第11話:特別試験
◇
商業地区から冒険者ギルドは距離が近いため、すぐに建物の前に到着した。
俺は冒険者学校を卒業した時点で冒険者として登録する資格があるし、ミリアは勇者だったのだから、当然冒険者としても問題なく登録できるだろう。
だが、俺が建物の中に入ろうとしたところ。
「……どうかしたのか?」
どういうわけか、ミリアの表情が暗い気がした。
「いえ、なんでもありません。すみません、気にしないでください!」
明るく取り繕おうと努めるミリアだが、様子がおかしいのはすぐに分かった。
「正直に話してくれ。俺とミリアは主人と奴隷ってわけじゃないんだから」
「ほ、本当に些細なことですし、私の事情ですから……レインは気にしなくて——」
「言ってくれ」
俺は、語気を強めて言った。
一緒に活動する上で、なるべく不満を抱かせたくはない。冒険者は、ときに命を懸けた限界の戦いをしなければならない。その時に些細な不満でパーティが瓦解するという話を聞いたことがある。
「……実は私、ちょっと怖いんです」
「魔族との戦いからトラウマが残っているということか?」
俺が尋ねると、ミリアは首を横に振った。
「いえ、そこは大丈夫です。ただ、冒険者として依頼をこなすと……もしかしてジークたちに私が生きていることがわかってしまうんじゃないかって……」
「なるほど。まあ、調べなきゃすぐに生きているとバレることはないだろうが……確かに冒険者として活躍すれば、嫌でも名前は広まってしまうな」
「ですよね」
もしミリアが俺のパーティでの活躍を知れば、勇者パーティは連れ戻しにくる可能性が高い。
連れ戻しに来られても、あれだけの仕打ちをされたミリアが戻るわけがないことは想像できるが、顔を見るだけで不快だということは俺にも分かる。
おそらく、ミリアにとって勇者はトラウマになってしまっているのだろう。
ミリアの気持ちは分かった。だが、これはミリアに問題出会って、俺にミリアのトラウマを払拭することはできない。
俺にできる提案があるとすれば——
「それなら、冒険者資格を名前を変えて取り直せばいいんじゃないか?」
「取り直す……ですか?」
ミリアにとっては意外な話だったらしい。まあ、確かに普通は考えないことだからな。
「ああ。新人のフリをすれば、名前からバレることはない」
「でも、名前を変えるなんて……」
「ミリアってファーストネームは特別珍しくない。だから、ファミリーネームだけ変えるっていう手もあるぞ」
この世界では、結婚すると女性は夫に合わせてファミリーネームが変わることが多い。
これなら少しは受け入れられやすいのではないだろうか。
「確かに……それ、ありですね! あっ、でも……」
「どうした?」
「冒険者資格の取得って時間がかかりますよね。レインにご迷惑をおかけしてしまいますし……」
やれやれ、俺はそのくらいで迷惑なんて思わないのだが……。
そもそも、ミリアが知らないだけで色々とギルドには例外的なルールがある。
「時間がかからない方法もある。とりあえず、中に入ろう」
俺はミリアを連れて冒険者ギルドの建物内に入った。
建物の中は二階建てになっており、全体的に木目調のデザインで統一されている。まさに異世界系のゲームに出てくるような世界観そのままの様子。
右手には昼から酒を呷る冒険者たちがいるテーブルスペース。左手には大量の依頼書が貼られた掲示板。奥には受付があり、階段を上った二階には冒険者用の会議スペースがある。
ここは王都の冒険者ギルドなのでかなり広い造りになっているが、小規模なギルドでも基本構造は変わらない。
俺たちは受付へ向かい、若い受付嬢に事情を話した。
「冒険者ギルドには、先輩冒険者監督の上で、規定の依頼をこなして冒険者相当の実力を示すことですぐに冒険者資格を取得できる特例——特別試験があるだろ? それを受けたいんだ」
『Sieg』では無駄に設定が細かく練られており、暇な時にギルドのルールブックを読んでいたことがある。何に使うのか分からない設定だったが、こういう場合に使うらしい。
「なるほど、特別試験ですか……。しかし、レインさんはFランク……新人冒険者ですよね?」
「ああ。でも新人じゃダメっていうルールはないだろ?」
「それはそうですが……。おすすめはしませんよ。この試験は、本物の依頼を試験として使います。なので、もし失敗すれば罰金を支払っていただくことになりますよ」
どうやら、受付嬢は遠回しに『新人冒険者がまともにこなせるわけがない』と言いたいようだ。
まあ、普通の新人冒険者は自分のことだけでも精一杯になってしまうものなので、そう思われてしまうのも仕方ない。だが、俺とミリアは少々特殊なのだ。
「問題ない。受けさせてくれ」
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