第5話 変人以上変態以下
太郎は森の中で目を覚ました。あの光…魔法陣は何だったんだろう。起きあがろうとして身体中に疲労感を感じた。少し眩暈も感じ、手でこめかみを軽く揉んでみた…
「あれっ?」
軽く違和感を感じた。自分の手を見つめ、手を上下にひらひらと回転させる。もう一方の手も同じ様にして眺めた。それは見慣れた人の手の形をしていた。
「人の手になってる?」
顔も触れてみる。ドラゴンの硬く厚い皮膚ではない人の柔らかな手触り。久しぶりの感覚だ。顔立ちは整っており、彫りの深い顎、そしてしっかりとした鼻筋。
「俺は…人間に戻ったのか??」
全身を眺めた。胸や腕、脚、そして男性の象徴も全て元通り!いやそれどころか、まるで古代の彫刻家が理想の英雄像を作り上げたかのような鍛え上げられた筋肉、腕は力強く、胸板は広く、腹筋はまるで洗濯板のように割れている。肩は幅広く、背中には力の波が走るような筋肉が隆起していた。
彼の頭髪は、炎のような赤い色をしており、その髪は太陽の光を受けさらに燃えるように輝いている。
「俺こんな立派な体でも顔でも無かったよな?人間に戻ったというよりも別人に変身したのかな??」
人間からドラゴンに転生し、今度は人間に…正直訳が分からない。あの魔法陣は人に変化する物だったのだろうか?
しかも…彼は立派な体躯を見遣り嘆息した。
「何で裸なんだよ…」
そう彼は素っ裸であった。素晴らしい肉体は陽に照らされ輝いている。その様子は完全にナルだ、ナルシストだ。
自分に自信があり、自分が好きで、自分最高〜!と自分で思っているタイプ…太郎の苦手なタイプ。今の自分を誰かに見られたら確実にそう思われてしまうだろう。
そこまで思考して、大切なことに気づいた。あのエルフ女性のことを…
「そういえば彼女はどこに…」不意に後ろを振り返ったその先に、その女性が立っていた。彼女と目が合う。数秒視線が交わった後、その視線は下を向き一点で止まる。
「あっ、いやコレはですね!?」とっさに両手で隠す。
彼女は、彼の姿を見つめながら、氷のように冷たい視線を向ける。その表情には感情が一切みえない。黄金色の髪が静かに揺れる中、その美しい顔には一切の同情や温かみを浮かべず、ただ厳しい眼光だけがそこにあった。
太郎は、その視線の前に立ち尽くし、彼女の目に映る自分の姿がいかに情けないものかを痛感した。彼女は、彼の魂を見透かすかのようで、その場から逃れたくても逃れられない。彼女の視線は、言葉を超えたメッセージを送り、彼にはそれがはっきりと伝わってきた。
きっとこう思っているはずだ 『変態』と。
現実には彼女は何も発せず、振り返り、静かに立ち去ろうとする。
「ま、待って!これには訳が…」
太郎は、慌てて追いすがる。このままでは好きになった人に「変態」と思われてしまう。いやそう思ったに違いない(誤解を解かないと!)彼は焦り必死に懇願しようとする。
彼女は氷のように冷たい視線でチラッと太郎を一瞥する、その仕草も美しく優雅だ。踊る様にステップを踏み体を鎮める。太郎はその姿に見惚れてしまう。
瞬間、彼女の右アッパーが太郎の下顎に見事にヒットした。
太郎の体は宙を浮き綺麗な弧を描きながら吹き飛ぶ。半回転した後に顔から地面に叩きつけられた。
「ご、誤解なんでふぅ〜。お願いだふぁら話を聞いてくだふぁい…」
鼻から血を、目からは涙を流しながら太郎は懇願した、もちろん裸のままで…
他人には到底見せられない情けない姿をしていただろう。まして相手は好きな女性だ。
だが、太郎は必死だった。彼の心は相変わらず燃えている。恋の炎が。何ふり構ってはいられない。
ブラック企業のサラリーマン時代に培った、土下座のテクニックが異世界で役に立つかは分からない。だが彼は必死に懇願した。
そして、何度も土下座を敢行したあと、彼の意識は途切れた。
くの字に折り畳まれたキレイな土下座姿のままで…
「変な人…」
その姿にエルフの表情が微かに緩む。
変態から変人に格上げ?したらしいが、気を失った太郎には分からなかった。
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