られるのも仕事のうちだね!」
「いやアンタたちは働きなさいよ傭兵」
エコ猫は小さく溜息を吐き、片目を閉じながら後方を振り向いた。
「まあ、アンタたちはこっちの対処が仕事だけど」
その瞬間、夜闇に紛れて<ナインライブズ>の一員に刃を突き立てようとしていたPKが、ぶぎゃっと汚い悲鳴を上げながら雷撃に吹き飛ぶ。
びりびりと感電エフェクトに包まれて身動き取れなくなった騎士に向かってシルクハットを持ち上げながら、クロードはにやりと微笑んだ。
「うん、俺も丁度そう言おうと思ってたんだ」
「別にサメの餌になるために来たわけじゃないのよね!」
雷撃を浴びて麻痺した騎士の胴を、すかさず飛びかかったレッカの赤い刃が貫く。HPを全損して光に包まれて消えていく騎士を後目に、返す刃で振るわれたレッカの一撃が別の騎士を切り裂いていく。
「【マネーチャージ:100万ディール】! 【マネーチャージ:100万ディール】! 今の私は小金持ちだから、ガンガン撃ちまくるよ! おかわりどんどん持ってけ!」
さらにエコ猫が黄金銃から銭投げ銃弾をぶちまけて、レッカとクロードが撃ち漏らした敵を片っ端から撃ち抜いていく。
「さあ撃った撃った! いくら使っても経費は全部クラン持ちです! ジャンジャンバリバリ本日開店、老若男女いらっしゃいませ! お代は貴方がたのお命です!」
黄金銃を構えるのは彼女だけではない。ラブラビを初めとする戦えるクランメンバーたちもエコ猫に続いて黄金銃を構え、金色の銃弾で惜しみなく銭をぶちまけていく。
大体のゲームで所持金を消費する銭投げは強く設定されているものだが、経済特化の『ケインズガルド・オンライン』での強さは特筆するものがある。
無力な商人なら背後から狩り放題と侮っていたPK騎士の別動隊は、飛び交う金の銃弾にガリガリとHPを削られながら悲鳴を上げた。単体では脆弱な商人キャラといえど、20人が並んでひっきりなしに銃弾を浴びせれば、それは不可避の砲煙弾雨となる。
「ハッハッハ! こりゃ愉快痛快! おっとそこに【サンドホール】だ! 流砂に呑まれて朽ち果てたまえよ!」
「まずいまずい、このままじゃ手柄取られちゃうじゃん。おらっ、【ブランディッシュ】! あたしの契約続行のために死ねぇ!!」
弾幕を潜り抜けて突っ込んでくる敵にはクロードが足を封じ、矢避けをかけて銃弾を防ぐ敵にはレッカが斬撃を浴びせかけて対処。魔法と剣と銭投げのコラボレーション(主に銭投げ)の前に、別動隊のPKたちはみるみる数を減らしていく。
「く、くそおおおっ! 薄汚い商人ごときがっ! 汚いっ! さすが商人汚いっ!! 俺たち騎士の誇りを銭で踏みにじるとは!」
「何とでも言いなさい。商人は勝てばいいのよ、勝てば!!」
高笑いを上げながら銭の銃弾を浴びせかけるエコ猫。完全に悪役の笑顔であった。
果たしてナイトたちはここで全滅してしまうのか……!?
否! ナイトは負けない!! 何故なら彼らには“勇気”と“友情”があるから!!
「うおおおおおおおおおっ!! 俺の屍を越えていけええええ!!」
「あっ……!?」
騎士の1人が盾を構えながら突進を仕掛け、レッカをよろめかせる。
そしてその後ろに隠れていた別の騎士が、自分に矢避けをかけながらレッカの横を駆け抜けた!
