第10話 グシェムンの死因調査

〜〜三人称視点〜〜


 ライトが去ってから翌日。

 グシェムン伯爵の屋敷には、王都からの調査団が派遣されていた。


 調査団には複数の関係者が所属していて、メインになっているのは王城の騎士団と、王都の自警団だ。


 自警団の団長、聖騎士ジャスティは眉を寄せた。


「おかしいね。怪我人が一人もいないなんて……」


 彼は端正な顔立ちの青年だった。

 大きな瞳には星が写り、キリリとした眉は勇敢に見えた。

 光り輝く聖騎士の鎧には豪奢な模様が施されており、それは正義の女神ジャスネラの紋様といわれている。


 彼はパンパンと手を叩いた。


「みんな頑張ってくれ! この不可解な事件を解決するには君たちの努力が必要だ。僕と君たちの友情で、この事件を解決に導こう! それこそ正義の行いだよ!!」


 彼が自警団の団長に抜擢されたのは、今から3年前。

 魔神デストラの討伐後、その功績が王室に認められて出世したのである。

 彼は天光の牙のメンバーだった。魔神デストラの首を斬り落としたのは彼の聖剣である。


 自警団は屋敷内のメイドに聞き込みをした。


「じゃあ、あなたは、本当になにも見ていないのだな?」


「はいっす。その……。寝ていたので……。夢かと思ったっす……」


「夢?」


「ああ、いえ。なんでもないっす」


 しばらくすると、王城の騎士団が屋敷に到着した。

 立派な白馬に乗っているのが騎士団長である。

 

