1-3 お調子者

 高紫市たかむらさきしという駅に到着した三人が改札を出ると、ピンクブロンドの髪を無造作に括り、柄シャツ短パンという派手な格好の男が手を上げながら近づいてきた。雨都うと梢賢しょうけんである。以前会った時はただの金髪だったが、さらに派手に染めてきた様子に、三人は面食らった。

 

「おおーい、こっちや!」

 

「おお……」

 

 はるか蕾生らいおはこのチンピラの風体に引きながらも向かっていったが、鈴心すずねは些かの嫌悪感を抱き、自然と歩みが遅くなった。

 

「いやー長旅お疲れさん!やっと来てくれて嬉しいわあ」

 

「はあ、どうも……」

 

 馴れ馴れしく永の両手を握って歓待を示す姿は、親愛を表してくれているように見えなくもない。永は愛想笑いで一定の心の距離を保とうとした。

 

「ライオンくんもありがとなあ」

 

「ライオンじゃない、蕾生だ」

 

 蕾生が少し憮然となって訂正すると、梢賢は一際明るい声で蕾生の背中を叩きながら笑った。

 

「あだ名やん!どうせ地元でもそう呼ばれとるんやろ?」

 

「──あだ名で呼ばれたことはない」

 

「えっ!ああ……ごめんな、寂しい子やったんやねえ、堪忍やで」

 

 蕾生がさらに不機嫌になって答えると、梢賢は大袈裟に後ずさって、急にしんみりした態度になった。が、どう見てもおちょくっているようだった。

 

「永、こいつ殴りたい」

 

「ダメダメ、死んじゃうでしょ!」

 

「大人になりなさい、ライ」

 

 常人ならざる怪力を持つ蕾生に殴られたら、おそらくこのチンピラはひとたまりもない。永も鈴心も焦って止めに入った。もちろん冗談ではあるけれど。

 

「なんか物騒な話してんね……。ま、まあええわ!ハル坊にライオンくん、それから──」

 

 身の危険を感じた梢賢は慌てて話題を変えようと鈴心に向き直った。

 

御堂みどう鈴心すずねです」

 

「おっ、ちいこいのに礼儀正しいお嬢ちゃんやね。よろしゅうな、鈴心ちゃん」

 

 あきらかに男女で呼び名の差をつける様は、かえって清々しくもあるなと永は思った。

 

「坊、とか呼ぶけど、あんた幾つなんだ?」

 

 だが蕾生の方は、永を子ども扱いされて面白くない。そんな感情を素直に態度に出すと、梢賢はまた大袈裟な手振りで言った。

 

「ええー?見た目によらず細かいこと気にするなあ、ライオンくんは。まあええ、オレは十九歳!大学一年生や!」

 

「──そっスか」

 

 思っていたよりも年齢差があって、蕾生は意気消沈するしかなかった。

 

「おお?年上だって認めてくれたんやねえ!素直な子は好きやでえ!」

 

 そんな蕾生の白旗を敏感に感じ取って子ども扱いに拍車をかける梢賢に、また殴りたい衝動に駆られる。

 

「ライくん、ステイ、ステーイ!」

 

 永が宥めると、見かねた鈴心が話題を変えた。

 

「あの、何故関西弁を?ここは違いますよね?」

 

「いやや、鈴心ちゃんも鋭いねえ!オレのこの喋りはキャラ付けや!大学デビューってやつ!」

 

 思っても見なかった答えに、永も蕾生も言葉を失う。

 だが、鈴心はその聞き慣れない単語を反芻した。

 

「大学、デビュー、とは?」

 

「オレ、山奥のどど田舎出身やろ?でも大学は君らの学校の近くやねん。つまり都会や。都会モンにはなめられんようにせんとあかん!

 元から芸人とかむっちゃ好きやねん、ほんでその喋り方をな、勉強してん。芸人はモテるからなあ、オレもきっとモテる!」

 

 拳まで握って力説するが、内容は実にしょうもない。鈴心は理解に苦しんだ後、理解するのをやめ、愛想笑いで心の距離をとった。

 

「は、はあ……そうですか……」

 

「だからな、オレの関西弁はネイティブやないから、たまーに変な言葉遣いするかもしれん。けど、そこはご愛嬌やで!そういう隙がある方がモテるって書いてあったしな!」

 

「はあ……そういうものなんですね……」

 

 何に書いてあったかなんて、鈴心にとってはどうでもいい話だった。だが流石に会って数分の相手にいつもの調子でバッサリいく訳にもいかず、愛想笑いを続けていると、梢賢はへにゃっと笑ってその手をとった。

 

「鈴心ちゃんはむっちゃええ子やなあ」

 

「え?」

 

「こんなオレの馬鹿な話を真面目に聞いてくれてありがとなあ。大学の女の子達は全然聞いてくれん、ケータイと爪ばっか見とる!」

 

 ──でしょうね、とはまだ流石に言えない鈴心は握られた手をそのままに、ひたすら苦笑を続けていた。

 

「あ、ちょっと」

 

 我慢が出来なくなったのは永の方で、鈴心の手を握る梢賢の手をそっと解く。額に少し怒りの筋をつけて。

 

「ん?んん?──もしかして付き合ってんの?」

 

 その微妙な様子を敏感に感じ取った梢賢は永と鈴心を見合わせて無遠慮に言った。

 蕾生はそのデリカシーの無さにまた言葉を失う。

 

「えっ!?」

 

 永は肩を震わせて年に一度あるかないかの動揺を見せたが、鈴心からは単なる事実が告げられた。

 

「いえ。私はハル様の部下です」

 

 その言葉に無になってしまった永を見て、蕾生は何やってんだと言う代わりに大きく溜息を吐いた。

 

「そ、そんなことより!麓紫村ろくしむらまで案内してくれるんでしょ!?さっさと行きましょうよ!」

 

 慌てて話題を変える永に、梢賢は右手を制止を表す様に立てて言う。

 

「あ──いや、せっかく高紫市まで出てきたんや、先に紹介したい人がおる」

 

「え?」

 

「その前に、茶ァしばかへん?」

 

 高くなってきた日差しに汗を滲ませて梢賢はにっこりと笑った。








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