「ありがとう、友よ! 君の犠牲は無駄にしない!!」
商人たちに飛びかかった騎士の誇り高き刃が、あっという間に数名の命を奪う。
商人クラスは銭投げこそ強力だが、基本的に打たれ弱い。特に強力な近接攻撃には極めて弱く、<ナインライブズ>のプレイヤーたちはレベルが低いこともあって、高レベルのPKに襲われてはひとたまりもなかった。
「落ち着いて照準を合わせて! 接射、撃て!!」
混乱して悲鳴を上げながら逃げ惑う商人もいる中で、それでもラブラビを含む数名は冷静に闖入者に銃口を向けた。
商人たちを倒した騎士は、蜂の巣になりながらも剣を振り上げる。
「さあ、今だ! 奪え!!」
彼の言葉と共に“ハイドクローク”を脱ぎ捨てた3人の騎士がその場に出現する。
彼らは命を落とした商人たちのアイテムと金をすかさず拾うと、両手を上げた。
「!? まだいたのですか、撃ち……」
「待って、撃っちゃダメ! こいつらは……」
エコ猫の制止に、商人たちが銃を構えたまま固まる。
騎士たちはそんなエコ猫に、ニヤニヤと嫌らしい正義の笑みを浮かべた。
「どうやらわかっているようだね。そうとも、僕たちはPKじゃない。僕たちの手は誰も殺めたことのない清廉な手なんだ」
そう笑って両手を見せる騎士のネームは、通常のホワイトカラーで表示されている。
プレイヤー殺害履歴を持つPKのネームならオレンジで表示されるはずだが……。
「
「その通り。僕たちはPKクランにいるけど、誰も殺してない。君たちと同じ、無辜のプレイヤーなんだ。そんな僕を殺したらどうなるか……わかるよねぇ?」
PKを殺しても、罪にはならない。
しかし無辜のプレイヤーを殺せば、そのプレイヤーはPK認定を受ける。
「知ってるんだよ? 君たち商人にとっちゃPKになるのは致命的だよね? 何しろPKがいるクランは交易所の取引額が下がっちゃうもんねえ!! 僕たちを殺せないだろ? これからシェヘラザードで商売が待ってるしさぁ! それとも誰かに殺させて、追放するかい? アハハハハ!」
「…………」
得意げなスマイルを浮かべる正義の騎士様に、エコ猫は沈黙する。
これが<天麩羅騎士団>のやり口であった。
奇襲をしかけて商人を殺して積み荷を奪い、万が一敵わないようなら特攻を仕掛けてルーターにアイテムを拾わせ、脅迫して逃げる。
なんてナイトらしい正々堂々としたやり口なんだ!
エコ猫はちらりと視線をゴリミットたちに向けるが、彼らは死に物狂いで襲い掛かる本隊への対応に追われている。こちらに気付いた2名の護衛が全力で走ってきているが、おそらく間に合わない。
歯噛みするエコ猫の表情に侮蔑の笑みを送りながら、清浄なる騎士たちはラクダへと歩み寄った。
「じゃあ、僕たちはこのラクダをいただいていくよ? その対価として、君たちの命は特別に助けてあげよう! 感涙にむせび泣くがいいよ、ハーッハッハッハ!!」
ラクダにはここまでの旅で購入した交易品が積まれている。
得意満面の騎士たちはひらりとラクダに飛び乗ると、その頭を殴りつけて走り出させた。
「では商人諸君、さようならだ! フハハハハハハ!!」
そして騎士たちが哄笑と共に遠ざかっていく……。
「ぴぃ」
「む?」
ふと、小鳥の声を聴いた気がして、騎士たちが眉を寄せる。
その矢先、彼らが逃げた先に潜んでいたカズハが【狩人の外套】を解除して姿を現わした。夜闇の中に佇むゴシックドレスの少女の姿に、騎士たちは小首を傾げる。
「なんだあのガキ……いや、ご令嬢は?」
「構うものか! 轢き殺してしまおう! 騎士らしく!!」
「俺たちの正義の轢き殺しを受けるがいい!!」
騎士たちにけしかけられたラクダたちが、嘶きを上げてカズハへと突進を仕掛ける。同時に騎士たちは剣を振り上げ、突進力を加味した一撃で少女の命を刈り取ろうとサディスティックな笑みを浮かべた。
「ハハハハ! 僕の初PKの糧になれる栄誉を受け取りたまえ!」
