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宵月ヨイ

プロローグ―――大日本皇国雪宮県三牢市立図書館蔵書『四神徒書』より

第1話 プロローグ1―――神人と大日本皇国、そして雪宮県

天保5年(1834年)、当時は三剣村と呼ばれていた、霊峰とも称される山林に三方を囲まれた江戸へと徒歩八日程とほど近い広大な村落の村長宅の庭に、奇怪な装いの三人の男女が現れた。女ばかり四人で、名をそれぞれ『吹雪』『瑠花』『煉』『是露』と言った。


髪は、煉の黒を除き全てが陽の光の如き輝く白光を湛え、目も全ての者が黒および茶ではない。姿も、女衆が着るようなものではなく、布と布を小さな果実のようなもので留めた、西洋のものと思しき服を纏っていた。


しかして、彼らは日本の言葉を話していた。彼らは自らを『異界の地からきた民』と称し、日本は30年もないうちに西洋に屈すること、さらに少しして幕府が討たれること、西洋が日本を染め上げることなどを伝えた。


村長は当然そのようなことがあり得ないのだと否定したが、彼らは幻術で村長の家の壁に景色を映した。そこには、海に煙を吹いて浮かぶ黒き大船が数隻、切り替わって幕府の城に筒を持って入る兵士たち、さらに変わって筒に打たれて倒れる武士たち...さらに移り変わって、空より来て街を砕く大きな鳥、そしてさらに移り変わって、大地を跋扈する歪な獣の群れ...村長は、その幻術に震え上がった。


彼女らはそれらを『センカン』『トウバクウンドー』『セーナンセンソー』『バクゲキキ』『マモノ』などと言って、村長が震え上がった時、こう説いたという。

「私たちはこの未来を知っています。しかし、それは私たちが変えてみせます。猪の死骸を、鹿の死骸を、狸の死骸を、人の死骸を集めてください。更なる村の発展と、幕府に、南蛮人に対抗するにはこれしかないのです!」


今の詐欺師にも伝わるその説法は、村長はおろか聞いていた他の村人をも惹きつけ、彼らは揃って獣や人の死骸を彼女らに献上した。

四人の少女はそれぞれに光を放ち、死体の山を一つの巨石へと変えた。それは今もなおこの三牢市で『巨骸石』と呼ばれ、かつて村長の家があったとされる『三牢巨骸石公園』の中央で今も淡い光を放っている。



巨骸石をはじめとした骸石と呼ばれる類の石は、念じることによって火を熾し雨を降らせ、土を作って風を吹かせた。願えば光も闇も生まれ、氷や湯も生み出せた。稲妻すら、奔ったという。


人々はそれに感激して、四人を現人神として祀った。しかし彼女たちはそれを吉とせず、ただ村人のために骸石を生んでは村人に与えていたのだと言われている。


慶応3年(1866年)、三剣村の年貢を取り立てに来た代官を、是露は当時『手銃』と呼ばれていた小型の拳銃で殺害、同時に三剣村の周囲を強固な要塞と化して、江戸幕府に宣戦布告した。


明治元年(1868年)三月四日、江戸幕府は三剣村革命より起きた討幕運動農兵一体革命軍『反幕皇國軍』によって敗れ、翌年五月六日、天皇を現人神として崇め、そして天皇主権で国家を動かす『大日本皇國基法』が定められた。以下、大正16年(1934年)三月八日に『大日本皇国憲法』が制定されるまでの『大日本皇國基法』の内実、及び大正元年(1919年)六月二十四日に改定された同法の改正後の内実である。



一条 天皇陛下に於かれる我が國


同条一項 大日本皇國は現人神たる天皇陛下が統治する。

同条二項 天皇陛下は唯一つの雅たる血によって次の天皇となる。

同条三項 天皇陛下は崩御為されるか自らの意思によって新たな天皇へ代わる。

同条四項 今上陛下が崩御為された場合、いかなる場合においても皇太子殿下が天皇陛下となる。尚、自らの意思によって陛下が今上陛下で在らせられない場合、この限りではない。

