1-10 明日への不安
「あー、やっと休めるー」
声音はふざけているが、ぐったりしている様子を見て
「ったく、あいつノープランにも程があんだろ」
「……おかげでお兄様に散財させてしまいました」
三人は
急に泊められなくなったと言われて困ってしまった三人が頼れるのは一人しかいない。鈴心が皓矢に電話をして事情を話すと、皓矢はすぐに高紫市駅前のビジネスホテルをとってくれた。
「持つべきものは金持ちの協力者だよねー。未成年だけじゃホテルなんて泊まれないと思ったけど、良かったあ」
そんな鈴心の後ろめたさを他所に、永は満足気にベッドの上をゴロゴロ転がった。
「皓矢が袖の下でも払ったのか?」
「失礼な。ちゃんとお兄様が身元を証明してくださったから泊まれるんです」
蕾生の銀騎に対する感覚はまだ悪代官レベルのようだ。
それに鈴心は憮然となって訂正する。
「むっふふ、前払いでポーンと一週間分払ってくれたんだから、感謝だよねー」
「もっと長引くようなら好きなだけ泊まっていいとおっしゃってくれてます、ホテルにかかる経費は全部持つと」
鈴心の報告を聞いて俄然元気が出た永は弾んだ声を上げた。
「やったあ、ライくん、ルームサービスとろう!」
「ビジネスホテルにそんなもんねえだろ」
「えー」
残念がる永に鈴心は思わず声を荒げてしまう。
「節度は守ってください!」
「はあーい」
仕方なく永は引き下がったが、鈴心は落ち込んだままのテンションでこの先の不安を述べた。
「けれど、こんな調子では本当に
「まあ、話がうますぎるなあとは思ってたんだよねえ」
「そうですね。
今の所、梢賢から聞いていた計画通りのことは何一つ達成していない。
「でも、あいつのさっきの電話の感じだと、一応行けることにはなってたぽくないか?」
「そうだね、話が違うじゃん、って言ってたもんね。梢賢くん、あれが素なんだろうね。──へへっ」
先程の慌てふためいて関西弁を忘れていた梢賢を思い出して、永は薄く笑った。
「なんとかしてくるって言ったので、信じるしかないですよね……」
「ま、明日の朝まで待ちましょ」
当の梢賢は三人が無事にホテルに泊まれることになったのを見届けた後、脱兎の勢いで一人実家に帰って行った。「明日の朝までには絶対なんとかするから!」と言う捨て台詞を残して。
「腹減った。メシにしようぜ」
今晩はこれ以上心配しても仕方ない。蕾生は切り替えて二人に言った。
「そうですね、そうしましょう」
「わびしいコンビニ飯だけどね」
万が一、明日以降も梢賢の実家に行けないとなると無駄使いはできなかった。
「節約しないと。どれだけの滞在になるかわかりませんから」
旅費の財布を握っている鈴心が言うと、永は溜息混じりにふざけた。
「はいはい、大蔵大臣」
「ハル様、大蔵省はもうありません」
「情緒あるギャグでしょうが!」
そんな冗談よりも目の前の弁当だ。蕾生はとっくに弁当の蓋を開けて食べ進めていた。
「で、どうすんだ?あの
とりあえず空腹が満たされた蕾生は永に今後の方針を問う。
「うーん、困ったなあ。
今の所、これは梢賢個人の問題に見える。永は小規模の割にカロリーの高い難問を突きつけられており、その面倒くささから肩を落とした。
「分家とのいざこざ──どこも似たようなものですね」
鈴心の言葉はどこか含みがある。自分が生まれた
そういえば前回の転生で御堂とも揉めたと永が言っていたことを蕾生は思い出した。そのうちその詳細も聞かなければならないが、今は
「そうだね、肝心の梢賢くんに何も対策がないからね。丸投げされてもなあ」
「俺達の目的は、梢賢に協力することと、雨都が持つ
蕾生が当初の目的を確認すると、永は頷きつつも眉を顰める。
「うん。今の所どっちも暗礁に乗り上げてるけどね」
雨辺の問題はどう手をつけていいかわからない。雨都の家には行けない。これではせっかく遠出したのに何も出来ないかもしれない。永はそれを危惧して深く溜息をついた。
「あと
鈴心の付け足しに永はますます気が重くなった。
鵺を退治した弓──慧心弓はかつて
だが、決定的な末路を見た訳ではない。ここに来れば慧心弓の手がかりもあるかもしれないと思って来たのに。
「てことは、やっぱ麓紫村に行かないと始まらねえな」
蕾生も永につられて溜息をついた。
「そうだね。できれば梢賢くん以外の雨都の人にも会っていろいろ聞きたいな。そこから突破口が見つかるかもしれないし」
「会ってくれるでしょうか……、おばあさん──
鈴心は梢賢にされた話を思い出して意気消沈している。
「おばあさんにとっては妹のことだったからねえ。でも梢賢くんの親世代だと叔母さんのことだから少しは緩和されてるかもしれないし」
そんな彼女を元気づけようと、永は一縷の望みを大きな希望のように掲げてわざと明るく言ってやった。
「やっぱり、あいつ次第だよな」
「そうだね。明日の様子に期待しよう」
考えても埒があかないと見た蕾生は永に真顔で聞いた。
「ダメだったら殴ってもいいか?」
「死なない程度なら」
永も真顔で答える。
「──よし」
「冗談ですよね?」
しかし鈴心はやや青ざめていた。蕾生の力で殴ったら梢賢は確実に再起不能になる。
「もちろん」
「なんだ、そうなのか」
笑っている永に対して、蕾生はつまらなさそうに舌打ちした。鈴心の不安はますます大きくなる。
「それも冗談ですよね?」
「まあな」
やっと蕾生も笑ってそう言うと、鈴心は脱力して急に眠くなった。
「──わかりました。もう休みましょう。疲れましたね」
暑い中散々歩いて、振り回されて、鈴心の体力ももう限界だった。
「そうしよう。リン、しっかり施錠するんだよ」
「はい、お休みなさい」
そうして鈴心は永と蕾生が泊まるツインルームを後にして、隣のシングルルームへ入っていった。
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