第15話「月の砂漠をラクダに乗って」
――物語はデュプリケイターの発表から2週間前の土曜日に遡る。
“黄金都市”シェヘラザード。
タクラビ砂漠のオアシスに位置するこの大都市は、最近の大型アプデで追加されたエリアの中でも随一の規模を誇る商業都市国家だ。
サービスイン以来“世界の中心”と呼ばれる大帝都プラチナシティにはもちろん及ばないものの、プレイヤーからの人気は高い。
その理由としては、オアシスに面して築かれた“
そして何よりも各地から集められた交易品と引き換えに店売りされる、多彩なレア素材のマーケット。
交易品の卸し先としても優秀で、ここに無事に交易品を持ち込めば一財産を築くことができるため、中堅商人クランのステップアップとしても人気がある。
一方で、砂漠に生息する高レベル帯のモンスターや“赤”ゾーンで待ち受けるPKクランなど、危険度が高くアクセスも不便な都市でもあるのだが、そのリスクと相殺してでもこの都市を目指す交易商は多い。
そして今、タクラビ砂漠を横断する
ラクダ型モンスターに多くの交易品を括り付け、砂漠に落とした影をゆらりゆらりと揺らしながら、彼らは黄金都市へと着実に歩みを進めている。
その隊列の中央には、モンスターの手綱を握るゴシックドレス姿の少女と、彼女に黒い日傘を差している猫獣人の姿があった。
エコ猫率いる<ナインライブズ>の一行である。
「カズハちゃん、疲れてない? お姉ちゃんが御者代わろうか?」
「ううん、いいよ。ボク、一度ラクダの御者ってやってみたかったんだー。夢がまたひとつ叶っちゃった」
エコ猫の気遣いを断わりながら、カズハは嬉しそうにラクダの頭を撫でた。眠そうな目をしたラクダは、モエーと羊ともヤギともつかない奇妙な鳴き声をあげてそれに応える。
「ラクダも疲れてきただろう。そろそろ休憩を取ってもいいんじゃないかな?」
「バカね、クロード。もうここはレッドゾーンよ。夜が来たらPKクランが襲い掛かってくるだろうし、昼の内にとっとと距離を稼いじゃった方がいいわ」
「いや、その。お花を摘みに行きたくてですね」
「ならそう言いなさいよ……」
「だって恥ずかしいじゃないか」
レッカとクロードの会話を聞きながら、エコ猫はふむんと顎に指を添えた。
「ラブラビ、この近くに休憩できるところってあった?」
「少し先に小さなオアシスがあるはずです。そこでラクダを休ませがてら、トイレ休憩にしてはいかがでしょう」
情報屋から購入したマップを開いたラブラビの提案に、エコ猫はよしと頷いた。
「オアシスでキャンプを張って休憩にしましょ。そこで夜を明かして、朝が来たらその日中にシェエラザードへ到達するということで」
「ういー!」
「実は俺もトイレ行きたかったんだよな」
「よかったねラクダちゃん、休めるって」
<ナインライブズ>のメンバーが休憩に沸くのを横目に、隊商の護衛として同行するゴリミットがエコ猫に囁く。
「いいのか? そこはまだ“赤”ゾーン内だ。間違いなく襲撃が来るぞ」
「いいよ、どのみち昼の間にシェヘラザードに到達できるかは怪しかったし。ちょっと交易品が重かったかもね。手間をかけて申し訳ないけど、戦闘の準備はしておいて」
「心得た」
果てなく広がる砂漠の稜線を、ゆらゆらと揺らす蜃気楼。その向こうに敵影を探しながら、ゴリミットは静かに頷いた。
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「今週の土曜、<ナインライブズ>は全財力を投入して、黄金都市シェヘラザードへの交易を行います! クランメンバーは可能な限り全員参加するように!」
エコ猫の宣言を聞いたクランメンバーたちは耳を疑った。
ゴールデン・ドーン・ドラゴンを巡ってPKクラン2つとの大立ち回りを演じてからしばらくの間、まったく沈黙を保ち続けてきたかと思えば、突拍子もないこの宣言。いったいボスは何を考えているんだろうと、彼らは一様に首をひねる。
ある者は、わざわざそんな危険な交易路に手を出す必要はあるのかと疑問を抱いた。ゴールデンエッグの利権をどこかのクランに売れば、しばらく濡れ手に粟で金が入ってくるはず。それを元手に地道に商売すればいい。あるいは2か月ほど金を溜めて、どこかの街を買い取ってもいいだろう。今回の動きはさすがに性急にすぎるのではないか。
またある者は、ゴールデンエッグの売却益をさらに大きく増やすのなら、この交易は妥当だと考えた。性急だとは思うが、2か月間のんびりと街を買えるまで何もしないというのも確かにつまらない。どうせ失敗してもゴールデンエッグは安定供給される。リカバリも利くのだし、危険に飛び込むのも悪くはないだろう。
