音符を守れ!

石川 円花

第1話 音楽の天才!

 「ふわぁーー」


 私はあくびを噛み殺す。

 私、符川和音ふかわわおん

 『かずね』じゃないよ、『わおん』だよ!

 覚えた?

 わおん!!

 今日から中学一年生の十二歳。

 そして、トランペットが大の得意!

 全国金管楽器コンクールで最優秀賞をとったり、外国で演奏したこともあるんだ。

 我ながら、結構すごいんだよね~。


――♬♩


 あ、お父さんがピアノを弾いている!

 「ファファミ」と弾いていることがすぐに分かった。

 絶対音感を持った私には、だよっ!


 「おはよう、和音」

 「おはよ~。何で”天国と地獄”弾いてるの?」

 「ああ。”天国と地獄”は和音の好きな曲だよな。次回の定期演奏会で弾く予定なんだよ。誰でも知っていると言っても過言ではないからね」

 「ふ――――ん」


 お父さんの名前は、符川和成ふかわかずなり

 ピアニスト。

 少し怒りっぽいけど、優しいんだ。

 

 「和音―――!お皿運んでー!」

 

 続いて声をかけてきたのは、お母さん・符川美音ふかわみね

 ヴァイオリニストで、テレビにもよく出ている。

 きっちり真面目で面倒見がいい。

 スタイルも抜群で、最高のお母さん!

 私はいそいそと朝食を机に運ぶ。

 私は、グッと心をつかまれた。

 ……一つだけいすが空いている。

 おばあちゃんの席だ。

 

 「寂しくなるわね」 

 「そうだな」


 母方おばあさちゃん、符川琴ふかわことは……。

 二週間前に亡くなってしまった。

 もう九十二歳だったから仕方がないとお母さんが言うけど、今でも、何が起きたか分からない。

 天才作曲家で、私にいつもトランペットを教えてくれていた。

 亡くなる一日前まであんなに元気に笑っていたのに。

 どうして……?

 もう会えないの………?


 「朝から、そんなに落ち込んでもいけないわ。さあ、朝食にしましょう。今日は入学式でしょう」

 「…はい」



 〇┃⌒〇┃⌒

 


 ポニーテールを揺らしながら、私は、中学校へ向かう。

 初めて行く、中学校。

 ワクワクする気持ちもあるけど、どうしてもおばあちゃんのことが頭から離れない。

 視線が下へ行く。

 すると、おばあちゃんからもらったブレスレットが目に入った。

 純白のビーズの中に向日葵たいようのような光り輝く黄色がある。

 いつ見てもキレイ。

 これは、もう、おばあちゃんからの最後の贈り物なんだ……。


――「和音のことを守ってくれるわ。音楽を楽しむおまじない、よ」


 おばあちゃんがそう言って渡してくれた。

 思いだすだけで、心が重くなる。


 「和音ちゃんっ」

 「梛!」


 私の小学一年生からの親友、五線梛ごせんなぎちゃんが声をかけてきた。


 「中学生だね。よろしくね」

 「もちろん」


 そう言ってはにかむ梛は、美少女。

 クラリネットが得意。

 そして、なぜか鳥が近づいてくる体質。

 そのおかげで『バード様』と呼ばれている。

 白い服しか着ない。

 制服も真っ白の特別仕様だ。


 「…大丈夫?」

 「あ……。ありがとう」


 おばあちゃんとも仲が良い梛。

 きっと私のことを心配してくれている。

 おばあちゃんという名前を出さないところが優しい。

 言ったら傷つくことが分かっているから。

 心の痛みが絆創膏を貼られたみたいに和らぐ。


 「今日は入学式!だね」 

 「そうだね、和音ちゃん。小学生の入学式の時、和音ちゃん、人が多すぎて泣いてたよね~」

 「あった、あった」


 無理やり笑顔を作らなくても、大丈夫。

 梛が笑顔にさせてくれた。

 今日から中学生!

 気持ちを切り替えて、頑張ろう!!

 私はさらに歩幅を大きくした。

 靴を履き替えて、見慣れない教室へ行く。


――カラカラカラッ。


 「おっ!来た!トランペットのかずね~」

 「かずね!かずね!」

 「もぉ―――!わおんだってば!やめてよー」


 小学生からの友達、佐伯一太さえきいちた粕谷賢人かすやけんとだ。

 いつもの調子で、安心する。


 「バード様だ!」

 「相変わらす美しい~」

 「男女かまわず惚れちゃうよねぇ」


 梛もいつも通り騒がれている。

 困ってる表情だけど。


 「和音―――――!」

 「ヤッホー」

 「制服着て…中学生になったって感じ!」


 そして、たくさんの友達が来た。

 嬉しい……!

