【短編】15年前 初めてだらけのカラオケで

ほづみエイサク

前編 初めてだらけのカラオケボックス

 ワタシは、カラオケボックスが歌を歌う場所という認識がなかった。


 初めてのカラオケボックス。

 初めてのキス。

 初めてのキス以上。

 初めての興奮による鼻血。

 初めての恋。

 初めての告白。

 初めての彼氏。


 ワタシにとっては『初めて』の象徴。

 それが〝カラオケボックス〟だ。


 まずは、その『初めて』だらけの日について語っていこう。


 その日のワタシは、かなりヤサグレていた。


 発端は『両親との仲互い』だった。


 高校進学についてで、揉めていた。

 親は進学校に進めというけど、ワタシは大学とか学歴に興味がなかった。

 将来なんかより、仲のいい友達と一緒の高校に行きたかった。


 いくら訴えかけても、2人の態度は変わらなかった。

 両親は二人とも公務員で、公務員か士業(弁護士とか税理士とか、最後に『士』がつく専門家)しか認めないような人達だ。

 

 そんな未来はなんだか暗い気がして、当時のワタシは猛反発した。

 でも、なりたい職業なんてなかった。

 しかも、将来の夢なんてなかった。


 あったのは『親の言う通りになりたくない』という強がりな自立心だけだった。

 とても幼稚な考えだ。

 だけど当時のワタシは、それが何よりも大事で、一番に優先してしまっていた。



「もういい加減にしろ! なんでそんなに我儘なんだっ!」

「こっちのセリフだよ! お前らなんて親じゃないっ!」

「もうやめてっ!」



 結果、両親と大喧嘩をした。


 初めて家出をして、夜の街にたどり着いた。

 行く場所も居場所もなくて、ただ下を向いて歩き続けていた。



「ねえ、キミ、暗い顔してるね。話だけでも聞くよ?」



 そう声を掛けてきたのは、金髪の好青年だった。

 趣味の悪いピアスとネックレスに、韓国アイドルみたいな髪型。

 いかにも〝遊び人〟といった格好をしていた。


 一般的な感性を持つ人なら『ヤバイ』と思う男だったのだけど――



(ああ、カッコイイなぁ。色っぽくて素敵だなぁ)



 当時のワタシは正気じゃなかった。


 尻軽にも、ヒョイヒョイとついていってしまった。 

 その後の顛末は、簡単に想像できるだろう。


 カラオケボックスに連れていかれて、少し話を盛り上がったタイミングで、キスをされた。

 しかも、モーレツなディープキス。

 舌を絡ませるどころか、歯の裏まで舐めまわされた。

 その時のワタシには刺激的すぎた。

 鼻血が出てしまう程に。


 そして呆然として、抵抗できないでいると、さらにその先へと進んでいった。


 終わった後。



「ねえ、これでワタシ達、恋人、ですよね?」

「……え?」



 ワタシの問いに、彼は素っ頓狂な声を上げた。

 『何を言ってるんだ』とか『正気かコイツ』とか、彼の顔にはっきりと書いてあった。


 その瞬間、ワタシはポロポロと泣き始めた。

 すると、彼はバツが悪そうに頭を掻きながら



「わかったよ。付き合えばいいんだろ」



 と言ってくれた。


 こうして、ワタシ達の長い交際は始まった。

 蛇足だけど、この時の彼にはあと二人・・・・、恋人が存在していた。

 合計3股だ。

 


 今思い返すと、サイテーである。

 どっちも。



 さて、それからはというと、ワタシは彼のことばっかり考えていた。。


 当時、ワタシは中学生3年生で、彼はピカピカの大学生だった。

 年上の、しかもイケメンの好青年風。

 いたいけなワタシの目には、彼が白馬の王子様のように映っていた。



(この人にだったら、どこへでも連れ去られてもいい)


 

 本気でそう思ってしまうほどに、惚れこんでいた。 


 だけど現実問題、彼には『どこにでも連れていく』ような経済力はなかった。

 カラオケボックスの代金すらも割り勘にするし、隙があればご飯を奢らせようとしてくる。

 しかも、奢らせるために「世界で一番愛してるよ」とか歯が浮くような言葉も口にしていた。


 相手が年下の――しかも中学生だって、遠慮を知らない。


 それが彼の本性だった。

 ダメ男すぎて、全国のダメ男たちに失礼に感じる。


 そもそも、何も知らない女子中学生に手を出す時点で、十分片鱗はあった。

 それでも当時のワタシは好意を寄せ続けていた。

 『恋は盲目』とはよく言ったものだ。

 彼に奢ることに幸せすら感じていたのだから。


 なんだかんだでうまくいき、付き合って4か月が過ぎた頃。


 大きな転機が訪れることになる。



 事は、ライブハウスで起きた。



 彼はミュージシャンと目指していて、月に一度はライブハウスで演奏していた。

 でも、全然パッとしなくて、観客は仲間内の数人だけだった。


 もちろん、彼女であるワタシもライブハウスに出向いて、聞いていた。

 多分、彼氏が歌っていなかったら3秒で帰っていただろう。

 それほどに、彼のリズム感も音程も熱意も、ダメダメだった。


 そんな歌を聞いていると、なんとなく思ってしまったのだ。



(ワタシだったら、もっとうまく歌える気がする)



 そして、実際に歌ってみた。

 ちょっとライブハウスのマイクを借りて。

 実際に、ワタシには才能があった。


 歌い終わった瞬間、彼はワタシの肩を強く掴んだ。



「お前、サイコーだよ!!!」



 今思えば、ワタシはこの時、本気で惚れたんだと思う。


 年下の天才を、純粋に褒めて、無邪気な笑顔を向けてくれる男。

 普通の人よりも純粋で、子供っぽいだけの男。


 厳格な親が嫌いなワタシにとって、彼がどれだけ魅力的に映ったことか。



 まあ、数年後、ワタシがプロデビューする頃には、浮気癖のあるヒモ・・になってたんだけど。

 


 それでも彼を捨てなかったのは、彼が『歌の原点』だったからだ。

 彼がワタシの傍を離れたら、歌を歌えなくなってしまう。

 そんな予感がしていたからだ。


 シンガーソングライターでいる限り、彼は必ず必要な存在だった。

 


 でも、たまに思う。



(あの時、ダメ夫についていかなかったら、どんな人生があったんだろう)



 例えば、親の言う通りにして、公務員になったとしよう。

 両親みたいに社内恋愛をして、多くの人を呼んだ結婚式を挙げて、子供をつくる。


 きっと、安定で幸福な人生を送れただろう。


 でもそんなのは、ただの妄想だ。

 ワタシは、そんなマトモな生き方をできるような、星の下には生まれていない。


 きっと苦労して生き続けることを、宿命づけられている。



 だって。

 出会ってから15年・・・が過ぎた今だって、苦労を掛けさせられているし。



「何をボーッとしてるんだ?」



 夫の声が聞こえて、ハッとした。

 右手に冷たい感触を感じて目をやると、ドアノブが握られていた。

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