8-5 未来を継承

 康乃やすの剛太ごうたに連れられて、はるか蕾生らいお鈴心すずね皓矢こうや藤生ふじき邸の裏山に来ていた。


 一同の後を追いかけて梢賢しょうけんもすぐにやってくる。

 裏山には、藤生家の神木たる藤の木が静かに佇んでいる。祭の後の静けさも手伝って、一際清廉さを皆感じていた。


 

 

「康乃様、一体どうしたんです?」

 

 後から追いついた梢賢が問うと、康乃は藤の木を振り返った後、改まって皆に言った。

 

「この藤の木が、資実姫たちみひめの宿る藤生家の御神木です」

 

「なるほど。先日は舞台が建てられてましたから、きちんと拝見するのは初めてですが──見事なものですね」

 

 皓矢は藤の木を見上げながら、その神気に当てられて息を飲んだ。

 

「この木に、私が祈ると絹糸が生えてきます。それは資実姫の髪の毛だと伝えられています」

 

「なんと──」

 

「ご覧に入れましょう」

 

 そうして康乃は両手を合わせて意識を集中させ目を閉じた。

 

 まさか実際に藤の木と康乃の超常な力を見せてもらえるとは。永達は緊張で思わず息を止めて見守った。

 

「……」

 

 だが、藤の木は何も反応せず、ただそこで静かに枝を揺らしている。

 

「ああ、やはり……」

 

 康乃は目を開けた後、肩を落として溜息を吐いた。

 

「どうかなさったんですか?」

 

 永が聞くと、康乃はこちらを向いて力無く笑った。

 

「どうやら私は力を使い果たしてしまったようね」

 

「ええっ!?」

 

 いの一番に驚いたのは梢賢だった。

 

「では、もう絹糸は出現しないんですか?」

 

「そうねえ。来年からのお祭りはどうしたらいいのかしら……」

 

 鈴心が聞くと、康乃はのんびりとした口調で、それでも少し困っていた。

 

 だが、更に困って取り乱したのは梢賢の方だった。

 

「えええ、えらいこっちゃ!墨砥ぼくとのおっちゃんが知ったら卒倒すんで!」

 

「仕方ないんじゃないかしら?」

 

「そんな軽いっ!」

 

 康乃の様子に、分不相応でもつっこまざるを得ない梢賢。そんな二人の横から、剛太が少し思いつめた表情で一歩前に出た。

 

「……」

 

「剛太、どうした?」

 

 蕾生が声をかけると、剛太は一瞬だけ振り返って力強く頷いた後、康乃に申し出た。

 

「お祖母様、僕が祈ってみてもいいですか?」

 

「剛太様が?」

 

 目を丸くした梢賢を他所に、康乃は孫を優しく見つめて促した。

 

「やって見る?」

 

「はい」

 

 そして今度は剛太が藤の木に相対して、手を合わせて祈る。すると、木の枝が騒めき始めた。

 枝垂れた枝は隣り合い絡み合うものと擦れて、ザワザワと音を立てる。

 その音がピタリと止んだ次の瞬間、白く柔らかい閃光が舞った。

 光かと見紛うそれは、頼りないけれど確かに糸の形を成しており、数本がそのまま地面にパサリと落ちた。

 

「見事だ……」

 

 一部始終を見届けた皓矢は感嘆の声を漏らす。

 

「すげ……」

 

 蕾生もまた、剛太の成した成果に驚愕していた。

 

「ご、剛太様ーッ!!」

 

 神がかった雰囲気をぶち壊すように、梢賢の歓喜の大声が響く。

 康乃も満足そうににっこりと笑っていた。

 

「はあ、はあ……お祖母様……やりました」

 

 消耗し、肩で呼吸している孫を康乃は惜しみなく讃えた。

 

「初めてにしては上手でしたよ、剛太」

 

「ありがとうございます!」



  

 次に、康乃は少し呆けてしまっている皓矢に向き直った。

 

銀騎しらきの方には、どうお見えになったかしら?」

 

 すると皓矢は意識を取り直して、けれどまだ整理がつかない頭でようやく答えた。

 

「あ、ああ……そうですね。見事としか言いようがない、私などでは検討もつかない不思議なお力です」

 

「まあ、お上手ね」

 

「いえ、本当に。世間は広いですね、感服いたしました」

 

「あらあら」

 

 孫を褒められて喜ばない者などいない。康乃は本当に嬉しそうに笑っていた。

 

「とにかく里は安泰や!バンザーイ!バンザーイ!」

 

 しかしすぐに梢賢の場を読まない軽快な声が響く。康乃はそれに苦笑しつつ頷いた。

 

「そうね。まだ終わらせる訳にはいかないわ」

 

「あ……」

 

 祭の日、「里は終わる」と言ってしまった梢賢は少し罰が悪そうに押し黙った。

 

 康乃は梢賢を──未来の後継を勇気づけるように笑う。

 

かえで姉さんが案じてくれた、この里の未来を守らなくては」

 

「はい」

 

 康乃もまた、梢賢に託そうとしている。楓から預かった希望を。



  

「ところで、鵺人ぬえびとの方達は元々慧心弓けいしんきゅうを探していたのよね?」

 

「え!?あ、はい!」

 

 急に康乃から話題を振られた永は慌てて頷くのが精一杯だった。

 

「あれは戻ってこなかったようだけど、うちの藤の木の弦を使って新しくお作りになったらどうかしら?」

 

「えええ!?」

 

 驚きでのけぞる永の代わりに、鈴心が冷静に答える。

 

「お話は嬉しいのですが、慧心弓でなければ鵺に対しての特効がないと言いますか……」

 

「ですからね、これをお持ちになって」

 

 その反応は想定内だと言うように、康乃は永に硬鞭こうべんを差し出した。けいが使った犀髪の結さいはつのむすびである。

 

「それ……」

 

 蕾生は間近で初めてそれを見たが、あの時のような禍々しさはすでに感じられず、綺麗な紋様が施された鉄棒に見えた。

 

「これを持って八雲やくもの所へお行きなさい。話は通してあるから」

 

「はあ……」

 

 永はその硬鞭を受け取ったものの、なぜこれが必要なのかわからずに首を傾げた。

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