 同じクラスでホッとする。


 「皆、ありがとう!中学生でもよろしくね」


 私の心が温かくなる。

 いそいそと学生鞄から、手紙を取り出した。


 「これ、お手紙!ゆずちゃんとさっちゃんに」

 「和音、優しいねー」

 「うれしすぎるわ!」

 「えへへ。さくちゃん、夢菜ゆめなちゃん、唯花ゆいかちゃん、菜葉なのはちゃん、しずくちゃんも」

 「うそっ」 

 「私にも?」 

 「うん」 

 「アリガト――」

 「やった!」


 私はほおをバラ色に染める。

 ただ。

 どうしても心に引っかかっていることがあった。

 学生鞄を開けたときに見た、


 『MY music ファイル』。


 私のお気に入り五曲が詰まっているファイル。


 トランペットを独奏楽器とする曲、

 トランペット協奏曲/モーツァルト


 ”オルフェオとエウリディーチェ”を面白おかしく編曲した、

 天国と地獄/オッフェンバックス


 世界で一番難しいと言われる、

 ストラヴィスキン/ペトルシュカ


 そして……。


 ワオン/符川琴

 白鳥が飛ぶ/符川琴


 おばあちゃんの曲だ。

 特に”ワオン”と言う曲は私が生まれた時に作ってくれた、一番のお気に入り。

 昔音楽をしているとき、楽しかった。

 トランペットが大好き。

 それは今も変わらない。

 でも、今は、楽しいと思わない。

 演奏して、心が輝かない。


 「この金ぴかナ――二?」

 「トランペットよ、やってみたい?」 

 「うんっ!楽しそ――!」


 そう言われて始めたトランペット。

 おばあちゃんは何の楽器でも弾ける天才作曲家だった。

 トランペットを三歳の私でも分かるように教えてくれた。

 いつもニコニコ


 「上手よ」


 と褒めてくれたおばあちゃん。

 もう、あの笑顔は見れないの?

 鼻がツーンと痛み出す。

 だめ、だめっ。

 ここで泣いたら、皆に迷惑かけちゃう。

 

 「ゔ、ゔっ、ゔっ、ゔゔゔ」

 「わ、和音!?」

 「どうしたん?」


 迷惑かけないように、と思ったら余計に涙が出てくる。


 「うっ、ずずっ」


 私の姿を見て、梛が眉を寄せた。

 すると、私の手を取って、


 「ちょっと外行こうか」


 と言う。

 

 「バード様…」

 「先生が来るまであと五分あるよ?」

 「大丈夫、任せてくれない?」


 私は言われるままに外へ出た。



 〇┃⌒〇┃⌒



 教室を出て数メートルしたところにあるフリースペース、しゃがみこむ。

 さっきまでワイワイしていたのが、嘘みたい。


 「はい、ティッシュだよ」

 「あ゙、あ゙り゙が…っ」

 「喋らなくて大丈夫」


 そう言って梛は私の涙をハンカチでふいた。

 まるで滝のようにあふれる涙は一向に止まらない。


 「ゔうゔっ、ずず」

 「和音ちゃん、答えなくていいから聞いてくれる?和音ちゃん、一人でためこみすぎだよ」


 梛の言葉には、いつもより芯がある。

 『一人でためこむ』……。


 「和音ちゃんのお母さんに聞いたよ。おばあちゃんが亡くなってから、一回しか泣いてないって。和音ちゃんのお母さん、心配してたよ。泣きたい時は泣いていいんだよ」


 入学式初日でこんなに泣くなんて、と心の隅で思っている自分がいなくなる。

 お母さん、心配してくれてたんだ。

 梛がそっと私の背中に手を当てた。


 「大丈夫。泣いている和音ちゃんも好きだよ。ゆずちゃんもさっちゃんも」

 「ゔゔゔ、ゔゔゔっ」

 「元気になるには、泣かなきゃ」


 梛の周りにスズメが集まる。


――チュンチュンッ。


 そう鳴くスズメは、まるで


 「そうだよ!」


 と言ってくれているみたい。

 私はその後、長い時間泣いた。

 梛は決して止めなかった。

 私は落ち着きを取り戻すと、梛の方に笑顔を見せる。


 「ありがとう!スッキリしたよ」

 「本当?」

 「うん。さ、入学式が始まっちゃう!行こうっ」 

 「そうだね」


 私はすくりと立ち上がって、歩きだした。

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