8-10 楓を継ぐ風

 眞瀬木ませき灰砥かいとは、藤生ふじき康乃やすのを呪おうとしていた。

 

 墨砥ぼくとの告白に、その場の皆が息をのんだ。

 

「何故、そうなるんです?」

 

「それは……」

 

 鈴心すずねが聞いても、墨砥は言葉を濁し次の句を懸命に探しているようだった。

 

 それではるかがズバリと持っていた推論を口にする。

 

「康乃さんも、鵺人ぬえびとだから──では?」

 

「気づいて……いたのか」

 

けいさんが言ってましたよ。「鵺人に成り果てた藤生には任せられない」って」

 

「どういうことですか?」

 

「それは、梢賢しょうけんくんなら知ってるよね」

 

 首を傾げる鈴心に、梢賢を見るよう視線で永は促した。それで梢賢は観念したように肩で息を吐く。

 

「しゃあない。トップシークレットやで」

 

 蕾生らいおも緊張しながら梢賢の言葉を待つ。

 

「康乃様は、まゆみ婆ちゃんの娘なんや」

 

「──!!」

 

 永は少し見当がついていたものの、蕾生と鈴心は衝撃に打ちのめされた。

 

「藤生の前当主が若い頃、雨都うとまゆみと恋に落ち、できた子が康乃様だ」

 

 梢賢の言葉を続ける墨砥の言葉も重い。永達は何も言えずに黙って聞くしかなかった。

 

「だが、里のトップと居候の家の娘との結婚など認められる訳がない。当主は別の娘と強引に結婚させられ、檀はひっそりと娘を産んだ後、藤生家に取り上げられた。

 その後、まるで厄介払いをするように檀にも強制的に里が外部から呼んだ婿を当てがったのだ」

 

「それがオレの爺ちゃんや。あ、誤解せんといてくれよ?爺ちゃんはほんまにええ人やったで!」

 

 梢賢が明るくフォローしたものの、真実の重さに三人は衝撃を受けたまま口々に言う。

 

「……なんてことだ」

 

かえで、楓はそれで──」

 

「康乃さんは、それ知ってんのか?」

 

 蕾生が聞くと、墨砥は首を振る。

 

「いや、ご存知ない……はずだ」

 

「檀婆ちゃんはな、康乃様の前でも他人のふりを貫いとった。誰にも気づかせなかったよ、母ちゃんにもな」

 

 梢賢が少し悲しそうに言うと、瑠深が遠慮がちに尋ねる。

 

「……梢賢は何故知ってるの?」

 

「珪兄ちゃんに教えてもろた。こーんなこまい頃な」

 

 右手で当時の身長の低さを表しながら答える梢賢に、墨砥はまた頭を下げる。

 

「そうか……本当にすまない……」

 

「聞いた時はよくわからんかったけどな。でも何でかその話が忘れられなくて、理解できたのは婆ちゃんが死んだ後やったな」

 

 幼少時に刺さった棘のような記憶が、思春期になって甦る。

 多感な時期に自分の身内に関する、生々しく暗い過去を知った梢賢の当時を永は想像してみる。だから自宅や村にはいたくなくて街をフラフラしていたのかと思い至ってみれば、理解できる。

 

「康乃さんは雨都の血を引いているから、あおいくんのキクレー因子に干渉できたんですね……」

 

「謎は解けたけど、後味は悪いね」

 

 鈴心も隠されていた真実に打ちのめされていた。それからかつて雨都うとかえでが背負っていたものの大きさを知る。永もやるせない思いだった。

 

「私もあれは驚いた。資実姫たちみひめ様のお力に加えて鵺の力も操ってみせたのだから」

 

「そりゃ、力を使い果たして当然かもな」

 

 墨砥の呟きに蕾生が反応すると、次の瞬間とんでもない速さで墨砥はグルンと蕾生の方を向いて鬼のような形相で聞き返した。

 

「何だと!?」

 

「あ、バカ!」

 

「あ、ヤベ」

 

 慌てて梢賢が諌めたがもう遅い。墨砥はお口チャック状態で口元を抑える蕾生ではなく、梢賢の方に詰め寄った。

 

「やや、康乃様が、ち、力を使い果たしただと!本当か、梢賢!?」

 

 梢賢は襟元を掴まれてガクガクと揺さぶられた。

 

「ほ、ほ、ほんとですぅ……」

 

「ああぁ……」

 

「父さん、しっかり!」

 

 苦しそうに梢賢が認めると、墨砥は一瞬意識を遠ざける。後ろにフラついて瑠深に支えられた。

 

