小説は事実より奇なり
赤根好古
第1話
小説家と少女が、ひよんなことから知り合って、次から次へと事件が
いつも午前10時、近所の公園を散歩するのが、英一雄の日課だ。その公園は、周回道路1周がちょうど1キロメートルを刻んでいて、ジョギングをしているひとからすれば、距離がわかって最高の環境である。公園は、もう紅葉真っ盛り。
彼は小説家の卵で、散歩をする事により、日頃机の上で考え事をするよりは、気分転換になると思っていた。空を見上げると、青空が透き通るほどきれいに晴れわたっていた。
そんな散歩中の一雄の足首に、白い小形犬がいきなり噛みついてきた。
「何や、こいつ」
と、一雄が足を上げて
「シッシッ」
手で犬をどけていると、飼い主と思われる、中学か高校生かくらいの女の子が
「すいません」
と、駆け寄って来て
「こら、小太郎。ダメじゃないの、噛みつくなんて。いつも言ってるでしょ」
一雄が
「この犬、小太郎と言うの」
小太郎は、全身白い毛に覆われていて、ふわふわで、一雄の足を噛んだのに、一雄に尻尾を振っている。
「そうなんです。あっ、痛くなかったですか。怪我は?」
少女は、小太郎に噛まれた跡を見ようと、一雄の足元に屈むと
「大丈夫だよ。甘噛みだったみたいたから」
「けど」
と言って少女は、小太郎が噛んだ一雄の足首をハンカチで拭き取ってから、足首に噛まれた跡がないのを確かめて
「大丈夫みたいですね」
少女は、嫌がる小太郎を抱いて
「お散歩ですか?」
「うん、そういう君は?」
「あっ、今日は学校の創立記念日で休みなんで、小太郎を連れて散歩に」
「いいねぇ」
公園の周回道路を歩いている人につられて、二人は知らず知らずに歩きながら
「あっ、私。木本良子と言います」
良子は、ぴょこんと頭を下げると
「僕は、英一雄です」
「どういう字を書くんですか?英という字が、解らないんです」
「英語の英と書いて、ハナフサと読むんだよ」
「珍しいお名前ですね」
「よく言われるよ」
二人の会話している横を、ジョガーが走り抜けてゆく。
「すいません。お尋ねするのは失礼かもしれませんが、英さんはどういう職業をされてるんですか。平日のこんな朝から、お散歩なんて」
「売れない小説家だよ」
良子は、両手を口に当てて
「えっ、カッコいい」
「へぇ、そんな風に思ってくれるんだ」
「だって、小説家って、ものすごく賢くて、雲の上の人だって思ってますから」
「小説が売れたらそうかもしれないけど、売れてないからね」
「へぇー」
良子は
(そんな事言われても、気安く頷いていられないわ)
「ペンネームも、英一雄なんですか?」
「そう」
良子は、立ち止まってしばらく考えて
「どんなジャンルですか」
良子につられて、一雄も立ち止まり
「恋愛ものかな」
「私、早速本屋に行って、英さんの小説を買います」
「無理しなくっていいんだよ。女子高生は、お金をそんなにもってないだろう」
良子は、一雄をキッと見て
「そんな事ないです。貯金だってありますし。あの、次にお会いできる日までに、英さんの小説を買って読んできます。そして、感想を言います」
「女子高生は、勉強に、クラブ活動に、そして恋愛にと、忙しいやろ」
良子は、手持ち無沙汰にしている小太郎を見ながら
「いえ、小太郎が英さんの足首を噛んだお詫びです」
「そんな、真剣に考えなくてもいいんだよ」
「いえ、絶対に英さんの小説を買って、感想を言いますんで。次、いつ会えますか」
一雄が
「あー。それなら雨の日以外、毎日この時間に、この公園を散歩してるから」
「わかりました。今日は、これで帰ります」
「うん、じゃあね」
と、片手を上げた一雄に、良子は深々と頭を下げて
「小太郎、帰るよ」
と言って、小太郎と一緒に走って帰って行った。その後姿を見ながら一雄は
(爽やかな子やな、何かクラブ活動をしてるんやろう。あれだけの躾は、中々出来るもんやない。けど学生は平日のこんな時間に、これから来れんやろう。まあ、小説のええ題材になったかもしれんわ)
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