幽霊 ホロウ

雨世界

1 死んじゃったらだめだよ。

 幽霊 ホロウ


 登場人物


 胡桃まめまき 胡桃色の髪をポニーテールしている猫っぽい少女 十五歳 スパイ


 みちびき UFO 人工知能(小さな女の子)


 浮雲ひまわり 白金色の髪をした美しい少女 天才 十五歳 マッドサイエンティスト


 小枝つばさ 亜麻色の髪を三つ編みにしている幽霊ホロウの女の子 忘れられた子


 水玉ひかり 金色の髪に白いりぼんをつけている幽霊ホロウの女の子 いらない子


 浮雲かげろう 黒い髪をしたどこかぼんやりしている幽霊ホロウの男の子 なんにも知らない子


 木登こま 砂漠の木登発掘隊の一人で天才発掘士 小さな男の子


 三つ星みずあめ 水色の長い髪をした発掘士の綺麗な少女 十五歳 わたあめという名前の双子のお姉さんがいる


 プロローグ


 キービジュアル 砂漠に落ちて壊れたUFO


 砂漠から掘り出してみると、そこにはぼろぼろのひとつの壊れた銀色の円盤の形をしたUFOがあった。


 まるで夢のような。


 ……見つかっちゃった。


 ある日、家の近くで、一匹の子猫が涙を流して、泣いていた。

 なぜその子猫が泣いているのか、僕にはその理由がよくわからなかった。僕は猫ではないし、あるいは、そこで泣いているのが誰かほかの人間であったとしても、僕にはその人が泣いている理由が、よくわからなかったと思うけど……。

「どうしたの? どうして君は泣いているの?」

 僕はその場にしゃがみこんで泣いている子猫に向かってそう話しかけてみた。幸いなことに近くに人はいなかったから、そんな少し恥ずかしいことを、僕はそのときすることができた。

 時刻は夕方で、世界は真っ赤な色に染まっていた。

 赤色と子猫と僕と静かな時間。

 なんだか、いろんなことが想像できそうな時間だった。

 子猫は「にゃー」と鳴いて、僕の差し出した手に頬ずりをするようにして、甘えてきた。

「よしよし」

 そう言って、僕は子猫の頭を撫でた。

 子猫は僕が頭を撫でたことを、すごく喜んでくれたみたいだったけど、それで泣くのをやめたりはしなかった。

 子猫は相変わらず、ずっとその二つの綺麗な瞳から透明な涙を流し続けていた。

 僕は困ってしまった。

 この泣いている子猫をほおっておいて、どこかに行くなんてことが、できなくなってしまったのだ。

 でも、この子猫を家に連れて帰るわけにはいかないし、さて、どうしよう? と困っていると、「なにしているの?」と後ろから誰かに声をかけられた。

 誰もいないと思っていたので、僕はすごく驚いたのだけど、後ろを振り返ると、そこにいたのは君だった。

「なんだ。君か」僕は言った。

「なんだ。じゃないでしょ? それよりも、そんなところでなにしているの?」少し怒った顔をしたあとで君は言った。

 どうやら僕に対する怒りよりも、僕の不思議な行動に対する好奇心のほうが、君の中で勝っているようだった。

「ほら、子猫がいるんだ。泣いている子猫だよ」と僕は言った。

「子猫? 子猫なんてどこにもいないよ」と不思議そうな顔をして君は言った。

「え?」

 僕はそう言って、視線を君から移動させて、泣いている子猫のいる場所を見た。

 ……しかし、そこには確かに君の言う通り、泣いている子猫なんていなかった。

 そこには赤い色に染まっているアスファルトの道路があるだけだった。

「おかしいな」僕は言った。

「おかしいのはあなたでしょ?」と君は笑いながらそう言った。

 僕は君の笑顔を見た。

 どうやらいつの間にか、僕のところを飛び出して行った君の怒りはおさまってくれていたようだった。

「ほら。なにしているの? 家に帰ろうよ」と君は言った。

「わかった。家に帰ろう」と僕は言った。

 僕は君と手をつないで、僕たちの家に二人で一緒に帰ることにした。(そもそも僕は、君を探すために家を飛び出したのだった)