しかし皆の共通認識として、うちのボスは秘密主義でクランメンバーにも計画の全貌を明かさないが、決して自分たちの損になることはしないという信頼はあった。だから、唐突な宣言に戸惑いながらも、全員このイベントに参加した。
まだこの時点では彼らは“デュプリケイター”の存在を知らない。
そしてエコ猫が今回のキャラバンの費用として持ち出してきた200億ディールが、どこから出てきたのかも。
クランメンバーたちは皆、これまでの休眠期間に貯めたゴールデンエッグを売却した額と、これまでのクランの貯金を合わせたものだろうと思っている。
まさかエコ猫が護衛として<
そして利息と護衛費を合わせた返済額は、実に350億ディール。高レベル帯のプレイヤー10人を1日拘束するとはいえ、街一つを買えてしまう額だ。これを支払えない場合、代わりに担保としてこれから3か月分のゴールデンエッグ、しめて180個を提供することが約束されている。
これは巨大PKKクラン<守護獣の牙>といえど、さすがに軽視できない規模の契約だ。エースプレイヤーのゴリミットが派遣されるには十分と言えるだろう。
そんなこんなでエコ猫に率いられた一団は、砂漠から離れた港湾都市アサイラムで交易品を買い漁ることからスタートした。
アサイラムは付近にサメ型レイドボスが頻繁に出没することで有名で、特に海岸でカップルがイチャついていると必ず襲い掛かってくる。これを利用してレイドボスを呼び出す狩りが“シャークレイド”として人気だ。
今回も壮行会代わりにクロードとレッカを海岸に放り出して、1匹釣ってみんなでしばいた。楽しかった。
「いやいやいやいや! これ生餌だろ!? 生餌だよね!?」
「おかしいでしょこの扱い!? あー! 例の不穏なBGMが! サメが! サメが!!」
おかしくないよ(無慈悲)
しかしアサイラムといえばもうひとつ有名なのが、豊富な海産物を利用した交易品だ。ここで産出される海塩や魚醤、塩漬け魚、真珠といった交易品は、砂漠にあるシェヘラザードで非常に珍重される。
交易品は少々特殊なアイテムで、アイテムボックスに入れることができず、馬車やラクダ、船といった乗り物でしか運べない。さらに運んでいる間は移動速度が格段に落ち、ファストトラベルも封印される。
その代わりに別の都市の交易所に持ち込めば、多額の儲けが出る。さらにその都市でのクランの覚えがめでたくなり、市場でアイテムを安く買えたり、大きな取引が可能になったりする。コネのない一見さんには大商いさせてくれないのは、リアルと同じだ。世知辛いね。
そして交易品を搬入された都市では市場に店売りアイテムが補充され、それを目当てに多くのプレイヤーが集まったりもする。そして彼らが落とした金によって、その都市での交易品が生産されたり、都市の市場規模が成長していく。
交易はこのように多額の利益を出せるだけでなく、都市がさらに発展するために重要な役割を果たしているのだ。人体でたとえれば、体の各部位を血管で結ぶ仕事と言ってもいい。
もちろんエコ猫はアサイラムにコネがないので、交易品の購入には限界がある。しかし何も交易品を仕入れられる街はアサイラムだけではない。
行く先々の街で交易品を順次仕入れながら進み、砂漠に入る直前あたりで200億ディールを使い切った。
この時点での経過時間がリアル時間にして6時間。さらに砂漠に入ってから黄金都市までにかかる所要時間が2時間。
合計で8時間にもなるなかなかにハードな旅程で、土曜日をまるまる費やしてのVR旅行となった。とはいえクランメンバーにはこんな遠い場所に行くのは初めてという者も多く、決して辛いだけの旅ではない。
ただし見渡す限りの砂漠をラクダに揺られて2時間、というのはちょっと退屈だが。
別に砂漠といっても延々と砂丘が広がっているわけではなく、隆起した岩山があったりこげ茶色の草が生えた草原があったり、白い砂が一面に広がっている幻想的な風景を楽しめたりと見ごたえもあるのだが、やはり緑豊かな光景と違って飽きやすい。
なのでオアシスで一休みしよう、という提案は砂漠に食傷してきた彼らにとって好意的に受け止められた。
「わあ……!」
「綺麗……!!」
やがて日が暮れて夜の寒さが忍び寄る頃、クランメンバーたちは空を見上げて歓声を上げる。そこに広がるのは満天の星空。
建物によって視界を遮られることもなく、ただただ澄み切った夜の大気を貫くように鮮やかな星々の光が空を満たしていた。寝転がればまるで星々を映した天蓋付きのベッドのようで、その威容に圧倒されてしまう。
「まるで宝石箱みたいだね」
「うん」
カズハは焚火の近くで休んでいるラクダを撫でながら、エコ猫と並んでじっと星空を眺める。
つい最近飽きるほど星空の世界を歩んできたばかりだが、こういうのもまた別の趣がある。何より姉と同じ光景を眺めているのが嬉しい。
