8-11 戦え
話題が一段落つくと、
図らずも父親に置いていかれた
「それで、新しい弓はできそうなの?」
「うむ。この二つの
すると横から
「弓本体はどうするんです?」
「まさか、一から作る……の?」
「それが希望ならそうするが、三ヶ月以上かかる」
「やっぱり……」
がっかりと肩を落とした永の横で
「そんなにかかるものなんですね」
「竹曲げて、糸張ればいいだけなのにか?」
「ライくん、なんてこと言うの!大昔の野蛮人じゃないんだよ!?職人さんへの侮辱です、謝りなさい!」
「す、すいません……」
だが八雲は涼しい顔で言ってのける。
「別に構わないが、一から作るのは最終手段だな」
「他に方法があるんですか?」
鈴心の問いに八雲は軽く頷いた。
「ここは
「え、じゃあ、弓も!?」
「もちろんだ。仕上げだけを残して作ってあるものが数本ある」
「うひょー!」
永はいつになく興奮しており、蕾生は思わず一歩引いてしまった。実はさっき怒られたのがだいぶ効いている。
両手を上げて喜ぶ永に、八雲は工房の奥を促した。
「その中にお前の手に馴染むものがあればそれを譲ろう、こっちだ」
永はスキップでも踏むような足取りで八雲についていく。
奥の間は完全に倉庫化しており、所せましといろいろな道具が置いてあった。
弓や杖、それから短剣などの武器はもちろん、衣服や一見日用品に思える皿や花瓶などあらゆる物品が棚に敷き詰められていた。
それでも雑然とした感じはなく、埃っぽさも感じられない。清浄な空気が満ちていた。
「これは、壮観だね」
「すごいです。全部八雲さんが作ったんですか?」
そこに入るなり、皓矢と鈴心は棚をぐるりと見回して感嘆の声を上げる。
しかし、八雲は平然と頷いただけだった。
「そうだが。弓はここだ」
倉庫部屋の奥、棚の中に整然と立てられた数本の弓があった。永はそこに近づいて溜息を漏らす。
「わあ、結構ありますね。どれがいいんだか……?」
「まず真っ直ぐ立って目を閉じ、精神を集中しろ。そうすると見えてくるものがある」
「はあ……」
言われて永は背筋を伸ばし、目を閉じた。
「……」
屋内なのに空気が綺麗だ。心が落ち着いていくのがわかる。
「……」
目を閉じているけれど、何かが見えた。小さな灯りが呼んでいる。
「……あ」
永はそこで目を開けて、棚の中から迷いなく一本の弓を取り出した。
まだそれは剥き出しの竹だったが、不思議と手に馴染む感覚があった。
「これ、気になるなあ」
「ふむ、それか。さすがだ」
「え?」
八雲は無表情だが、その言葉は確実に満足しているようだった。それで永は期待を込めて次の言葉を待つ。
「それは去年作ったものだが、最近では一番納得した出来のものだ」
「やった……」
永は手にした弓に既に愛着のようなものを感じていた。
「さすがハル様です」
鈴心も喜びながら永を褒め、蕾生も永ならこれくらいは当然と言わんばかりに大きく何度も頷いた。
「では早速始めましょう。すみませんが僕もあまり時間がなくて……」
腕まくりで皓矢が八雲を促すと、八雲も振り返って静かに頷く。
「む。そうか、そうしよう」
「わくわく!」
永は擬音をわざわざ声に出して、期待満面の笑みで二人を見ていた。
「あの、八雲おじさん……」
一同が倉庫部屋を出ようとした時、瑠深が遠慮がちに声をかける。
「どうした、瑠深」
「その
「あぁ……これは鵺の妖気と慧心弓の神気を抜き出したらただの鉄棒になる」
「廃棄しちゃうの?」
瑠深は寂しそうに尋ねる。兄の残した物が捨てられるのが辛いのだろう。
「むう……我ながら惜しいとは思うが、あまり良いものではなかったからな」
「それも、生まれ変われないの?」