「本当にいたんだよ。泣いている子猫」

 僕は帰り道で、泣いている子猫の話を君にした。

「そんなのいないよ。子猫が涙を流すわけないじゃん」

 笑いながら、君は言った。

 結局、君は最後まで、泣いている子猫の話を信じなかった。

 そのうち、もしかしたら本当に泣いている子猫なんていなかったのかも知れないと、僕も思うようになっていた。

 僕は君の顔をじっと見つめた。

 そこには赤い夕焼けの色でよく見えなかったけど、確かに、君の涙を流したあとが残っていた。

「どうしたの?」と君は言った。

「なんでもない」とにっこりと笑って、僕は君にそう言った。


 見知らぬ庭


 僕はいらない人間なのかな?


 その日、僕は不思議な場所に迷い込んだ。

 それは僕のよく知っているようで、よく知らない場所だった。

 それはとても不思議な感覚だった。

 僕は『透明な存在』となってそこにいた。

 よく知っているはずなのに、知らない家と、よく知っているはずなのに知らない庭がそこにはあった。

 僕は雨降りの中で、道路の向こう側から、そんなよく知らない場所に立って、よく知らない家のことをずっと見ていた。

 やがて、僕はそのよく知らない家に行ってみることにした。

 よく知らないとは言っても、その家はすごく僕の知っている家によく似ていた。だから僕は、その家に惹かれて、その家まで行って、そこで雨宿りをさせてもらうことにしたのだ。

 しかし、その家の前まで行っても玄関のドアは開かなかった。鍵がかかっていたのだ。がちゃがちゃと二回、ドアを引いたところで家の中に入ることを諦めた僕は仕方なく家の玄関のところで、その冷たい雨をしのぐことにした。

 僕は玄関のドアの横に体育座りで座って、そこからずっと、一人でざー、と言う雨降りの音を聞きながら、灰色の空と、空から降る雨の風景をずっと見ていた。

 すると、やがてがちゃという音がして、玄関のドアが開いた。

 そこから出てきたのは、僕のよく知っているようで、僕のよく知らない人だった。その人は僕には気がついていないようで、雨降りの空を見て、顔をしかめてから、「お母さん。ちょっと出てくるね。すぐ戻ってくるから、留守番お願いね」と言って、赤い傘をさして雨降りの町の中に出かけて行った。

 その人は玄関のドアに鍵をかけて行かなかった。

 なので僕は、そのドアを開けて、家の中に入り、そこでまた雨宿りの続きをさせてもらうことにした。

 家の中は僕のよく知っているようで、やっぱり僕のよく知らない場所だった。

 家の中は生活感があり、お勝手のほうから、とんとんという包丁の音や、ぐつぐつという鍋の音のような、なにかの料理をする音が聞こえた。それになんだかすごくいい匂いがした。

 僕はお腹が減っていたから、その匂いにつられて、お勝手まで行ってみることにした。するとそこには、やっぱり僕のよく知っているようで、僕のよく知らない人がいた。

「お母さん」

 僕はその人の背中に向かってそう言った。  

 でも、その人は、僕の声が聞こえないようで、僕のほうを振り返ってはくれなかった。(……まるで、いつもの日常のように)


 神様の子


 神様! 神様! 聞いてください、神様!!


 その家はとても『小さな家』だった。

 そこが、(見るからに)怪しい大人たちに連れ去られた小学校五年生の男の子、素直くんの誘拐された家だった。素直くんの友達の小学校五年生の女の子、長閑はコンクリートの壁の角っこのところから、顔を半分くらいだけ外に出して、その小さな(どこにでもあるような普通の)家をじっと見つめていた。

 ……どうしよう? どうしたら良い?