「ジャスティ様。王城より、騎士団長ゴルドン様がまいられました」


 やって来たのは大剣使いのゴルドン。

 天光の牙ではパーティーリーダーをやっていた人物だ。

 彼もジャスティ同様、3年前に出世して、王族直属の騎士団長になっていた。

 トレードマークの大剣はいつも背中に背負っており、筋肉質で体の大きな男である。


「殺されたのはグシェムンだけだと?」


「うん。片腕を斬られてね」


「遺体はどこだ?」


「馬車に積んでるよ。神官に呪いの有無を調べてもらうためにね。まぁ、でも僕の勘だと呪いは関係ないね」


「遺体を見たい。案内しろ」


 2人はグシェムンの遺体が積まれている馬車籠に移動した。

 掛けられているシーツを剥ぎ取る。


「……傷口が右腕の切断だけだと?」


「うん。不思議だよね。他に外傷はないんだ」


「盗られた物は調べたのか?」


「なにもなかったよ」


「なにぃい?」


「金品は無事。従者にも怪我人はいない……。石化人もね」


「なにぃいいいいいいいい!? ますますわからん。一体なにが目的だ?」


「僕にもわからないよ。石化人のコレクションはすごいのにさ。売り捌けは10億コズンはするだろうね」


「グシェムンに対する私怨か」


「まぁ、そうだろうね」


「なら、どうして腕を斬るんだ? 首を斬るか心臓を貫くのが定石ではないのか?」


「グシェムンは地下の備蓄倉庫前で倒れていた。おそらくポーションを取ろうとしたんだろうね」


「そこで力尽きた。出血多量か。つまり、犯人は、グシェムンの腕を斬り落とすことだけが目的だったということか?」


「おそらくね」


「血液の採取、腕の移植……。魔法の儀式に使うつもりだったのか?」


「斬られた右腕は残っているよ。儀式は関係ないと思う」


「ますますわからんな。腕なんか斬ってなにになるんだ??」


「さぁ、僕にもわからないよ」


「うーーむ。従者の証言は?」


「ないね。みんな眠っていて、主人であるグシェムンのことは見てないってさ」


「1人も?」


「うん、全員。おそらく 睡眠魔法スリープの魔法をかけられていたんだと思う」


「怪しい人物を見たという証言もないのか?」


「うん。一切ないね」


「なんだそれは……。誰にも気づかれず、屋敷内の全員を 睡眠魔法スリープにかけるだと?」


「よほど腕のある白魔法使いなんだろうね」


「白魔法使い……。いや、魔法剣士か」


 ゴルドンは遺体にある右腕の切断部分に目をやった。


「この斬り口は見事だ。相当な手練だぞ。B級……。いやA級以上の剣士かもしれん」


「一応、冒険者ギルドにも聞き込みをしたけどね。A級クラスの魔法剣士は在籍していないって。いるとしたら剣士と白魔法使いになるね」


「なるほど……。2人の犯行か。1人が 睡眠魔法スリープを使い。もう1人が腕を斬り落とした……」


「冒険者ギルドに確認したけどね。屋敷内の人間を全て眠らせるなんてのは相当な魔力が必要なんだそうだよ。上級魔法の 睡眠魔法スリープ使い。A級でも無理かもって」


「え、S級か……。そうなると、他国の人間かもしれんな」


「おそらくね。王都にそれだけの人材はいないもんね」


「グシェムンは石化人の闇ビジネスを盛んにやっていたからな。それで恨みを買ったのかもしれん。その線で隣国の取り引きを調べるとするか……」


「それなら僕は管轄外だね。自警団は王都と関係を持つ貴族までが調査範囲だから」


 ゴルドンは声を潜ませた。


「石化人の処理はおまえに任せられるか?」


「面倒ごとを押し付けるねぇ」


「王室に知られるのはまずい。グシェムンは天光の牙のメンバーだったからな」


「ふふふ。僕たちは王都の英雄。正義の味方だもんね。闇ビジネスに手を染めていたなんてことは知られるのはまずいよね」


「そういうことだ。貧乏な村で育ったおまえが、王都の自警団長をやれているのは誰のおかげか知った方がいい」


「君だってそうじゃないか。名もないA級冒険者が、今や王城の騎士団長様だ。給金は跳ね上がり、裏金を引き出すのはお手のもの。地位も名誉も金もある」


「ああ、それが私たち、天光の牙さ」


「僕たちには友情がある。仲間は大切にしないとね」


「では、石化人の処理は任せるぞ」


「おっと。でもね。人手を使うにはそれなりに賃金がかかるんだ。ここの石化人は100体もあるんだよ。秘密裏に運ぶにはそれなりに必要経費がかかるんだ。その部分の友情も示して欲しいな」


「5000万コズン。用意してやる。裏金を用意するのはこれが限界だ。それで手を打て」


「毎度あり。天光の牙は最高の仲間だね。僕たちの友情は不滅だよ」


「ふっ。そういうことだな」


 馬車を降りるゴルドン。

 ジャスティは思い出したように言う。


「ああ、そうだ。つい3日前かな。王都で変な情報が入ってね」


「……王城には、特別な情報は受けていないが?」


「確認が取れなかったから報告は避けたんだよ。書類に残るのは困るからね」


「なにがあった?」


「ライト・バンジャンスを見た人間がいる」


「なんだと!?」


「入国管理の門番と、隣人のホキノ夫人だ」


「探したのか?」


「一応ね。自警団が総力を上げて王都中を探し回ったよ。でも見つからなかった。ギルドにも戻っていない。依然として彼は死んだことになっているよ」


「目撃者が2人か……」


「まぁ、似ている人物だったのかもしれないよね」


「……ライトは裏切り者だ。魔神の財産を欲して、我々に剣を向けた」


「うん。そういう話だよね。彼は僕たちを危険に晒し、そして、魔神に殺されたんだ。そういう話だよね。ふふふ」


 これらは真っ赤な嘘である。

 彼らはライトを騙し、 血の禁止魔技ブラッディアーツを使うために彼の右腕を斬り落としたのだ。


「もしも、ライトが生きていたら厄介だ。王室に真実を知られるのはまずい。我々の出世は、魔神デストラの首を王城に捧げてなりたっているからな」


「わかっているよ。今が最高だもん。僕だってこの地位を手放したくはないよね」


「天光の牙は最強のパーティーだ。人の生き血を利用した 血の禁止魔技ブラッディアーツなどは使わん」


「だよね。僕たちは正義の冒険者。魔神を倒したのは実力だよ。最強のチームであり硬い絆で結ばれているんだ。牙の友情は不滅だよね」


「……奴が生きているなら、妹のアリンロッテを探すだろうな。たしか、ライトが死んでからの財産処理はグシェムンが担当していたよな。その時に石化人になった妹も持って行ったはずだ」


「ここにある石化人は全て調べたけどね。グシェムンは所持していないようだよ。彼女は可愛いから、オークションにかけると高く売れると思うんだ。手放したのかもね」


「販売ルートを辿れ。アリンロッテの所在が気になる」


「やれやれ。仲間使いが荒いね」


「私たちの運命がかかっているのだ。悪い芽は早々に摘むにかぎる」


「わかったよ。それも友情かな」


「ライトの情報を知っている者が、それを利用して動いているという可能性もある」


「ああ、僕たちの実績にやっかんでいるんだ。嫌だね嫉妬は」


「殺せ」


「もちろんだよ。僕たちが正義であり、歯向かう者は悪なんだ。悪を倒すのは正義の鉄則だよね」


天光の牙我々の未来は安泰だ。この栄華は永久に続かなければならない」


「ふふふ。友情で守らないとね」

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