同条五項 天皇陛下は全ての民を支配し、一度戦が興れば全ての國民が天皇陛下の指揮に降る。



二条 國民においての我が國


同条一項 國民は、全てが天皇の支配下である。

同条二項 國民は、15を超えた者は働き、もしくは奉公に出なければならない。

同条三項 國民男児は、25を越える前に妻を娶り、30を越える前に子を為さねばならない。尚、身体の悪い者はこの限りではない。

同条四項 國民女児は、25を越える前に夫へ嫁ぎ、30を越える前に子を産まねばならない。尚、体の悪い者はこの限りではない。

同条五項 國民は、戦になった場合年嵩の者から派兵される。尚、家主、後の家主、病を患う者、15に満たぬ女児、10に満たぬ男女児はこの限りではない。(家主、後の家主は明治8年の同項改正によって派兵されることとなった)



三条 戦における大日本皇國において


同条一項 戦になった場合、大日本皇國民は陸海軍と空軍の三軍へ別れて敵國と争う。

同条二項 敵兵へ捕虜とされることは認めない。各自、自決突撃用短剣を必ず所持すること。

同条三項 戦に勝っても敗れても、他國を貶し自らを優越種とすることは認めない。

同条四項 戦に敗れた場合、天皇陛下は所持する全ての権利を失う。



四条 他國において


同条一項 他國と交易する際は、大日本皇國が定めた貿易國(英米独露仏墺伊西葡清朝鮮蝦夷琉球)と交易する。

同条二項 他國と交易する際は、長崎、大隅、呉、大阪、名古屋、三重、能登、新潟佐渡、仙台、津軽、対馬、横浜、千葉の計13地域にて行うこと。それ以外での交易は天皇陛下の個人交易以外認めない。

同条三項 他國が艦砲類にて攻撃を行った場合、國民は敵艦砲撃一発につき80発までの対艦砲撃を許可する。また、空砲であった場合は60発までを許可する。また、敵國人が銃撃を行った際には、銃弾一つにつき30発までの銃撃を許可する。尚、敵兵の戦闘意欲が失われた場合、全ての武器を徴収して捕虜とすること。

同条四項 他國の民と交友を結ぶ際には、近隣を収める役所にて相手の國籍と名前、自らの名前を記す必要がある。尚、交友を結ばないものにおいては記さずとも良い。

同条五項 他國の民と婚姻する際は、役所にて相手方を日本國へと國籍を変えたあと婚姻すること。相手方が國籍を変更しなかった場合、婚姻関係のある者は他國へ追放し本國への立ち入りを禁ずる。尚、相手方の國籍を得て入國する際はこの限りではない。

同条六項 他國の國籍を持った場合、日本名は捨てなければならない。



※改正後の案は、変更部を記す。

三条四項が消滅

蝦夷琉球の合併により、四条一項から琉球と蝦夷が消失

四条五項及び六項消滅



大日本皇国は神人と称される四名には関与せず、しかし三剣村から名を変えた三牢町一帯を大日本皇国ではない独立国家として支持し、『大日本皇国下 神国三牢』と名付けて交易を行った。


当国の神人四名は当時幻術の類とされていた骸石を別所へと売り、そして同じく幻術の類とされていた電気(当時は『稲妻の気』と呼ばれていたという)の生み出し方を伝え、永久磁石という言葉を残した。


そして明治41年(1908年)四月七日、神国三牢は大日本皇国へと併合され、同時に大日本皇国三牢県が生まれた。

翌年の明治42年(1909年)六月八日、三牢県は雪宮ゆきのみや県と改名し、三牢市は南部平原地帯を県庁所在地の雪宮市、北部山岳地帯を現在も残る三牢市として分裂。以降雪宮県はその後近隣他県の隣接区域を吸収しつつ、16市4群(13町27村)の巨大県かつ帝都東京のベッドタウンとして、大日本皇国エリア1の第二の都として現存する。

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