「資実姫の力は確かに康乃様には無くなりました。ですが、お孫さんに発現していますよ」

 

 見かねた皓矢こうやが落ち着いて教えてやる。すると墨砥はまたもグルンと皓矢の方を向いて涙目で聞いた。

 

「ほ、本当かね!?」

 

「ええ。見事なものでした」

 

 皓矢が笑って頷いてやると、墨砥はその場でへなへなと座り込む。

 

「ほー……」

 

「父さん!」

 

 情けない父親の姿が晒されて、瑠深は心配やら恥ずかしいやらで声を荒げた。

 

 そんな二人の様を見ていた鈴心と蕾生は笑いを堪えるあまりに無表情で目配せをし合う。「ここにもコント集団」「ワカル」と。

 

「けど、わかんないな。どうして灰砥さんも珪さんも鵺人を目の敵にするんです?口では持ち上げておきながら──」

 

 弛んだ空気感を戻すような永の言葉に、墨砥も体勢を立て直し元の威厳ある物言いで答えた。

 

「ここからは私の想像なのだが、兄や珪の考える世界では鵺も鵺人も信仰の対象であると同時に、従えるべき存在なのだと思うのだ」

 

「ああ、眞瀬木が鵺を従えるとも言っていましたね」

 

「人間の上位の存在が鵺及び鵺人。珪達は鵺を上位の存在と認めつつ、それよりも更に上に自分達が上り詰めようとしているのでは……」

 

 そんな墨砥の考えを皓矢も頷きながら聞いた。

 

「いつかは鵺の上に君臨することを目指す、ということか……」

 

「スーパー上昇志向って訳ね」

 

 永は呆れていた。やはり眞瀬木珪は碌でもない。だがそれを父親と妹の前ではさすがに言えなかった。

 

「それで、灰砥さんは康乃さんを呪おうとしたから、その……」

 

「粛清した」

 

「……」

 

 鈴心が遠慮がちに言った言葉に、八雲は淡々と短く答える。それで鈴心は何も言えなくなった。更に八雲は続ける。

 

「八雲には二つの役目がある。一つは呪具職人。もう一つは眞瀬木を乱す者を粛清する暗殺者だ」

 

「ハハァ……」

 皓矢が感嘆を漏らすので、鈴心は不安になって嗜めた。

 

「お兄様、そこは学ばないでください」

 

「もちろん」

 

 そんな茶々入れを意に介さず、八雲は懺悔するように言う。

 

「灰砥兄さんを粛清した後、珪への配慮が足りなかった。もう少し気をつけていれば鵺に魅入られることも無かったかもしれない」

 

「どうかな、それは」

 

「……」

 梢賢の言葉の続きを八雲は神妙な顔で待った。

 

「珪兄やんのアイデンティティはとっくに鵺で作られとった。オレは小さい頃から良く知っとる。だからそれを唯一知ってたオレが止めなくちゃいけなかったんや」

 

「梢賢、決してお前のせいではないぞ」

 

 自分を責める梢賢を墨砥も瑠深も首を振って気遣った。

 

「そうだよ。父さんやあたしも知ってて何もしなかった。兄さんを信じたかったから……」

 

「せやな……」

 

 梢賢は確かに最初から珪を疑っていた。だからこそ菫を正気に戻すことに躍起になった。そうすれば珪は菫や葵を諦めるかもしれないと、信じたかった。

 実際は珪は既に梢賢にも墨砥達にも及ばない所まで行ってしまっていた。梢賢達が珪を信じたいばかりで目が曇ってしまっていたのを逆手にとって、珪は自分の望みを完遂した。

 

「あの馬鹿息子が──!」

 

 家族以外の梢賢がここまで信じてくれていたのに。そんな憤りを墨砥は素直に表す。

 

「おっちゃん、珪兄やんの件はオレに任せてくれへんか?」

 

「え?」

 

「オレが地の果てまでだって探し出して連れ帰る。そんで康乃様に土下座させんねん!そん時はおっちゃん達も付き合ってもらうで!」

 

 さすが、楓が託した子だ。墨砥は改めて梢賢に陽だまりのような感情を抱く。

 

 雨都は、いつも村に新しく清々しい風を送ってくれる。

 

「──わかった。お前に任せよう」

 

「梢賢、ありがと」

 

「おう」

 

 この楓の後継に、村の──眞瀬木の未来を託してみよう。

 墨砥も瑠深も、ニカッと笑う梢賢の笑顔を信じた。

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