第8話「恩、売ります!(驚愕の0ディールセール)」

「しっかしうまく運んだよなあー」


「ワシはお前がダイコン演技始めたとき、もう終わりかと冷や冷やしたがな」


「俺にサクラなんてやらせるエコ猫がどうかしてんだよ。俺はPKKだぞ? 戦うこと以外求めるなってんだよ」



 <We can fly!!>と<守護獣の牙ガーディアン・ファング>を初めとするPKKクランのメンバーたちは、森林の手前でアイテムや金を拾い集めていた。何をしているのかといえば、PKクランが落としたアイテムの回収と分配だ。


 エコ猫はニコニコと彼らの作業風景を眺めながら、今回のイベントへの一般参加者や関係ない通行人、あとついでにレッカとクロードが落とし物に触らないよう監視している。

 PKたちが落とした装備やアイテムは、参加者全員で分配することになっていた。しかし早い者勝ちで拾わせたら公平ではなくなるし、統制も取れなくなる。そこで公正を期すべくPKKクランがいったん全部回収してから、平等に分配する手はずになった。


 もちろん参加者からはPKKクランがネコババしたらどうするんだという指摘もあったが、PKKクランの名に懸けて公正に分配すると言われると、一般参加者は口を出せない。

 食い下がるとPKKクランを信用できないと公言するのと同義だし、そもそもPKKクランは暴力装置。強大な戦力を有しているうえに、人数も多い。個人でしかない一般参加者より、発言力が圧倒的に強いのだ。



 さて回収が終わって山と積まれたアイテムやお金を前に、エコ猫とクラン員たちはアイテムボックスからそろばんを取り出した。これは“天眼の算盤”というアイテムで、拠点名を入力してアイテムの上にかざすと、その拠点の市場での相場を教えてくれるものだ。

 これで全部のアイテムの合計額を算出してから参加者全員で頭割りして、その金額を支給。アイテムが欲しい場合は、他の参加者とのセリをしたうえで分配金額から差し引いて現物支給するという形で公正な分配を期すことになった。


 ちなみに<ナインライブズ>は戦闘に参加してないが、主催者特権ということで合計額から1割を先にいただくことで話がついている。


 楽しそうにアイテムをスキャンしては合計額を計上していくエコ猫を、ヨッシャカッシャは遠い目で見守った。



「……恐ろしい奴だよな、あいつ。結局自分の手を汚さずにPKクラン2つを潰して、さらにドロップの10%の収入まで出してやがる」



 そりゃ今回の絵図を描いたり、PKクランを挑発したり、ドロップ品の分配をしたりという仕事はしているが、結局彼女は誰1人として倒していない。



「いや、それはおまけに過ぎんよ。彼女の本来の目的は自分こそがテイムに成功したクランだと周囲に認めさせることだ。ここまで痛快なショーに仕立て上げたうえで、PKクランという敵対者たちからの言質も取ったんだ。もはや誰も彼女の言葉に異議を挟みようがない」



 ゴリミットは額を太い指でコリコリと掻きながら続ける。



「これから彼女の元には、多くのクランからゴールデンエッグを売ってくれというオファーが舞い込んでくるぞ。いや、おそらくもう既に彼女のチャット欄はパンパンだろうな。その売却額を考えれば、今回の儲けなどちっぽけなものだろう」


「かぁーっ、たまんねえなあ。俺らは指先で転がされたってわけかい。……だが、それならなんでこんな分配まで仕切ろうってんだ? はした金の面倒な分配なんか、俺らに丸投げしてもいいだろうに。やっぱ1ディールだって惜しいのかね?」


「いや」



 ゴリミットは小さく首を横に振り、娘を見るかのような柔らかい目つきで微かに笑う。



「アレは楽しんでいるのだよ。ああやって自分の手で価値を生み出し、それを他人と分かち合ってコネを延ばす。商人というクラスの醍醐味を全力で楽しんでいるのさ」


「はぁー。脳筋クラスの俺にゃそんな楽しさわかんねぇなあ」


「……あっ」



 彼らが見ている先で、エコ猫はあるアイテムを拾い上げた。

 ゴールデンエッグ。

 今回の事件の原因であり、彼女を真似した露店の商人がPKによって奪われたアイテムでもあった。


 エコ猫が視線を森の反対側に向けると、リスポーン地点から狩場に戻ってきた商人たちがたむろしており、物欲しそうな目でこちらを見ていた。身に着けている装備は先ほどより格段に貧相で、予備にとっていた装備品を引っ張り出し、取るものもとりあえず駆けつけてきたのだろうと思われた。