瑠深には特に妙案があった訳ではない。ただ、兄の証が何の価値もなく忘れられていくのが寂しかっただけだった。
だが、それは八雲にとっては一つの兆しであった。
「む?──そうか」
「八雲さん、仕事が増えましたね」
皓矢も同じ事を察していた。
「そうだな」
「これは徹夜確定ですね」
皓矢がニヤリと笑うと、八雲も少し笑った。
「ああ、そうしよう」
「?」
二人の笑みは、何も察していない
「梢賢、
「そらもちろん」
「俺に託してはもらえないか?」
「ええ!?」
驚く梢賢を八雲の次なる言葉が更に追い打ちをかけた。
「この犀髪の結をお前の呪具として生まれ変わらせる」
「えええっ!!」
驚きながらも無意識にシャツの中にある楓石のペンダントを握る梢賢に、八雲は真っ直ぐ目を見ていった。
「お前はこの先、
「そらまあ……」
「その過程で戦うこともあるだろう。その時、きっと役に立つ。頼む」
八雲は頭を下げて言う。それに少し考えてから、梢賢は口を開いた。
「じゃあ、いっこ聞きたいことがあるんやけど」
「なんだ?」
「楓婆を石にしたのは、眞瀬木なんか?」
「──」
八雲は黙ってしまった。しかし梢賢は強く出る。
「どうなんや、ちゃんと答えてくれ」
そして八雲は観念したように短く答えた。
「そうだ」
「やっぱり……」
「梢賢、楓さんがいた頃はおじさんはまだ生まれてないし、父さんだって──」
瑠深がなんとかフォローしようと口を挟むも、梢賢は優しい目で首を振った。
「ルミ、オレは別に責めるつもりはないよ」
「え?」
「八雲のおっちゃん、当時のことは伝わっとるんやろ?」
聞かれた八雲はゆっくりと話し始める。
「俺の聞いた話では、
「その感じだと、当時も眞瀬木に鵺肯定派がおったみたいやな。しかも上の立場の」
「そこまでは俺の口からは言えん。墨砥兄さんに聞いてみるといい」
「──いいや、そんだけわかれば充分や」
八雲の言葉に誠意を見た梢賢は深く息を吐いて引き下がった。
「あの、その事を雨都の人達はご存知なんですか?」
蛇足かもしれないけれど、永はその事が気になっていた。八雲は素直に教えてくれた。
「石化は
「ばあちゃんは隠し事がうまいからなあ」
「……」
苦笑する梢賢に、永はやはり余計な事を聞いてしまったかもと少し後悔した。
そんな永の心配を打ち消すように微笑んだ後、梢賢は胸元からペンダントを取り出して、ジッと見つめた後首から外し八雲に差し出した。
「わかった。よろしく頼んます」
「承った」
「いいのか、梢賢?」
蕾生が遠慮がちに聞くと、梢賢はスッキリした顔で笑う。
「おう。言われた気がしてん。「戦え」って」
「楓サンは厳しいからねえ」
「子孫ならば余計でしょうね」
永も鈴心も、あの頃の楓を思い出している。梢賢はちょうどその頃の楓と同じ光を瞳に宿していた。
「よっしゃ、改めて言わしてもらうわ。ハル坊、オレも仲間に加えてくれ」
願ってもないことではあった。
けれど永には少し躊躇いがある。また雨都の人間を危険な目に合わせることになる。それが果たして正しいのか、永にはわからない。
梢賢はそんな永の気持ちすらも見透かして、屈託のない笑みを向けた。
「鵺との問題はもう君らだけのもんやない。雨都にも因縁ができてしまいよった。きっちりケジメつけたるわ、楓の後継者としてな」
その宣言を、蕾生と鈴心は力強く頷くことで受け止める。
「わかった。これからもよろしく」
「おう!」
永も心を決めて右手を伸ばす。梢賢はその手をとって二人はがっちりと握手を交わした。
その午後から翌一昼夜、八雲の作業場ではずっと灯りがついていた。
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