第21話:目立ちたくない

 一泊分の宿代と延長オプションを合わせた料金——5500ジュエルを支払うと、支配人はすぐに部屋へ案内してくれた。


「鍵を失くされると、弁償していただく決まりになっています。お気をつけください」


「分かった」


 部屋の鍵を受け取り、俺たちは部屋の中に入った。


「綺麗ですね!」


「だな。気持ちよく過ごせそうだ」


 木目調で統一された内装は真新しく、清掃も行き届いており清潔。ベッドはやはり大きくはないが、ふかふかだし、汚れのない真っ白なシーツが掛けられている。


 家具類は小さな丸テーブルと椅子が一脚……と最低限だが、冒険者が宿泊は眠るだけなのではまったく問題ない。文句の付けようがなかった。


 宿代は相場通りだったが、少し冒険者ギルドから離れているという立地の不利さをこういったところでカバーしているのだろう。


 さて。


「じゃあ、部屋を出てご飯を食べに行こう。近くに冒険者向けの食堂があったはずだ」


「そうですね! 私、もうお腹ぺこぺこです……」


 この世界では、冒険者向けの格安宿は素泊まりが基本。近くに冒険者をターゲットにした飲食店があるので、食事はそこで済ませるのが普通だ。


 俺たちは部屋に入ってすぐ鍵を閉め、外へ出かけたのだった。


 ◇


 冒険者向けの食堂は、社員食堂や大学のような雰囲気だ。今は時間的にやや閑散としているが、ピーク時でも耐えられるようギッチリと席が並んでいる。


 ちなみに、大量の注文を捌くため食券制だ。


 ミリアと向かい合って座れる四人掛けの席確保してから食券を買い、注文を済ませた。


 ちなみに、俺は豚カツ定食を注文し、ミリアは焼き鮭定食を注文した。


 『Sieg』でも建物としては存在していた冒険者食堂だが、ゲームではキャラが食事をする必要はないので詳しく見たことがなかった。


 どんな料理が食べられるのか気になっていたが、舌に合うものが食べられそうで良かった。


 やっぱり、夜ご飯はパンよりも米だよな。うん。


「一仕事終えてからのご飯、美味しいですね」


「だな」


 思えば、今日は色々なことがあった。


 手始めに、卒業式後に『黒霧の刃』から加入内定を取り消され、俺の心はボロボロになった。その後、奴隷商店でミリアと出会い、仲間に引き入れた。午後は冒険者ギルドにて、ミリアの試験兼依頼をこなして、ついでにエリアボスを討伐。宿を見つけて今に至る。