 長閑は考える。

 やっぱり警察の人に連絡したほうがいいだろうか? ……いや、だめだ。警察の人が、あの『奇妙な教団の関係者じゃない』っていう証拠がない限り、たとえ警察の制服を着ていたとしても、その人を正義の人だと信じることはできない。 

 ……では、どうする?

 長閑は考える。

 やっぱり、私がいくしかない。

 私が、素直くんを、あの小さな家の中から救い出すしかないんだ。そうですよね、神様。

 長閑は青色の空を見て、そんなことを頭の中で神様に言った。(神様はいつだって、長閑と一緒にいてくれるのだ)

「さて、じゃあ、どうしようかな?」

 長閑は小さな家をじっと、観察する。(物事をじっと観察することはとても大切なことなのだ)

 それから少しして、長閑は小さな家の周りを慎重に動き回り、(電信柱の陰に隠れたりして)そして小さな家のうしろ側の白い壁のところまでやってきた。

 すると、その白い壁には、なぜか、『とても小さな、まるで子供用の扉』のようなものが取り付けられていた。

 ……あれはなんだろう? 長閑は思う。

 もしかしてあれが『入り口』なのかな? 長閑は周囲に人がいないことを確認してから、静かにその小さな扉に近づいた。

 そして、その扉を押してみる。

 すると、その小さな扉には鍵がかかっていないようで、内側に押すようにして、開いていった。

 ……開いた。

 ……長閑は考える。(そして、決意する)

 長閑は、そのままその鍵のかかっていない、小さな子供用のような扉を通って、素直くんが誘拐され、囚われている、小さな家の中にたった一人で侵入していった。

(……待っててね。素直くん。今、私が助けてあげるからね)


 スイッチオン


 自然と涙が溢れてくる。

 どうしてだろう?

 悲しくなんて、ぜんぜんないのに。


 ずっと迷い続けてる。

 わたしたちはきっと、永遠の迷子なんだ。

 捨てられた。忘れられた。

 迷子なんだ。


 あなたは私の太陽だった。

 それは嘘ではない。本当のことなのだ。

 だから、わたしはあなたのことを、

 ずっと見続けることが、まぶしくてできなかった。


 あなたは本当に感情が豊かで、表情がいっぱいあった。

 たくさんのあなたの顔をわたしは知っている。

 笑っている顔。怒っている顔。すねている顔。照れている顔。泣いている顔。目をつぶっている顔。

 わたしは、あなたの顔のそのどれも全部が、本当に大好きだった。


 わたしは真っ暗な夜の中にいる。

 その中でわたしはいつも震えている。

 抜け出したいと思う。

 でもいつまでたっても夜は明けない。

 どこまで逃げても逃げられない。

 そんな場所にわたしはいる。

 泣きながら。

 ……震えながら。


 星と月のない真っ暗な夜の街の中で、人工の明かりに照らされて、道の横に倒れている人がいる。

 その人に手を差し伸べる人は誰もいない。

 わたしはその人の隣で立ち止まり、ふとその人の顔を見る。

 するとその人はわたしとそっくりの顔をしていた。

 道端に倒れている人はわたしだった。

 そこにはもう一人のわたしがいた。

 偽物のわたし。

 ……ううん。あるいはそこに倒れている人が本物のわたしで、今のわたしが偽物なのかもしれない。

 わたしは偽物であり、きっとこの倒れている本物のわたしが見ている夢に過ぎないのかもしれないと思う。

 わたしはいつの間にか幽霊になっていたのだ。

 その証拠に、わたしのことを見てくれる人は世界のどこにもいなかった。


 スイッチオフ


 カセットテープ 録音 メッセージ


(とても懐かしい君の優しい声が聞こえる)


 私の人生の中で一番幸せだったときってどんなときだろう? 思い出そうと思っても、あんまりよく思い出すことができない。(そもそも、幸せだったときがほとんどなかったのかもしれない)