「カズハちゃん、寒くない?」
過保護なエコ猫の言葉に、カズハは小さく笑う。
「お姉ちゃん、VRなんだから寒いわけないよ」
「あ、それもそうか」
暑さ寒さという概念はアバターの健康状態に影響を与えはするが、それがプレイヤーにフィードバックされることはない。技術的には可能だが、あえてオミットされている。
アバターの健康を守るために毛布にくるまって焚火にあたってはいるが、プレイヤーとしては必須の行動でもない。寒さでダメージを受けても、回復魔法やポーションで補える。
しかしカズハは姉と同じ毛布にくるまり、体を温め合うようにぴったりとエコ猫に寄り添った。
エコ猫は少し猫目を細めると、カズハの銀色の髪をさらさらと撫でる。
「こういう旅も悪くないね」
「お姉ちゃんと一緒なら、ボクはどこだって楽しいよ」
「ふふっ。私もだよ」
そんな姉妹を、ゴリミットは<ナインライブズ>の一同の輪から外れたところから眺めていた。
(こうしていると、ごく普通の姉妹のようだな)
しかしゴリミットは、彼女たちが普通の少女ではないことを知っている。
奇跡に近い確率を引き当てて、その成果を惜しげもなく姉に与えてしまう妹。
妹に与えられたチャンスを無駄にせず、誰も想像できない商機をものにする姉。
どちらもただ者ではないが、ゴリミットが注視しているのはエコ猫の方だ。カズハはただのラッキーガールに過ぎないが、エコ猫の才覚はただならないものがある。
(この旅もただの交易以上の意図があるはずだ)
だが、その意図がいくら考えてもわからない。
これまでエコ猫は<守護獣の牙>へ戦力の貸与を依頼してきたことはあっても、金銭の貸し付けを依頼してきたことはない。そんな一種の禁じ手としていた手札を切ってでも決行した、この交易の旅の意味とは?
それに200億を借りて交易したとしても、返済に350億を支払ったのでは利鞘も激減してしまう。半ば断るために設定されたような暴利でも平気で飲んでくるのは、商人として正気とは思えない。
確かに200億を借り、交易で3倍を売り上げれば元手と合わせて600億。そこから返済に350億を支払うと、手元に残るのは250億。ゴールデンエッグ3か月分という巨大な担保があるとはいえ、何の元手もなしに8時間で250億を稼ぎ出したとなれば、立派な大商いだ。テイムボールを100倍の値段で売るなんてセコい商売とはわけが違う。
しかしゴリミットにはどうしても、これで終わるとは思えなかった。胸騒ぎがしてならない。エコ猫はもっと大きな計画を企んでいる……そんな予感がしてならなかった。そう思っているのはゴリミットだけではないようだ。
エコ猫の動きを警戒する<守護獣の牙>上層部は、ゴリミットに護衛として彼女に同行し、その一部始終を報告せよとの指令を下している。彼らが奉じる偉大なるクランマスター“断罪の女王”に仇なす行為を計画しているなら妨害せよとも。
ゴリミットはエコ猫が何を企んでいようとそんな命令に従うつもりはないが、彼らにそこまでの危惧を抱かれているエコ猫の身は心配していた。
(今度は何をしでかすつもりなんだ、エコ猫)
そのとき、ゴリミットの【野生の勘】が不穏な気配を察知して、彼はすかさず前方に視線を向けた。本当に勘が働いたわけではない。彼がセットしている獣人専用の危険感知スキルが敵の存在を知らしめたのだ。
即座に腕を振り抜くと、飛来してきた矢がガントレットに弾かれて、カンッと音を立てながら砂の上に落下する。
「敵襲! 敵襲!! 襲われているぞ、総員迎撃態勢!!」
「来たぞPKだ! 矢避けを張れ!!」
「便所行ってる奴はぶん殴ってオート反撃モードにしろ! 接敵開始!!」
「絶対に護衛対象まで通すなよ! 食い止めろ!!」
ゴリミットの号令を皮切りに、蜂の巣をつついたように<守護獣の牙>のPKKたちが戦闘態勢に移行する。
砂丘の稜線の向こうから姿を現わす完全武装のPKたちを睨みながら、ゴリミットはニッと唇の端を歪めた。
「あいつが何を企んでいようが、ここを切り抜けてからだな。任せておれ、エコ猫。ワシがお前に好き放題やらせてやるとも!」
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デュプリケイターがどうなったか気になるって?
まだ仕込みの段階です、後の大爆発をお楽しみに。
ちなみに別に交易はぶっ通しでプレイする必要はありません。
数十人単位の隊商で集団行動してるから一気に最後まで行く必要があるだけで、
ソロなら途中の街でログアウトして休憩できます。
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