「おっと、あれは俺の獲物だぞ!」
「誰がキルできるか勝負だな! ハハ!」
突進する騎士たちの剣がカズハに届かんとしたそのとき、令嬢のほっそりとした人差し指の先で、小鳥がもう一度小さく「ぴぃ」と啼いた。
「ピーちゃん、いいよ。歌ってあげて」
『やったわやったのだわ! ついにようやく歌っていいのね! ピィの歌を聞かせてあげる! 素敵な歌を聞かせてあげる! 可憐で華麗なピィのコンサートへようこそ!!』
ナイチンゲールが高らかにさえずると同時に、ボコボコと砂地が盛り上がる。
「なんだ!?」
「構うものか! 殺れ! 殺れ!」
「ま、待て……! あれはファッキン死神バード……!!」
止める暇もあればこそ。
勢いづいた騎士たちの攻撃は、カズハとの間に出現した隆起に命中する。
そして、砂塵の中から出現したデススコルピオンが、巨大な毒の尾を震わせながら、自分を攻撃した不埒者にギロリと真っ赤に染まった視線を向けた。
「あっ……」
ピーちゃんがゴールデンペットフードをたらふく食べることで得たスキル、【トラジックコンサート】。それは周辺地域のモンスターをバーサーク状態で大量召喚し、テイマーに襲い掛からせるとびっきりの地雷技だ。
歌声にキレ散らかしたモンスターたち、その数実に20体!
モンスターたちはみな猛り狂っており、騒音を聞かせたカズハへと殺到する。……騎士たちによって攻撃を加えられた個体を除いて。
襲い掛かるサソリの攻撃を防ぎながら、騎士たちは焦った声を上げる。
「なんだ!? 何が起こっている!?」
「貴様! 何者だ!?」
カズハはそれには応えず、ノリノリで歌いまくるファッキン死神バードの嘴をつまんで無理やり歌を中断させた。
「もういいよ、ピーちゃん。コンサートはおしまい」
「ぴー!? ぴぃぴぃぴよよ!!」
「【狩人の外套】」
サソリたちの尾が振り下ろされるまさにその直前、スキルを発動したカズハの姿がかき消える。
彼女に襲い掛かろうとしていたモンスターたちは攻撃対象を見失った。
召喚したテイマーが死亡するか隠れ身を使った場合、本来ならば彼らは速やかに送還される。しかしこのときにヘイトを取っている別のプレイヤーが存在しているなら、話は別だ。しかも複数で出現するデススコルピオンは、群れのうちのいずれかの個体が交戦している相手にヘイトをリンクする特性を持つ。
次に攻撃できる対象を発見したモンスターたちは、怒りで真っ赤に染まった瞳を一斉に騎士たちに向けた。
「あ……」
20体の巨大サソリに殺意を向けられた騎士たちは、真っ青な顔でガクガクと膝を震わせた。
【ステルスネーム】を発動しているカズハのプロフィールは彼らには表示されない。同時にカズハの戦闘力も格段に落ちる。しかしそれでも、プレイヤーを殺す手段はあるのだ。それはMPK(Monster Player Killing)、スキルの仕様を利用してモンスターに他のプレイヤーを攻撃させるテクニック。プレイヤー本人は指一本触れず、PKの罪に問われずに敵対プレイヤーを始末できる一種の裏技だ。
テイマークラス初心者にオススメされない最悪のモンスター、ナイチンゲール。しかし高位のテイマーのほとんどはこのモンスターをテイムしている。
何故ならナイチンゲールこそ、MPK性能において右に出る者はいない最凶のモンスターなのだから。
少しでも手順やタイミングを間違えると容赦なく自爆する代わりに、使いこなせば恐るべき殺傷力を発揮するハイリスク&ハイリターンのクラス。それがテイマークラスのもう一つの顔だった。
「た……助け……!!」
巨大なサソリの群れに埋もれながら、騎士たちが悲鳴を上げる。
必死に伸ばされたその汚れなき手は、やがてだらりと垂れさがって砂に消えた。
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