第10話 混乱

 太郎は、何故かドラゴンに転生し、これまた何故か人間に変化した。

 どちらも理由は分からない。分らないので悩むだけ時間の無駄と割り切り、受け入れることにした。しかし、どうしても受け入れられないことがある。それはドラゴンの能力の喪失である。


「どうやっても口から炎が出せない。」

 大きく口を開けたままの太郎は落ち込んだ。ドラゴンだった時には自由自在に出せた炎が口から出でこない。あらゆるものを燃やし尽くす爽快感は格別だった。また翼も失ったので自由気ままに空を飛び、雲を蹴散らし疾走する感覚も味わえない。また、魔法も使えないようだ。人間へと変化した時に発動した魔法の反対の効果を生み出せないかと、あれこれと試してはみたが、どんなに念じても何の変化も生じなかった。

 だが、残された能力もあった。ドラゴンの怪力である。


「ズド〜ン!」

 太郎が軽く拳をあてるだけで、彼の目の前の巨石が簡単に砕かれた。今日も日課の憂さ晴らしである。エルの村の人々は森を大事にしており、そこに群生している植物や木々を傷つけると怒られそうだったので他のモノを破壊している。

 もちろん太郎の行為は他人に見られると良い印象は持たれないだろうから、村からかなり外れた場所まで移動する気遣いも忘れない。それにこれは太郎の能力の把握のための実験でもあるのだ。どちらかというと憂さ晴らしの側面の方が強いのだが、エルフたちに太郎の存在を怪しまれないようにしなければならない。


 エルの村に来てから三年の間に、自分の能力についての大体の把握は出来ていた。

 その一つが一般人に比べ遥かに頑強な肉体であること。

 もう一つが怪力に代表されるように、圧倒的に身体能力が優れていた。

 今、彼がいる村外れまでエルフの足でも半日以上かかる距離なのだが、太郎にかかれば10分もかからない。

 また、普通の剣や斧程度の攻撃も彼の皮膚は弾き返す。それとなく聞いてみても人族のステータスは、太郎が来た世界の人間とそれほど変わらないようなので、太郎は人の見た目ではあるが、別種族なのかも知れない。元はドラゴンなのだが…一体何に変化したのだろうか。どうせならドラゴンの能力を持ったまま人間になれなかったのだろうか。


 その辺りの事情はエルにも伏せておいた。

 愛する女性に隠し事はしたくないが、正直に話すことで取り返しの付かない事態を引き起こす可能性もある。彼は慎重に判断していた。



 そうやって朝の運動代わりの日課をこなし、村に戻ってきた太郎は異変に気づいた。

 いつもは冷淡、良く言えば他人に無関心なエルフたちが、その日は彼方此方で集まり戸惑いや深刻そうな表情を浮かべ話し合っていた。


 少し戸惑ってその場で立ちすくんでいた太郎に、エルが声をかけてきた。


「太郎!話がある、長老の所に行くので一緒に来てくれ!」

 エルは、太郎に声をかけるが先か、彼の手を引き先導して長老の元へと導いた。


 すでに数人の男女のエルフたちが長老を囲んで座っていた。この村の年長のエルフたちである。エルフたちは二人が部屋に入ると、エルに向け軽くうなづき、太郎には冷たい視線の一瞥を向ける。

「相変わらずの歓迎だなぁ〜。」

 太郎は心の中で少しげんなりした。


「それで、ドラゴンが全て消えたというのは本当の話なの?」

 エルの問いかけに場が騒めき太郎も驚いた。


 この世界の王であるドラゴン、五つの超大陸に住む五頭のドラゴンが全て消え去ったというのだ。


「長老これは何かの前兆でしょうか?ドラゴンはこの世の理。その存在が消えるということは…」

「世界に混乱が起こるぞ!」

「戦争や騒乱が始まるやも知れぬ!」

 他のエルフが口々に発言する。


「私とてせいぜい数百年の年月しか生きてはおらん。この世界と共に生まれ出でたドラゴンの存在は神そのもの、我らの叡智など及びようはずもない。だが…」

 長老は溜めに溜め、言葉を繋ぐ。皆の視線が自分に集中するのを待っているのだろう。


「叡智の都。エブラグラムの古代図書館であれば、その謎を解く鍵が見つかるやも知れぬ。」

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