 これ、全部今日一日の出来事なのだ。


 さすがに情報量が多すぎて、頭がパンクしてしまいそうになる。


 やれやれ、今日はゆっくり眠りたいところだな。


 ——などと思っていた時、近くの席から噂話が聞こえてきた。


「なあ、聞いたか?」


「ん、新人がエリアボス倒したってやつ?」


「そう、それそれ。すげえよなあ……本当ならだけど」


「さすがに嘘だろ。信じる方がどうかしてる」


「それな。でも、ちょっと信じてみたくならね?」


「仮に本当だとしても、何か事情があって身分を偽ってるとかそういうオチだろ、どうせ。世の中そんな面白いこと転がってねえよ」


 どうやら、俺たちの話をしているらしい。


 冒険者ギルドの職員の誰かが話したのか? それとも、シオンたちか? まあ、どちらでも良いが、思ったよりも冒険者の噂話ってのは広まるのが早いな……。


「ふふっ、私たち有名人ですね」


 ミリアがニヤニヤしながら小声で言う。


「できれば目立ちたくないんだがな」


「どうしてですか?」


「目立つと、面倒ごとに巻き込まれるかもしれないだろ? 俺は、早く魔王を倒して平穏を取り戻したいんだ。時間を取られたくない」


「レインはやっぱりお優しいのですね」


 なぜか、いつも以上にニコニコするミリア。


「いや、今の話でどうしてそうなる?」


「だって、面倒なら助けを求められても断ればいいじゃないですか」


「いや、状況によっては見捨てるのは気分が悪いだけ……いや、なんでもない」


「そういうところなんですよ。私から見ればレインは多分……目立ちたくないんじゃなくて、お優しいだけなんです」


 やれやれ。ミリアは妙に鋭いところがあるな。


 その後、俺の過去と、逆に俺が知るミリアに関しての知識の正誤確認もしておいた。


 こんなことをしていると、あっという間に時間が過ぎていったのだった。


 ◇


 食事を終えた俺たちは、宿泊している部屋に戻ってきた。


 ネグリジェに着替えたので、あとは眠るだけだ。


 ……と、その前に。


「そういえば……はい、五千ジュエル」


「これは?」


「え、ミリアの分の報酬」


 先ほど受け取った報酬の半分を渡そうとすると、ミリアはきょとんとした表情になった。


「く、くれるということですか⁉︎」


「え、うん」


 何かおかしいことしたっけ?


「仲間だし、パーティで報酬を折半するのは普通だろ?」


「仲間ならおかしなことではありませんけど、レインはご主人様というか……」


 なるほど。ミリアは奴隷として買われたことを未だに気にしているらしい。


「出会い方なんて、別にどうだっていいだろ? 俺にとってミリアは大切な仲間で、奴隷なんて思ってないし、ご主人様と思われたくもない」


 というか、思いのままに従わせたいなら、首輪を外したりはしない。


「って、どうした⁉︎」


 俺の言葉を聞いたミリアは涙ぐんだかと思うと、なぜか俺に抱きついてきた。


「レイン、大好きです!」


「お、おう……」


 距離めちゃくちゃ近い! なんか良い匂いがする……じゃなくて!


 美少女に抱きつかれるなんて初めてなので、どう反応して良いかわからなかった。


「あっ、すみません! ご迷惑でしたか……?」


 我に返ったミリアがパッと離れた。


「い、いや……そんなこと、ナイヨ?」


「どうしてカタコトなんですか⁉︎」


 やれやれ。もう少し気の利いたことが言えれば良いのだが。


 こればかりは前世の知識があってもどうにもならないようだ。まあ、前世もあまり女っ気がなかったので仕方ないか。


「では、そろそろ照明消しますね」


「ああ」


 ミリアが壁のスイッチを押して照明の魔道具をオフにする。部屋が暗くなった。


 この世界では、電化製品は普及していない。その代わりに魔力をエネルギー源として使う魔道具が存在しており、意外にも生活はそれほど不便ではない。


「さすがに狭いな……」


「そ、そうですね! レインの温もりが伝わってきます……!」


 シングルベッドで大人が二人。


 俺もミリアも大柄ではないが、さすがに窮屈さを感じる。


 しかし窮屈なのが不快かというとそうではない。距離が近すぎて緊張してしまうのだ。ミリアの柔らかく大きな胸が密着しているし、呼吸のたびに息の音が聞こえる。


 ……俺の頭はどうにかなってしまいそうだ。


 っていうか、ミリアもこれじゃ緊張して眠れないんじゃ……? と思っていたところ。


 すぴー、すぴー。


 ミリアの寝息が聞こえてきた。


 寝るの早くね⁉︎ いや……まあ、疲れていただろうし普通か。


 当たり前だが、気にしているのは俺だけ。そう考えると、少し緊張が解けた気がした。


 それからのことは記憶がない……ということは、しっかり眠れたようだ。


 ◇


 翌日。


 チュンチュンと鳥のさえずりが聞こえる中、俺たちは冒険者ギルドへ向かった。


「ベッドふかふかでしたね。なんだか、いつもより疲れが取れた気がします」


「確かにな。俺も体が軽くなった気がするよ」


「レインが一緒にいてくれたので、安心して眠れたのも関係あるのかもしれないですね。ふふっ、気のせいかもですけど」


 なぜか、俺をからかってくるミリア。


 そんな言い方をされると、俺も少しからかってやりたくなる。


「気のせいでもないぞ? 全属性回復魔法が使えるようになった回復術師は、疲労を回復する常時発動のバフがかかるんだ。これは、近くにいる人間にも効果がある」


 ちなみに、嘘ではない。


 ……というか、『Sieg』ではそんな設定があった。この世界でも同じかどうかはわからないが、寝具の効果以上に疲労が取れている気がするので、間違い無いだろう。


「そ、そうだったのですか⁉︎」


「ああ。今晩も密着してみるか?」


「いいですね! そうしましょう!」


 ……え?


