3-5 化かし愛
「それで?その後は?」
「後も何もそれっきりよ。
「どこで?」
「学校の帰りや。オレは高校は
「バッタリ……まあいいでしょう、続けて」
「ショックやった。ただただ、ショックやった。菫さんが結婚して子どもまで産んでたなんてな……」
「それは自然な流れでは」
「五歳の分際で女子大生の恋愛対象になれると思うなよ、図々しい」
「酷い!オレは真剣やったのに!──まあでも、聞いたら離婚したってことでな。急に目の前が明るくなってん」
永の苦笑と
そんな梢賢にゴミを見るような視線を鈴心が投げつける。
「さっきからオレ、鈴心ちゃんにすごい勢いで嫌われてない!?」
「安心してください。元々貴方への好感度は底辺ですから」
「おおう……あかん、目眩が……」
「そういうのいいから、続けて」
にこやかに永に裏回しされ、梢賢は溜息を吐きながら続けた。
「ハル坊も冷たいのう……針のむしろやん。
でな、当時は
「絶妙のタイミングってことね」
「オレもなあ、ばあちゃんがいない家に帰るのがなんか嫌でなあ。放課後は菫さんの家に入り浸ったもんよ」
シングルマザーの家に入り浸る高校生。なんて気持ち悪い設定だろう。まるで大人の映画だと鈴心が嫌悪をこめながら促した。
「その時に親しくなったんですね」
「そうや。するとなあ、菫さんの本性も見えてくるやろ。
ああ、文献で読んだまんまの人が本当におったんやって寒気がした」
「その頃には
永が聞くと梢賢は胸を張って得意になっていた。
「おう。なんせオレは
蔵の文献も中学の間でくまなく読んだったわ!おかげで古文だけ満点やで」
「ちなみに、
「あ、だめ。それ言えない」
調子に乗っているので舌の滑りも良くなっているだろうと、永が踏み込んで聞いたが梢賢は意外に冷静でキッパリ断った。
「どうして?」
「さっきのヤツに抵触するんや。父ちゃんの首が飛ぶ」
「──んだよ、使えねえな」
蕾生が文句を言うと、梢賢は笑いながら手を合わせた。
「そこは許して欲しいわ。ざっくり言うと、鵺を過激に信仰したから里を追い出したっちゅーことや。後は堪忍!」
「追い出した──でいいんだね?」
永が目ざとく確認すると、梢賢は素直に頷いた。
「そうや。まあ、
「なら、雨辺は雨都を恨んでいる可能性があるね?」
永が更に踏み込むと、梢賢は真顔でまた頷く。
「菫さんに限って言えば、多分雨都を恨んでる。オレには笑って「雨都の人達はお元気?」なんて言うけど、腹の中は違うやろな」
「貴方、菫に懸想している割にそういう所は冷静ですね」
鈴心が少し関心しながら言うと、梢賢は自嘲するように溜息をついた。
「ああ、せやなあ。ばあちゃんの教育の賜物かもな。鵺、是、忌むべし!って毎日言われとったからなあ。
ほんまかいなって思ったのが文献読んだそもそもの動機やしな」
「ふうん。檀さんのある意味一方的な感情にも左右されず、菫さんの言い分も的確に分析して感情とは別のところで飲み込んでる。梢賢くんはきちんと自分を持ってるんだね」
「少し、意外です」
「すげえな。俺だったらばあちゃんに洗脳されてそうだ」
三人が急に褒め始めたので、梢賢は身震いしながら首を振った。
「ええ、何々!?急に持ち上げても言えないもんはあるんやで!」
「──チッ」
「あぶなー、ハル坊はほんと油断ならないわあ」
失敗に終わった誘導尋問には見切りをつけて、永は話題を戻す。
「わかった。それで、菫さんの危険思想をどうにかしようとはしたの?」
「うーん。オレが再会した時はもうそういうレベルではなかったわ。たまに例の伊藤が来て、菫さんを洗脳してたみたいやし」
「その伊藤が何をしてたかは知らないの?」
「伊藤が来るとオレは帰らされたからなあ。だからオレは逆方向にシフトしてん」
「と言うと?」
鈴心がそう問うと、梢賢は悪戯するような顔で答えた。
「うつろ神に興味があるふりや。オレは雨都の貴重な跡取りやからオレの代になったら便宜図ったる、みたいなことをな、言った」
「菫さんを懐柔しようとしたんだ?」
「懐に入らんと情報が取り出せないからなあ。けど、あんまり成果はない。いいようにはぐらかされて化かし合いの毎日や」
「ふうん。じゃあ、この前菫さんが同じような事を言ってたけど、本心ではないかもしれない?」
一昨日会った情報だけでは
だが今日よくよくその背景などを聞くと、そう単純な話ではないことがわかる。厄介なことこの上ないと永は思った。
「どうやろうなあ。どこまで本気なんかはわからんな」
「一昨日の会話は、見た目ほどのほほんとはしていなかったんですね」
鈴心も考えながら感想を述べる。裏に駆け引きがあったとして一昨日の出来事を思い出していた。
「まあな。オレと菫さんの愛の攻防戦よ!敵対する家同士の男女が愛を育んでいく!これやねん」
だがそんな二人が悩んでいる側で、梢賢は鼻息荒くひん曲がった恋愛観を披露した。
「変わった恋愛だな」
「ふっ、オレの器はでかいねん。彼女の罪ごと愛す!これやねん」
呆れる蕾生の反応も気にせず、梢賢は陶酔していた。
「その攻防戦の起爆剤として僕らが呼ばれた訳か」
「説明ついでに、もう一つ重大なことがあるんやけど」
「何?」
永は少し恐れて身構えた。その予感は当たっていた。
「先に謝っとくわ、すまん!実は菫さんは君らの正体を知ってんねん」
「え!?」
「ていうか、君らの居場所は菫さんから聞いてん!」
「ええっ!?」
「はあ!?」
三人が口々に素っ頓狂な声を上げても、梢賢はヘラヘラと笑って手を合わせるだけだった。
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