第6話 困った時の記憶喪失!?
そこは、森の麓にある小さな村。山と山の間を縫う様に通る街道の傍らにひっそりと作られ数十人程度の村人が暮らしている集落だった。文明レベルは中世のファンタジー世界のようで、レンガや木材で出来た建物、藁で編まれた屋根。灯りは蝋燭、牛や豚などの家畜は太郎のいた世界と変わらない様だ。軒先に干された農作物などは向こうの世界では見たこともないが、似た種類のものはあったはずだ。味などはどうなのだろうか?
そんな村の一角にある小さな酒場の隅のそう大きくはない丸机に青年とエルフの女性は対面に座っていた。
彼ら以外にも数席ありそのどれもが埋まっている。身なりは人それぞれだが。どうやら村人では無いらしいと太郎は感じた。大体が、身近に剣や弓矢、矢筒に斧などの獲物を置いている。いつでも手にできる様に用心をしているのだろう。
また腰のあたりには、短剣を忍ばせている者も見てとれた。用心にしてはいささか行き過ぎているようにも感じるが、この世界はそれなりに危険が多いのかも知れない。
しかし、警戒心よりも転生して初めて人に遭遇し、他にもこんなにも多くの人間がいた事に太郎は安堵していた。
しかも、彼の眼の前には…あの女性が座っているのだ。
憧れの…愛しい女性が。
太郎の心臓は高く激しい鼓動が鳴り響いていた。
「これが…恋というヤツなのかなぁ〜」思わず顔が緩む。
彫像の様に美しい姿で佇んでいる彼女の美貌に太郎は目を離せなかった。この世界でも彼女の秀美が優れているだろうことは、この店に入って来てから男どものチラチラと彼女に寄せられる視線の数を見るに間違いないのだろう。
「気安く見るんじゃない!」という微かな嫉妬は抱くが、男たちの気持ちも十分にわかる太郎であった。
「先ほどはすまなかった。」
言葉が先か、頭を下げるのが先かエルフは太郎に告げる。
情けない土下座姿で気絶した後に目を覚ました太郎は、エルフの誤解を解くべく必死だった。彼女の表情が緩んでいた事に気づいたのは粗方の説明をした後だったのだが…最初は大変だった。
そもそも、何をどう説明していいのかが彼自身も把握していなかった。
異世界転生者だということも、ドラゴンであったことも…告げた所で理解はされまい。そう考えた彼は、適当に作り話をするしか無かった。
だが、そう思っても、なぜ彼が一糸も纏わない姿でレディの前に現れたのかを、どうやって説明できるのか?それが一番問題だった。
そうやって思い悩んでいる時「ドラゴンはどこへ消えた?」彼女から問われ、閃いた。
《彼女がドラゴンの前で気絶した時、偶然見かけた俺登場!》
《驚くドラゴン、炎を放出!》
《咄嗟に交わす俺、しかしその炎は強力で着ていた服は燃えてしまったのだ!》
(えっ!?鎧?そ、そうだ、俺貧乏で鎧は買えなくて…軽装だったの、うん、そう! )
《で、さすがはドラゴン、このままではまずい!…と思い、気を失った彼女を背負い森を駆け抜け逃げた!》
《で、俺は裸だった!!》(←ここ強調!)
…という訳…です。
矢継ぎ早に作り話を繰り出し、ツッコミの入ったところは修正を繰り返し、彼は説明した。
納得はできなかったかも知れないが、説得は功を奏した様で、助けられたと思った彼女は感謝と謝罪を申し出てくれたのだ。
彼女の名は「ガラドリエル」。エルと呼んで欲しいということだった。
さて、次は自分の番になるのだが、ここまで来ると話を作るのも大変になってきた。
ここで彼は閃いた。と、言うかこういう時の鉄板の設定を思い出した。
そう彼はエルに告げた。自分は「記憶喪失」だと。
記憶喪失…こんなに都合の良い設定はないだろう。
都合の悪いことを聞かれたら…「覚えていない」
矛盾があれば…「覚えていない」
すべてがそれで済ませてしまえるのだ。
「よくドラマや小説で使われるはずだよなぁ」と太郎は思った
だが、エルが申し訳なさそうな表情を浮かべているのを見て、彼は罪悪感を覚えた。太郎の記憶喪失が自分を助けたせいで引き起こされた可能性を慮っているからなのだろう。
とは言え、それを否定してしまえば「記憶あるじゃん!」状態になってしまうので、言う訳にはいかないのだ。
それにエルは太郎が命をかけて救ってくれたと思ったからこそ、今、彼と共にここで話をしているのだ。
彼女は、身に纏う服を調達してくれたし、村にも案内してた。
それもこれも、彼女に罪悪感あればこそ!それを自ら手放す訳にはいかないのだ。
それよりも気になるのは、エルのことだ。
太郎のいた森に一体何の用があったのだろう。太郎に…ドラゴンに何の用が?特に後者は、気掛かりだった。何か手掛かりを得られるのではないかと考え、聞いてみることにした。
彼女の返答は太郎の予想とは違っていた。
「龍が死んだ理由を探しに来たのだ。」エルは静かに答えた。
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