4-13 あぶれた当主候補

 トンデモ話を聞いて心臓を抑えている梢賢しょうけんはるかが聞いた。

 

「話を戻すけど、梢賢くんは眞瀬木ませきの派閥のことは知ってたの?」

 

「まあ、ルミがそこまで話したんなら、しらばっくれてもしゃあないけど」

 

「知ってたんだ」

 

 やっぱりな、と永は思っていた。梢賢から助けを求めてきたくせにこう情報を小出しにされては全く要領を得ない。

 しかし梢賢は悪びれずに言う。

 

「噂だけな。そもそも里に雨辺うべの支援者がおるかもって最初に話したやろ?その時点でオレの中では眞瀬木のぬえ肯定派やろな、とは思ってた」

 

「なんでその時に言ってくれなかったんです」

 

 鈴心すずねが素直に不満を述べると、梢賢は開き直っていた。

 

「ええ?今ならまだしも、会ったばかりで人となりも知らない君らに言うのはちょっと難しいよ。助けを求めたのはオレの方やけど、眞瀬木かて親戚みたいなもんやんか!」

 

「……そうでしたね、梢賢も身内をやたらと疑いたくはありませんよね」

 

「そうそう」

 

 渋々引き下がった鈴心の代わりに、永がズバリと言ってのける。

 

「梢賢くん。どっちつかずでバランスを取る事は君の美徳かもしれないけど、そろそろそうも言ってられなくなるかもよ」

 

 これまでの梢賢の言動で永が感じていることは、梢賢は永達、雨辺うべ、眞瀬木を盤上の駒として配置してそれぞれの動向を岡目八目で見ているのではないかということだ。

 その場合、盤上のゲームマスターは梢賢だ。梢賢に動かされている感覚が拭えなくて永は厳しい言葉を選んだ。

 

「……そうかもな」

 

 梢賢はそんな永の言葉を噛み締めてから頷いた。自分のやり方が限界に近づいていることを受け止め始めているととった永は更に追求した。

 

「という訳で、梢賢くんは眞瀬木の鵺信者は誰だと思う?」

 

「そら、当主の墨砥ぼくとのおっちゃんは違うやろ。ルミかてそんな話を君らにするんじゃ肯定派やない」

 

「消去法で、眞瀬木ませきけい?」

 

 いよいよ核心をついた永の問いにも、梢賢は険しい顔で首を振った。

 

「……いや、それは考えたくない」

 

「……」

 

「でも、状況を考えたら珪兄やんが濃厚なのは、頭ではわかる」

 

「うん……」

 

「けどオレは信じたい。珪兄やんはそんなことせえへん」

 

 永は梢賢の考えは甘いと思っていた。身内だろうが何だろうが情に縛られては本質を見失う。そして眞瀬木珪はおそらくそれを狙っている。

 梢賢が身内に甘い性格なのは知り尽くしているだろうから、結局梢賢は珪に強く出られないと舐められている。

 だが、部外者である永はそれを許さない。その気持ちが視線に出てしまっており、梢賢は自身の気持ちが二つに割かれてその狭間で立ち往生してしまう。

 

「永。もうやめてやれよ。梢賢が可哀そうだ」

 

「ライオンくん!」

 

 永の言いたいことが雰囲気でわかる蕾生らいおは、どんどん困っていく梢賢を見かねて嗜めた。すると梢賢は顔を上げて蕾生に助けを求める。

 

「僕もねえ、梢賢くんの気持ちは尊重したいんだけどさあ……」

 

 蕾生に肩を持たれてはこれ以上梢賢を責められず、永も困り始めた。そこに鈴心が一石を投じる。

 

「一縷の望みはあります」

 

「ん?」

 

「瑠深さんは鵺信者が誰か聞いた時、「もういない」と言いました。梢賢、心当たりは?」

 

「もういない、って──あ」

 

 問われた梢賢は何かを思い出して小さく叫んだ。

 

「やはり、いたんですね?」

 

「あの人のことかなあ……?」

 

「誰?」

 

 永が聞くと、梢賢は少し躊躇いながら話し始める。

 

「……もう十年も前の話や。眞瀬木に灰砥かいとっちゅー人がおった。墨砥のおっちゃんの兄貴や」

 

「つまり、瑠深さんの伯父さんですか」

 

「そうや。その頃、眞瀬木は代替わりの時でな。オレら部外者は長男の灰砥のおっちゃんなんやろうと思ってた」

 

「けど、実際に当主になったのは弟の方……」

 

 それは何かある、と永は瞬時に思う。少し考え込んだ隙に蕾生が直接的な質問をした。

 

「その人は今どこにいるんだ?」

 

「死んだ」

 

「!」

 梢賢の短い答えに三人とも驚いた。

 

「けど、なんで死んだのかわかってへんねん。葬式はもちろんうちの寺でやってんけど、参列したのは眞瀬木と藤生ふじきだけやった」

 

 そこまで聞くと鈴心と永も口々に考えを述べ始める。

 

「眞瀬木の当主は今では鵺否定が基本だと瑠深さんが言っていましたよね……」

 

「長男が継げなかったのは、鵺信者だったから……?」

 

「それなら「もういない」の意味も通ります」

 

 しかし蕾生の言葉が事実を捉えていた。

 

「でももう死んでるなら関係ねえだろ」

 

「──生きてるのかもしれん」


「ええ?」

 

 永が訝しんで聞くと、梢賢も眉を寄せて神妙な面持ちで言った。

 

「オレは灰砥のおっちゃんの葬式で、死に顔を見てへん。式中に棺が開けられることもなかった」

 

「まさか……」

 

「灰砥のおっちゃんが何処かで生きてて、すみれさんを洗脳してる──?」

 

 ここへ来て新しい人物の登場と途方もない想像に、蕾生も永も鈴心も言葉を失った。








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