第4話 クラリスの願い③

「クラリス……。君は……」


 オロフの顔がみるみる蒼白になっていく。


「あら、クラリス。水が出せるようになったようですね。やはり神の国出身ですものね。あとは、このクラスで水を出せないのはオロフだけかしら?」


 カミア導師の言葉にはっとした。


 オロフは裏切られたような顔でクラリスを見ている。


(違った。私が水を出せるようになってもオロフは嬉しくないのだわ。むしろもっと苦しくなるのだわ。私ったらそんなことも気付かないなんて……)


 クラリスなら、自分ができなくてもオロフができたなら嬉しいと思えるけれど、逆の立場の彼にはさらに屈辱くつじょくだったのだ。


 そんなことに今ごろ気付いた。


(小さなクラリス。どうしよう。私ではなかったの。オロフができなければいけなかったの)


 焦るクラリスの心にすぐに『分かったわ、任せて』という感情が流れてきた。


 それと同時に、今度はオロフの前のビーカーに水が溢れてくる。


(あっ!)


 クラリスは慌ててオロフのビーカーを指さした。


「え?」


 オロフは自分の前のビーカーを見て目を見開く。


「まさか……。本当に?」


「まあまあ! オロフもできたじゃないの。しかもビーカーに一杯。スイミーにもらう必要はなかったわね。素晴らしいですよ」


 カミア導師が褒めたたえる。


「で、できた! 僕にもできた! ついにできるようになった!」


 オロフが顔を紅潮させて喜んでいる。


 それを見て、隣のスイミーは唖然として言葉を失くしている。


「見ろよ、スイミー! 君のビーカーより一杯だ! これが本当の僕の実力なんだ!」


 すっかり得意になっているオロフに、スイミーは「ふん」と鼻を鳴らした。


「なにが実力だ。これぐらい高等部ならできて当たり前だ。ここからが実践なんだよ」


 カミア導師がスイミーの言葉にうなずいた。


「そうですね。ここからが授業の本番です。高等部では、このビーカーの中の水でイリュージョンを創り出すのです。何でもいいのです。水で丸い球体を作ってもいいし、鳥やライオンを作ってもいいでしょう。できるなら人型にしてもいいですよ。さあ、やってみてご覧なさい」


 再び生徒達はビーカーの水にイメージを送る。


 さすがにこれはできる者が少ない。


 まともに形にできるのは水魔術のムスターを持っている生徒だけだ。


 他は水が少し波打つぐらいで、ほとんど動かない。


「わ、見て。バルバラは綺麗な球体を作っているわ。さすがだわ」

「見ろよ、スイミーなんて魚の形になってるぞ! すげえ!」


 水魔術のムスターを持っているバルバラとスイミーはさすがに上手だ。


「俺に自慢するなら、これぐらいの物を作ってからにすることだね、オロフ」


 すぐにスイミーは小バカにしたようにオロフにけしかける。


「く、くそう。見てろ……」


 オロフはビーカーに手をかざして、必死にイメージを作っている。


 けれどビーカーの水はぴくりとも動かない。


 カミア導師が後ろに行ったのを見て、スイミーはさらにオロフに小声でけしかけた。


「ほらほら。偉そうに言うなら早くイリュージョンを作ってみろよ。たまたま水が創り出せたからって次が出来なきゃ意味がないんだよ。落ちこぼれ野郎が」


「う、うるさい! 集中してるんだから話しかけるな!」


「ふん。お前にイリュージョンなんか創り出せるわけがないだろ。落ちこぼれは落ちこぼれらしく身の程をわきまえて大人しくしてろよ、バーカ」


「く、くそう……」


 クラリスは、はらはらとその様子を横目で見ている。


 自分のイリュージョンどころではなかった。


(どうしよう……。小さいクラリス。あなたはイリュージョンも作れるの?)


 すぐに『もちろん簡単よ』という答えが返ってきたと思うと、クラリスのビーカーの水が波打ち始める。


(ち、違うの。私ではないの。オロフのビーカーに作って欲しいの)


 すぐに『?』という疑問符と『なぜ自分のではないの?』という感情が流れてくる。


(私はいいの。私は別に魔術が上手になりたいわけではないの)


 少し戸惑うような気持ちが流れてきたものの『分かったわ』という答えを感じた。


 そしてその返答と同時に、オロフのビーカーの水が大きく波打ち始める。


「え?」


 両手をかざしていたオロフが目を見開く。


 その目の前でビーカーの水はみるみる膨れ上がり、大輪の花を咲かせた。


 それはビーカーから溢れ出て、花びら一枚一枚まで緻密に描いた見事な水花だった。


「は……花? 鳥をイメージしていたつもりだったけど……」


 オロフはまったくイメージと違うものが出来上がって戸惑っている。しかし。


「まああ! 素晴らしいわ、オロフ! なんて繊細で美しいイリュージョンでしょう! これほどのイリュージョンは上級生でも見たことがないわ! なんてことでしょう!」


 カミア導師がオロフのイリュージョンに気づいて感嘆の声を上げた。


 それと同時に他の生徒達もオロフのイリュージョンに驚きの表情をする。


 隣のスイミーも青ざめた様子でオロフの大輪の花を見上げていた。


「あなたのような生徒がまだ水魔術のムスターを持っていないなんて。すぐにムスターの判定試験を受けるべきだわ。事務局に連絡しておきましょう」


「え? ムスターを?」


 オロフは目を輝かせた。


「ええ。ええ。きっとあなたは実践魔術で才能を開花するタイプだったのね。そういう生徒はたまにいるのですよ。そしてそういう生徒は人並み外れた才能を持っているのです。ああ、久しぶりに見つけたわ。あなたには期待していますよ、オロフ」


 カミア導師は感動したようにオロフの手を取った。

 

「う、うそ……。あのオロフが?」

「中等部までは何一つ上手にできなかったのに……」


「うそだろ、おい」

「まさかあいつに秘められた才能があったなんて……」


 周りのみんなのオロフを見る目が一変している。


 そして誰より悔しそうにスイミーがオロフを睨みつけている。


 オロフはすっかり有頂天になっていた。


「そうか……。やっぱり僕は落ちこぼれなんかじゃなかった。秘めた才能を持っていたんだ」


 すっかり形勢逆転して、今度はオロフがスイミーにけしかける。


「あれ? スイミー、君はムスターを持っているくせに、その程度のイリュージョンしか出せないのかい? 偉そうに言う割に大したことないな」


「く……」


 スイミーは悔しそうに下唇を噛みしめている。


 そんな二人の様子を見て、クラリスはとんでもないことをしてしまったのではないかと感じていた。


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