第6話 深淵は覗かなくてもあるから怖い

「あ、起きた!おはよう」

がぶちゃんが僕の顔を覗き込んでいる。

「ここは…?」

「ホテルだよ、あの後ね、あいつらを片付けたらボスが来たの。

それでね、『争いは何も産まないと良く判る、彼と話したいからご足労願えるか?』って言ってこのホテルを手配してくれたの。

『家は壊して申し訳ない、手違いだ。』とも言ってたよ」

それめっちゃ罠じゃ…と言おうとした僕の心中を察したのであろう彼女が

「周辺地域全サーチ済みだよ、安全は保障されてるみたい。」

と伝えてくれる。

なら安心か…?いや、胡散臭い。

「僕の体力はお陰でほぼ回復したよ。

なら一旦アイツらを信じるか?

嫌だけど、家もぶっ壊されたし。

その話したいっての、何時来いって?

マスドライバー利用券自腹とか言わねーだろーな、書類とかもめんどい…」

「明後日だって、出星書類はもう揃えたよ」

「がぶちゃん…もしかしてすごく有能?」

あの書類、書くのめっちゃ面倒くさいのに

「失礼なんだよ!

私はメイドゴーレムだもん、ご奉仕してこそなんだよ!

信じてない?ながるをうふーんであはーんでぱおーんなことにも出来ちゃうんだからね!?

『変われ』!」

そう言って、スク水モードに変わったがぶちゃんが悩殺ポーズを。

ハッ、観るとこねーじゃんと鼻で笑って余裕をかましていると。

たらーっ。鼻血が流れてきた。

「ち、ちが!!コレは!?」

「あ、それね。

脳血管切れてたけど、手術したからもう大丈夫だから鼻血もすぐ止まるよ」

…え?脳血管切れてた?

神人類の肉体強度は新人類と変わらないんだぞ…?

命の危機に面していた事実とそれを治療したがぶちゃんの技能に驚きを隠せない。

お構いなしにがぶちゃんは続ける。

「ながるの頭、血管を流れてる血が沸騰したみたいな有様だったんだよ。

私、なんだか貴方のことが少し解ったかも。」

「え、怖。なんで?」 

気軽に聞くと、彼女は答えた。

「だって、流の身体なんだかおかしかったもの。

傷口から判明する怪我したタイミングは、私が起きた直後の貴方が水操作の呪を紡ぐ、」

そこで少し口をつぐみ躊躇ってから、続けた。

「直前、だったんだよ。

脳信号が無理矢理、自分自身に魔法を使わせまいとしたみたいに。

そのうえ貴方はそんな傷を負っても即死しなかった。

これ見て。」

がぶちゃんが懐から乾電池くらいの大きさの、カプセルを見せてくれる。

中には紅い…血?のような液体が。

彼女の手の動きに合わせてふよふよと揺れる

それは、まるでカプセル内が無重力かのように物理的でない動きをしている。

重力に縛られていないかのように。

「これ、流の体液だよ。

どこからともなく湧いて傷口を塞いで出血を止めてた。

……貴方、本当にニンゲン?」

「えっ………。」

絶句し固まる僕をよそに彼女はさらに呪いみたいに言葉を紡ぐ。

「私もなんだよ。

ヒトの本質ほんのうである原罪あるいは七大罪から外れたモノ、"優しさ"。

そんな曖昧で幾らでも好きに解釈できる、人らしくてヒトから外れた生存本能かんじょうを主軸として植え付けられ産み出された神造人間ゴーレムが私だから。

人のはずなのにヒトじゃない様な貴方には、どこか懐かしさを感じるんだよ。」

言い切ると彼女はへにゃっ、と床にへたり込む。

「なんて言葉がすらすら頭から出てくるんだけど、ぶっちゃけ私も自分が何言ってるかわかんない。

とりあえず病み上がりのあなたにご奉仕したいけどお腹空いた…」

「うん、僕もだ。」

ぐるる…、僕と彼女のお腹が同時に鳴る。

そういえばもう昼ご飯くらいの時間だろうか、彼女はずっと離れずに僕を診ていてくれたようだ。

知らなかった自分のシリアス設定なんて聞いても気が重い。

さっさと美味しいご飯でも、と思ったらまた鼻血が垂れてきた。

拭うとそれは少し粘性のある、

―普通の血液だった。

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