1-2 彼女の里
「あのさ」
「うん?」
「今のうちに聞いておきたいんだけどさ」
「どしたの、改まって」
蕾生があまりに消極的に聞くので、
それで蕾生は思い切って言うことができた。
「
「あー……そっかあ……」
「まだ、俺が知らない方がいい事があるなら無理には聞かねえけど──」
蕾生の疑問は当然だった。蕾生だけは転生する度に記憶がリセットさせているのだから、雨都梢賢の大叔母である楓に関する知識はゼロだ。
蕾生が
過去には自分が鵺化する運命だと知った途端に、その心的衝撃で鵺になってしまったこともある。
そういう経験から永は蕾生には最小限の知識しか与えてこなかった。常に心的ストレスによって鵺化してしまう危険があるので、蕾生は消極的なのだ。
だが、もう隠しておく必要はない。蕾生は鵺化を乗り越えたのだから。
「いや。正直、僕にもここから先のことはどうなるかわからないんだ。いつもならライが鵺化したら即終了だったからね」
だから永は蕾生が疑問に思ったことはこれからは全て答えるつもりでいる。
「鵺化の向こう側があるなんて初めてのことですからね」
「なら──」
「うん。これからは僕らが知ってることは何でも教えるよ。僕らも知らない事だらけだけどね!」
「じゃあ、頼む」
そうして蕾生はやっと安心してずっと聞きたかったであろう話をせがんだ。
「わかった。
「およそ五十年前です」
永は少し眉を顰めて記憶を辿る。
鈴心のアシストがあってようやく思い出したように当時の説明を始めた。
「そうそう、それくらいだね。僕がまだライくんにも転生の事を伝えていない、リンも合流していない頃、突然彼女は現れた。セーラー服を翻して颯爽と、ね」
「どうやってわかったんだ?」
リン──転生前の鈴心が毎回都合よく現れることは既に聞いていた蕾生だったが、雨都楓までも突然永を訪ねてくるとは不思議で仕方ない。
「いやあ、それについては楓サンに聞いても教えてくれなくって。今回の事といい、雨都には僕らの居所がわかるツールがあるのかもしれないね」
「
「──期待はしてるけどね。で、いきなり目の前に
どうやら永と鈴心にも雨都のことはわからないことがあるらしい。
全てを呪いが引き合わせていると考えてもよいものか、蕾生は迷った。そこで思考を停止してしまってはいけない気がする。
「慧心弓ですが、随分前に雨都に──当時は別の名前でしたが預けたんです。そして彼らは弓を持ったまま行方知れずになってしまった」
鈴心の言葉を引き取って、永はやはり思い出すように、所々眉を顰めながら続けた。
「楓サンは雨都家がこれまで僕らに関わってきたことを、宿命って言ってた。
蔵に隠すように仕舞われていた弓と一本の矢。それから一緒に置かれていたこれまでのことが書いてある文献を隈なく読んでそう思ったって。
宿命は果たさなければならない、ってなんか思い詰めた感じだったんだよね、最初」
すると鈴心も頷きながら補足する。永に比べて鈴心は記憶を引き出すのに淀みがない。
「当時、雨都は
私達と関われば自ずと銀騎も出てくる。そうすれば雨都にかけられた呪いを解くことができるかもしれない」
「そうだね、彼女の目的はむしろそっちだった。僕らに関わるのはついでだってはっきり言ったから」
「楓って人は一人で来たのか?」
「そうだよ」
蕾生の中で単身銀騎研究所に乗り込んできた雨都梢賢の姿とまだ見ぬ楓の姿が重なった。
「じゃあ、雨都の代表ってことか」
「違う。彼女の行動は雨都の総意じゃない。あくまで独断でやってきたんだ、家出同然でね」
「なんでそこまでして?」
予想に反した永の答えに蕾生は驚いた。少なくとも雨都梢賢は身内には告げてきていたようだったから。
「詳しくは教えてもらえなかったけど、限界がきてるって言ってた。当時彼女は故郷のことを里って呼んでたんだけど、このままじゃ里は先細りだって」
「雨都の呪いを解けば、故郷が救えるってことか?」
「さあ……。どんな因果関係があるかはわからないな。とにかく慧心弓と
「私達は
そこまで話すと、永は溜息を吐きながら当時を振り返った。少し納得していないような雰囲気だった。
「それにしても彼女の行動力はとんでもなくってね。なんだかんだあったけど、楓サンがいつの間にか主導権を握ってて、「雨都楓とその一味」みたいになってたよ」
永は常に自分が主導していないと気がすまない性質がある。大勢の臣下を従えた武将だった頃の名残りだろう。
「雨都楓は俺達を利用して、自分達にかけられた呪いを解いたってことか?」
そんな永の雰囲気を察して、雨都楓にかつて利用された可能性を聞いてみる。
だが、即座に鈴心が首を振った。
「結果だけを見れば、そういう見方もできるかもしれません。でも、私達はそうは思っていません」
その言葉に永も追随した。
「まあ、楓サンの目的は達成されて、僕らはまた失敗した。でも僕はせめて楓サンが救われたからいいと思ってる。ずっと雨都の厚意に甘え続けてきたんだ、それくらいの恩返しはしなくちゃならない」
「そうです。だから雨都梢賢と言う男がやって来た時は私は嬉しくもありました。楓のやったことが報われたんだって」
「だねえ」
二人が顔を見合わせて言う様には、嫉妬とか嫌悪とかそういう類のものは全くなかった。
「そうか……。お前らは雨都楓には恩義を感じてて、好意も持ってるってことだよな?」
蕾生の確認にも永は力強く頷いた。
「もちろん。彼女には随分助けてもらったよ。だからその子孫が困ってるなら助けたいんだ」
「俺達に、何ができるんだろうな」
「それも現地に行ってのお楽しみ、だね」
「そろそろ着きそうですね……」
車窓を眺めながら残念そうに呟く鈴心の肩を優しく叩いて、永は立ち上がった。ちょうど列車の走るスピードが落ち、ホームへと入る所だった。
「じゃあ、行こうか。楓サンの故郷。あの時の疑問を解消しにね」
「──?」
最後に付け足したその言葉の意味を、蕾生はまだ理解できなかった。
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