3-4 菫との思い出

 いよいよ話題は本来の目的へ移る。とっかかりが欲しいはるかはとりあえず一昨日気になったことを聞いた。

 

「で、雨辺うべのうつろ神信仰ってどんなの?」

 

「ざっくり言えば、一昨日すみれさんが説明したのに尽きるな」

 

「世界が終わる時にうつろ神、つまりぬえが降臨して世界を救う──ですか」

 

「ありがちな宗教観の神様を鵺に置き換えただけだな」

 

 鈴心すずねが思い出しながら呟いたのに続いた蕾生らいおの言葉に、梢賢しょうけんは驚きながら反応する。

 

「おお、どうしたどうしたライオンくん。急に専門家みたいやで」

 

「彼には僕がオカルティック思想の教育を施してあるので」

 

 その肩に手を置き、得意げにしている永を見て梢賢は残念な子を見るような目を蕾生に向けた。

 

「……ほんまに不憫な子やわ」

 

「うるせえ。もっと知ってること言え」

 

「そう言われてもなあ。ずぶずぶになる訳にもいかんからあんまり聞いてないねんけど──せや、なんか毎日拝んでるって言ってたな」

 

「宗教ならそれは当たり前だろ」

 

 蕾生がつまらなそうにしていると、永が話題を発展させた。

 

「ただ、拝むという行為には必ず付き物があるよね」

 

「偶像ですね」

 

 鈴心の言葉が正解だと言うように、梢賢は頷いた。

 

「せやね。御先祖を拝むならお位牌、神様を拝むなら御神体ってな感じにな。それでいくと雨辺は家宝を拝んでるっていう話や」

 

「家宝か。そういえば修行の内容も雨辺家の秘術だって言ってたね」

 

「家宝を拝むことが修行なんでしょうか?修行と言うからにはもう少し過酷なものを想像していたのですが」

 

 永と鈴心が言い合っていると梢賢は肩を竦めて答えた。

 

「その修行も家宝もオレは見たことないわあ。普段は平凡な家庭やからなあ」

 

「じゃあ、話題を少し変えよう。梢賢くんはそもそもどうして雨辺と親しくなったの?」

 

 永がそう聞くと、梢賢は頭を掻きながら頬を赤らめて恥ずかしがった。

 

「え?聞いちゃう?参ったなあ、こら」

 

「人妻に懸想した気持ちの悪い話ですか?」

 

 鈴心はもの凄い勢いで心の距離をとる。

 

「ちゃうよ!ていうか、菫さんは離婚してシングルマザーだから!間男じゃないから!そもそも初めて会ったのはオレが五歳の時!」

 

「意外と古い付き合いだったんだな」

 

 蕾生が少し驚いていると、梢賢はうんうん頷いて当時の思い出を語る。

 

「初対面はな。あれはオレが七五三の時や。こういう時なら少し贅沢してもいいやろっつって、家族で街に出てん」

 

「隠れて住んでる割に、聞いてるとけっこう活動的だよな、お前んち」

 

「んー、雨都うとは特例である程度里の外に出られんねん。ただし、眞瀬木ませきから支給された道具の携帯が条件でな」

 

「道具って?」

 

 永は興味を引かれて乗り出して聞いた。

 

「簡単に言えば持ち運びできる結界や。後は発信機の役目もある」

 

「今も持ってるんですか?」

 

「おう、もちろん」

 

 鈴心の問いにポケットをゴソゴソと探り始めた梢賢は、ポケットの裏地を引っ張り出した後舌を出す。

 

「あ、やばい、忘れちゃった」

 

「おお、確信犯」

 

 永はそんな梢賢に感嘆の声を上げる。わざわざ村を出た事といい、梢賢自身が眞瀬木を警戒している表れだと思った。

 

「ま、それは置いといて。街のファミレスに行ってんけど、帰りにオレ迷子になったんよ」

 

「なりそうだ」

 

 蕾生は五歳の梢賢を想像する。陽気に街を珍しがってフラフラしたんだろう、と。

 

「あちこち知らない道をウロチョロしとったら、綺麗な女子大生のお姉さんが声をかけてくれてな」

 

「それが菫ですか?」

 

「そうや。子どもだったから当時は意味がわからんかったけど、菫さんはオレの事知っててな。しかも「こずえちゃんでしょ?」って言わはった」

 

「怪しいじゃねえか」

 

 蕾生の感想に一応頷いた梢賢だったが、当時の気持ちを思い出しながら説明した。

 

「今思い返すとな。でもあの時のオレは迷子になった心細さもあって、オレのことを知ってる人に会えてラッキーくらいしか思わんかった。綺麗だし」

 

 最後のはいらない付け足しだった。心の距離をとっていた鈴心が今度はブリザード級の冷気を浴びせそうな目をしている。

 

「ちょっと!五歳の素直な感想でしょ!──で、菫さんはオレの手を引いて「私、君の親戚なのよ」とも言わはった。

 オレは七五三だったから、親戚の姉ちゃんも一緒に食事するはずだったんだと思ったんや」

 

「うーん。早とちりだねえ。五歳にしては頭が回り過ぎたのが災いしたね」

 

 永がそう感想を述べると、梢賢は少し後悔混じりで言う。

 

「まあな。オレは里で複雑な立場の生まれやねん。そういう鼻はきく。だから勝手に自分で話作って勝手に納得してしもうた」

 

「それでどうしたんだ?」

 

「うん。少し二人で歩いてな。交差点のところで菫さんはオレの手を離して「もうすぐお家の人が来るから、じゃあね」って言って去ってもうた。そしたらすぐに父ちゃんが走ってきたんや」

 

「もしかして、それ……」

 

 二重の意味で眉を顰めた鈴心の言葉を永が続ける。

 

「プチ誘拐なんじゃない?」

 

「──やっぱりそう思う?」

 

 わざとらしい上目遣いで聞く梢賢に、蕾生は冷たく頷いた。

 

「その時のお父さんはどんな感じだったの?」

 

「そらもうえらい剣幕で、怪我はないかとか、何か取られなかったかとか……」

 

「はい。誘拐です」

 

 念のため永が確認したけれど、そう結論づけるしかない状況だった。

 

「ちょーっと一緒に歩いただけやで!?」

 

「だって菫さんと別れた場所にお父さんが血相変えて迎えにきたんでしょ?」

 

「百パー誘拐だろ」

 

柊達しゅうたつさんは、梢賢がいない間に脅されたか何かされたんでしょうね」

 

 口々に言う三人の言葉に、梢賢はがっくり肩を落とした。

 

「うう、できれば目を逸らしていたかった……」

 

「梢賢くんがいなくなった間の出来事が気になるな。帰ったら教えてくれるかな?」

 

「あかん!あの時の話はうちでは禁句なんや!絶対にあかん!オレかて聞いたけど怒鳴られておしまいやってん」

 

 梢賢は雨都にやっと生まれた男児である。当時がどれだけ修羅場だったか永は容易に想像できた。

 

「なるほど。察するに余りあるね」

 

「そんな人物によく懸想できますね」

 

 鈴心の感想はもう侮蔑たっぷりだった。

 

「えー、だってオレには優しかったし、何も嫌なことされんかったもん」

 

 だが、梢賢は完全に色ボケていた。








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