 とにかく、きっと小さな子供のときだと思う。時間がたって、成長してどんどんと大人になっていくにつれて、私は幸せからどんどんと遠い場所に離れて行ってしまったのだと思う。(まるで、丈夫なロープでしっかりとつないでいたはずの小舟が、そのロープがいつの間にかほどけてしまっていて、湖の中に勝手にひとりでに浮かんで、やがて白くて濃い朝靄の中に消えてしまうように……)

 だから、私は今とても不幸なところにいる。(濃い霧の中の波のない静かな湖に漂う小船の中にいる)

 だけど、私は今、とても幸せになりたいと思っている。(ここはとっても寒いから。なんだかとってもさみしくて、泣いてしまいそうになるから。誰かにぎゅっと抱きしめてほしいって思ってる)私はどうすれば幸せになれるんだろう?

 そんなことばかりを成長した私は、よく考えるようになった。(ひとりぼっちの時間の中で。……、あるいは、ひとりぼっちの小舟の中で)

 その答えはまだ見つかっていない。だから、それを探すことが私の人生の夢になった。(もしくは、ひまつぶしともいえるかもしれない)


 本編


 SOS


 死んじゃったらだめだよ。


 愛は病である。


 ある砂漠にある、地方に残る古い言い伝え


 子供の目を通してまだ見ぬ世界を見ること。

 子供の耳を借りて遠い異国の風の音を聞くこと。

 子供の口を自由にして誰も口にしない真実を語ること。

 子供の心を忘れずに、いつまでも清らかな気持ちで生きること。


 幽霊 ホロウ


 幽霊たちは歌が大好き。

 幽霊たちは遊びが大好き。

 幽霊たちは眠ることが大好き。

 幽霊たちは笑うことが大好き。


 むこうがわの世界から、きみへ。


 この世界には、君が必要だよ。


 私ね、奇跡だと思っているんだ。君と出会えたこと。

 本当にね、奇跡だって、思ってる。


 まめまきとUFO


 嵐の夜


 人の意識は青白い電気によって、生み出されている。(あるいは、電気ショックによるお仕置き) 


 磁気嵐の中を一機のUFOが飛んでいる。

『限界です、まめまき』

「まだもたせて!」

 まめまきと呼ばれた少女が叫んだ。

『だから私はこの作戦には反対をしたんです』

「今更、遅い! 文句言わない!」

 まめまきは言う。

『まめまき。限界です。このままだと、あと数分で砂漠の上に墜落します』小さな女の子の声がする。

 でも、UFOの中にいるのはまめまき一人。

 まめまきの会話の相手をしているのは、コンピューター。いわゆる、この最先端の技術で秘密裏に製造された小型宇宙船に搭載された『みちびき』という名前の(小さな女の子の声の)人工知能だった。

「……みちびき。目的地は?」

『すぐそこです。ですが、現在強力な嵐の中にいるため、正確な場所は把握することができません』みちびきが言う。

「でも、『この下』であることは間違いないんだよね」にやっと笑いながらまめまきが言った。

『……まめまき。その考えには賛同できません』

 まめまきとコンビを組んで長いパートナーであるみちびきは、この会話だけでまめまきの考えている無謀は作戦? を理解して言った。

「みちびき。突っ込むよ。場所は、この嵐の空の下の砂漠地帯。少しくらい目的の場所を外したって、そのままばらばらになるってことは、ないでしょ?」

 みちびきは数秒沈黙する。

 なんとなくまめまきの頭の中にはみちびきの『……、はぁー』という呆れたため息の声が聞こえたような気がした。

『わかりました。まめまき。あなたの言う通りにします』

 みちびきが言う。

「OK。聞きわけがいいね」まめまきが言う。

『私はまめまき。あなたのパートナーですから』

 なんだか少し嬉しそうな声で、みちびきが言った。

 そしてUFOは、その飛行角度を真下に向けて、加速をして、大雨と大風と大きな雷の鳴る暗い嵐の中を突き進んで、そのまま真下にある無限の広さをほこる巨大な砂漠の地面の上に、思いっきり(まるで、そこにある壁を破壊するように、なんの迷いもなく突っ込むようにして)墜落した。

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