「んー……」



 エコ猫は口元に指をあててしばし考えると、ゴリミットとヨッシャカッシャにチャットを送る。



『ねえ、今回のイベントでPKに身ぐるみ剥がれた人たちのアイテムとお金は、分配前に彼らに返してあげようと思うんだけど、構わないかな?』



 ゴリミットとヨッシャカッシャは顔を見合わせると、小さく肩を竦める。



『ワシは構わん。クラン員たちにも納得させる』


『嫌な思いをさせられただろうに、奇特なこった。アンタの好きにしなよ』



 この2人が同意したのなら、異を唱えられる参加者などいない。




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「ありがとうございます! ありがとうございます!」


「ほ、本当にタダで戻してくれるのか!? アンタ神かよ!!」


「さっきはヘンなこと言ってすまなかったな! いやぁマジ助かるわ!!」



 申告したアイテムと金を返してくれることになった商人たちは、泣いて喜んだ。

 PKたちに奪われたアイテムが戻ってくることはないだろうと思っていたのだ。せめてエコ猫を泣き落として一部だけでも取り戻したいと思っていたが、そもそもが彼女の真似をして店を出して商売を邪魔したので、それも難しいかもしれないとほぼ絶望視していた。


 そこに申告通りの分を戻してくれると言われ、望外の提案に彼らは沸き返った。

 さすがにこの状況で欲をかいて多めに申告する奴も稀だろうということで、申告分はそのまま渡してやる。

 商人にあるまじきお人よしだな、とヨッシャカッシャは少し呆れた。


 エコ猫はニコニコと菩薩のような笑みを浮かべて、喜ぶ彼らの顔を眺めている。



「なあ、本当に返してもらっていいのか? さすがに心苦しいし、なんか欲しいモンがあれば譲るぜ?」


「ううん、何もいらないよ。みんなも物入りだもの。これを元手にして、もっともっと大きな商売をしなきゃね!」


「ああ、ありがてえ。アンタ本当にいい人だなあ!」


「その代わり」



 エコ猫は菩薩のような微笑みを浮かべたまま、にこやかに続けた。



「いずれ私が困ることがあったら、ちゃんと助けてね?」


「…………」



 エコ猫に商品の一部を渡そうと持ち掛けていた“本舗”の商人が、渋い表情で固まる。



「おっけーおっけー、もちろん! 今日のことは忘れないから!」



 他の商人の中には能天気にそんな口約束をする者もいて、“本舗”の男は渋柿でも口にしたかのように一層眉をしかめた。



『バカな商人もいるものだ』


『自覚が足りねえなあ』



 黙って様子を見ていたゴリミットとヨッシャカッシャが、ひそひそとチャットを交わす。



 商人は信用があるからこそやっていける。こいつは貸した金は必ず利子を付けて返す、契約は裏切ることなく遂行するといった信用があるから大きなビジネスは成り立つ。

 他人からの信用を軽んじる者に、成功する未来はない。


 そして“恩”とはあらゆる信用のうちでもっとも高くつく無形の債権だ。窮地を救われる恩を受けておいて、いざというときにそれを返さないような者は、一瞬で商人仲間からの信用を失う。

 だから“本舗”は品物の一部という形ですぐに返そうとしたのだ。それを拒否され、一方的に恩を売られた。いわば額面を書かないまま相手に小切手を渡したようなものだ。


 おそらく能天気に頷いた商人は、そういう常識が何もわかっていない。転売や詐欺で乗り切ってきたのだろう。恩を返すなんてその場の口約束、なんならまた迷惑をかけてもいいやなんて思っている。おやおや可哀想に。こいつはセコい詐欺師にしかなれない。


 そんな商人未満のできそこないなんてエコ猫はまるで相手にせず、渋面や引きつった笑みを浮かべる者たちだけに笑顔を向けた。

 “本舗”の男の肩をポンと叩き、にこやかに囁く。



「まあまあ、そう嫌な顔をしなさんな。せっかく結んだ縁は大事にしようよ。ちゃんと君たちにも得をさせてあげるからさ」


「……ああ。そう願うぜ」



 “本舗”の男はうなだれると、諦めたように笑みを返すのだった。





『なるほど、商人仲間への恩とコネもゲットか。彼女は1つの石で何羽の鳥を落とすつもりなのだろうな?』


『あ、この気分アレに似てるわ。落ちモノパズルで開幕19連鎖組む奴のプレイ動画見たときの気分』



 ばよえ~ん。

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