8-8 生まれ変わるということ
「ただいまあ!姉ちゃん達は?」
玄関を上がったところで
「帰ってきたわよ、孫を連れて」
「マジで!?もう!?」
梢賢は二重に驚いていた。
「全く、今朝突然話があるなんて言って、他所様の子を引き取りたいなんて──我が娘ながらなんて無鉄砲なのかしら」
こんな風に口早に喋る母を梢賢はあまり見たことがない。例え文句だとしてもだ。
「顔が笑ってんで、お母ちゃん」
「ああ!?」
なので面白くなってつい揶揄ってしまった梢賢に、橙子は極道の女組長のような睨みを効かせた。
「ピッ!」
一目散に逃げた梢賢を追って
「ちょっと梢賢くん、待ってよお!」
居間に行くと、葵が優杞と楠俊に囲まれて食事をしていた。
「おお……」
葵の顔に血色が戻り、黙々とスプーンを動かす様を見て梢賢は感嘆の声を上げる。
「お帰り、梢賢」
「なんや姉ちゃんソレ!お子様ランチか!?」
優杞は葵の隣でにこにこしながら、口を拭いてやったり甲斐甲斐しく世話をしていた。
「作ってみたかったのよぉ、こういうの!」
「最初から飛ばしすぎなんちゃう?」
逆隣の楠俊も苦笑しつつも、葵が食べているのを幸せそうに見ていた。
そんな二人の気持ちが通じているかはまだよくわからないが、葵は一心不乱にお子様ランチを食べ続けている。
「葵くん、うまいか?」
小刻みに頷きながら手を止めない葵の様子に、梢賢は更に感動していた。
「そうかあ……」
そんな我が子と新たにできた孫の様子を薄暗い隣の部屋から覗いている者がいる。
「……」
「何してるんですか?
明るい部屋の団欒に踏み入れるのを躊躇った永達は、襖を隔てた隣の部屋で柊達がコソコソ様子を窺っているのを見てこちらに来たのだった。
「──!いや、何、私が側に行ったら泣くんじゃないかと思って……」
強面坊さんは焦りながらそう答えた。本人の意識とは別に、その様は実にコミカルだ。
「
「ワカル」
鈴心と蕾生の感想が全てを物語っていた。
「あんた、用事は済んだの?」
「いや、これからや。その前にスジ通さんとと思ってな」
優杞と梢賢の会話を、何故か柊達とともに隣の部屋から永達も覗いて見守った。
「葵くん、あんな、これ……」
梢賢が恐る恐る取り出した
「──!!」
慌てて優杞がスプーンを拾って葵の背中を摩る。
「だ、大丈夫?梢賢!あんたなんてもの見せるの!」
「いいや、見るんや。見てくれ、葵くん!」
梢賢はさらにずいと硬鞭を葵の目の前に差し出した。
「梢賢!」
「優杞。ちょっと……」
「でも──」
楠俊が穏やかに制したが、優杞はまだ不安そうだった。
「葵くん、これ、ちっと形が違とるけど、わかるか?」
葵は目の前の硬鞭にかつて
「うん……怖いの」
「せや。これはごっつこわーいもんや。それを前まで君は平然と触っとった」
「ごめんなさい、僕……」
「いや、いいんや。謝らんでもええ」
梢賢は硬鞭を少し遠ざけて葵の目を見て言った。
「今の葵くんはこれが怖いものだってわかってるんやろ?それで充分や」
「僕、それ、もう持ちたくない……」
「ほうか。なら、これ兄ちゃん達にくれへんか?」
梢賢がそう言うと、葵は怯えながらも声を荒げて焦った。
「だめ!お兄ちゃん達もおかしくなっちゃうよ!」
葵はやはりわかっていたのだろう。
あの呪具が母親を狂気に駆り立てた原因だったこと。自分の運命も狂わせたこと。そして最愛の姉を創り出してしまったこと。わかっていながらも、葵は母のために従うしかなかった。
そんな健気で優しい葵の頭を撫でて、梢賢はにっこりと笑った。
「心配してくれるんか、ありがとうな。でも大丈夫やで。これをな、今度はごっつええもんにするんや」
「いいもの?」
「そう。ぜーんぜん怖くない、めっちゃありがたーいモンにこいつは生まれ変わる」
だから、君も生まれ変わって欲しい。ここで。
「ほんと?」
「おう。それをな、やってもええかって葵くんに聞こうと思ったんや」
すると葵は無邪気にニカッと笑った。
「いいよ!」
「──ありがとう」
梢賢はしばし葵の頭を撫で続ける。どうか、これからは健やかに。叔父として願わずにはいられなかった。
「なあ、あいつ、幼くなってないか?」
梢賢に撫でられてニコニコしている葵の様子を影から見ていた蕾生が小声で呟いた。
「そうかもしれません。以前はもっとしっかりしていたような……?」
鈴心もそれに同意すると、永が総括するように答えた。
「精神的ショックが大きくて幼児退行してるのかも」
「ああ……」
「──生まれ変わったんだよ、きっと」
そうだ、そう考えればいい。蕾生は笑い続ける葵に視線でエールを送る。
「そのうち年相応に戻るだろ?」
「きっとね。ここにいれば」
永も同じように葵の幸せな行末を願っていた。
「よーし、元の持ち主の許可が下りたで!」
「全く、騒々しい!早く行け!」
それまでのほのぼのとした空気感が一気に台無しになるような軽快さで梢賢が立ち上がると、優杞もつられて角でも出すような勢いで怒鳴る。
ただ、それを見ても葵は変わらず笑っていた。
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