 『そ、それはちょっと……! 恥ずかしいです……。レインのえっち!』みたいな反応がくるかと思いきや、まったく気にしていないようだ。


 なんだか、俺の方が恥ずかしくなっちゃうじゃないか。


「……着いたな。入ろう」


 そんな雑談をしていると、冒険者ギルドに着いた。


 朝ということで、おそらくこれから依頼を受けて冒険に出かけようとしている冒険者たちが多数集まり、混雑していた。


 っていうか、本当に人が多いな。


 全体的に多いというよりは、隅の方ではかなりの人だかりが出来ている。


「すごい人ですね。今日は何かイベントでもあるのでしょうか?」


「どうなんだろうな」


 ——と、その時。


「レイン!」


 聞き覚えのある声に名前を呼ばれた。


 振り返ってみると、そこには、昨日の三人——シオン、リーン、シーアの三人がいた。


「朝イチでここに来れば会えると思ったんだ。すまんな、呼び止めて」


 どうやら、シオンは偶然俺たちを見つけたのではなく、俺たちが来るのを待っていたらしい。


「昨日、レインと別れた後ちゃんと検査してもらったんだが、どこにも異常はなかった。あの怪我から何事もなく治しちまうなんて、改めて振り返っても神の所業だぜ。本当に、ありがとうな。感謝してもしきれねえ」


「良かった。俺も安心したよ」


 どうやら、検査結果の報告とお礼のために待っていたらしい。


 もうこの世界に転生して長いので慣れてしまったが、メールや電話がない世界ってのはよく考えると不便だな。


「昨日も言った通り、いつかちゃんと恩返しさせてほしい。困ったことがあったら、気軽に相談してくれよな」


「ああ、その時は頼むよ」


 シオンとの短いやりとりを終えて、依頼を探しに行こうとした直前。


 俺は今日ここに来てから気になっていたことを聞いてみることにした。


「シオン、そういえばあの人だかりってなんなんだ? あまり詳しくないんだが、いつもこの時間はあんな感じなのか?」


「いや、今日は特別だ。どうも、パーティメンバーを募集しているらしくてな。ちょっとした大物らしく、ちょっとした騒ぎになってるんだ」


「なるほど」


「有名な冒険者の方なのでしょうか……?」


「多分そうだろうな」


 まあ、俺たちには関係のない話か。


 強い冒険者なら味方になってくれると嬉しいが、受けられる依頼はパーティ内の冒険者の最低ランクが基準になる。わざわざ足を引っ張るような者と組みたがる物好きもいないだろう。


 などと思いながら、左手にある依頼掲示板に向かおうとしたその時だった。


「ちょ、ちょっとそこのあなた!」


「んん⁉︎」


 人だかりの中から、銀髪の少女が猛烈な勢いで飛び出してきたのだった。


 雰囲気で分かる。……こいつは強い。ミリアと同じ雰囲気を感じる。おそらく、この子がパーティメンバーを募集しているという冒険者なのだろう。


 というか——


「あっ」


 急なことで最初は驚いたが、間近で見たことで思い出した。


 俺はこの子を知っている。『Sieg』の序盤で見た、元『黒霧の刃』の幹部の一人、魔法師のリーシャ・グレイシア。


 ただひたすらに冒険者としての高みを目指す、気高き少女だ。今は『黒霧の刃』のクーデター計画と反りが合わずクランを抜けてきたという感じか。


 確か、シナリオではこの後、クーデターを企てる『黒霧の刃』と戦いになり、リーシャは大活躍。しかしリーシャ自体は亡くなってしまい、王都防衛の英雄になる……という感じだった。


「ど、どうした?」


 リーシャは猛烈な勢いで俺たちの前に来たかと思うと、マジマジと色々な角度から俺を見てきた。


 そして、何を言うかと思えば——


「決めた! あなた、私のパーティに入りなさい!」

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