6-5 前夜〜淡い想い
「……」
「もうすぐ満月かな?」
「ハル様」
その声に振り向くと主の姿があった。
「いいねえ、夏の宵にお月見。有名な随筆にも書いてあったよね」
「はい。ここに来てから慌ただしくて、気持ちを落ち着けてから寝るための習慣になってしまって」
永は鈴心の顔を覗き込みながら心配そうな声音で聞いた。
「──眠れないの?」
「少し。明日が気になってしまって」
「そっか。ライくんとは反対だ。明日のためにもう寝るってさ」
「ライらしいです」
「……少し聞きそびれたことがあって」
「何でしょう」
「リンの体は
本当は日中に聞けたら良かったのだが、蕾生はともかく梢賢がいると茶々が入ってドタバタした雰囲気になってしまいそうだ。
少し怖い気もするが二人きりで静かな場所でじっくり聞く方がいいと思い直して、永は鈴心を探していた。別の用事もあることだし。
「私の中の因子は、リンの魂と融合した事もあって、今は体に馴染んでいるそうです」
鈴心は特に動揺することなく、言いにくそうにすることもなかった。それで抵抗感が薄れた永は更に聞いてみる。
「それって、僕やライくんと同じ状態ってこと?」
「ハル様やライの体とキクレー因子の結びつきを理想の形とするなら、私はどれくらい近づけたのかが
ですから貴方達の体を詳細に調べ、私と照合して答え合わせをしたかった」
「ああ……そういう事か。あの時は頭ごなしに否定したけど、今落ち着いて聞くと興味深いね」
永がそう言うと、鈴心は眉を寄せて怒る。
「だからと言って詮充郎に協力するなんて論外です」
「それはそうなんだけど、リンの体の事がそれで解明するなら悪くないな、とちょっと思った」
鈴心の中にあるキクレー因子は鵺由来の純粋なもののままなのか、
永の考えでは今の所五分五分だ。リンの魂の比重が上なのかどうかで、今目の前にいる
永にとっては目の前の鈴心は、少し年若いがリン本人に見えている。ならそれでいいじゃないかと思う反面、銀騎詮充郎に身体を弄られているという事実が頭の片隅にこびりついて離れない。
そういう永の複雑な心境を知る由もない鈴心は単純に言葉通りの意味にとって即座に否定する。
「いけません、私なんかのためにそんなことをしては」
「ええ?何で?僕にはライとリン以上に大事なものなんて無いけど」
当然のように言ってのけた永に、鈴心は俯いてしまった。何かを懺悔するかのような表情だった。
「私は……そんな身分では……」
「バカだなあ、あれから何百年経ったと思ってんの?もう僕らはただの子ども同士だよ、何の力もない……さ」
珍しく自嘲気味に言う永に、鈴心は顔を上げて今度は労りの表情を見せる。
「ハル様も、明日が不安なんですか?」
「まあ、自信満々ではないよねえ。祭をやり過ごしたとして、雨辺の問題は何一つ片付いてないし」
苦笑しながら言う永に、鈴心は少し力をこめて励ますように言った。
「祭が終わったら、
「そうだね。悔しいけどキクレー因子の専門家はすでにあっちだからさ」
「はい。葵くんは必ず助けましょう……!」
その瞳。強く揺るがない光を帯びた瞳に、永は何度も助けられた。心の拠り所と言ってもいい。蕾生に対する気持ちとはまた別の感情が込み上げていく。
「じゃあ、一生懸命なリンにご褒美だ」
「?」
永は持て余す感情を胸の奥にそっとしまって、主君然とした笑みを浮かべて隠し持っていた包みを手渡した。
「もうすぐ誕生日だろ?」
「ご存知だったんですか」
「当然。変態妹から聞き出すの苦労したよ。さらにあの人の目の届く所で渡すと面倒だから、今渡しとく」
この現場を
「そうですね。開けてもいいですか?」
「もちろん」
鈴心は丁寧に包み紙を開けていく。紙の小袋にはネイビーのレースをあしらったサテンのリボンが一組入っていた。
「リボン……クリップですね。落ち着いた色でとても可愛いです」
「銀騎さんはさあ、ピンクとか真っ白のフリフリー!って感じのリボンをお前につけたがるじゃん?だからたまには大人っぽいのがいいかなって」
「……リボンが既に大人っぽさとは離れている気もします」
「えっ!気に入らなかった?」
慌てる永に、鈴心はまた笑う。
「冗談です。ありがとうございます」
「二度目にお前に会った時、まさかのツインテールだったから結構ビックリしたんだよ?」
「ですよねえ」
銀騎の家で星弥に紹介された時の事を思い出す。必要以上にゴテゴテ飾られた様だったので鈴心は苦笑した。
「でも少し嬉しかった。いつも長い黒髪を伸ばし放題で気にしなかったのに、今回は身なりを整えてくれる人がいるんだって」
「あれは整え過ぎですけどね」
「──似合ってるよ、ツインテール」
真っ直ぐにそう言う永の表情に、鈴心は少し照れてしまった。
「あ、ありがとうございます……」
「さあ、そろそろ寝ようかな!おやすみ!」
急にソワソワし出した永は立ち上がって、鈴心の頭をポンポンと軽く叩いてそそくさと去っていった。
「おやすみなさい……」
その背に向かって鈴心は親愛の情を込めた。
辺りはまた静寂に包まれた──訳ではなかった。
「デバガメが出てこないなら殺します」
「ひいい!ごめんなさいっ!」
鈴心が低く冷たい声で言うと、庭木の裏から
「ま、まあまあ、ええ雰囲気やったやないのぉ!とても主従には見えんかったで!」
「邪推は許しません」
「ピッ!」
鈴心の更なる冷たい声に梢賢は縮み上がった。それでやっと溜息混じりで鈴心は態度を緩和させる。
「何か用ですか?」
「用っちゅーか、なんちゅーか、確認やねんけど……」
梢賢は相変わらず軽い口調だったが、目はいつも以上に真剣だった。
急に夜風が舞う。
それにつられて放たれた言葉がやけにハッキリと聞こえた。
「鈴心ちゃんは、今回はちゃんと転生したやんな?」
「──」
鈴心は大きく瞳を見開いて立ち尽くしていた。
「……」
様子を伺う梢賢を冷静に見定めて、鈴心はいつも通りの淡々とした顔で言った。
「当たり前でしょう。何が言いたいんです?」
「いやあ、オレも言っててよくわからんのよ」
うへへ、と笑いながら頭を掻く梢賢は飄々としている。
「……」
鈴心が身構えていると梢賢は一人で頷いて踵を返した。
「まあええわ。君らの感じやと心配することもあらへんやろ。単なる老婆心でした!おやすみぃ」
そうして梢賢はあっという間に縁側を上がって、自室の方向に去っていった。
「……」
鈴心はもう一度月を見上げる。
月は、何も教えてはくれなかった。
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