第6話 二人っきりだし、だから……私と……シてみない?

「ねえ、あんたって、こういうのしてみたかったんでしょ?」

「それするには早いんじゃないか?」


 主人公は彼女から視線を逸らす。


「そんなこと言わないでさ」


 目の前にいる彼女は、二人っきりの今をいい事に制服を脱ぎ始める。


「でも、そういう事を期待してたんじゃない?」


 彼女は下着姿になった。

 普通にブラジャーが見える状況になり、その上、主人公との顔の距離が近くなる。


「本当の事を言っちゃえばいいじゃん」


 二人っきりの為か、彼女のテンションは、いつにもなく高ぶっていた。

 主人公のセリフに耳を傾けることなく、強引に事と進めようとしているのだ。


「いいよね?」


 目の前にいる彼女は妖艶な笑い方をする。

 年上っぽい雰囲気がさらに強く押し出されている感がある。


 Sな彼女は余裕のある笑みを見せ、閉ざされた体育館倉庫で、主人公の事を過激に誘惑し始めるのだった。






「へえ、和弦って、こんな漫画を普段から読んでるんだね。これ、かなり過激じゃない?」

「普通だって、それくらい……」


 寿崎和弦すざき/かいとは冷静に言い返す。


 さっきのは漫画の一部分であり、紬が先ほど読んでいたページのワンシーンなのだ。


「和弦もこういう事したい感じ?」

「それは妄想の中でな。実際にやるのは違うから」


 和弦は恥ずかしさを堪えて返答した。


「ふ~ん、でもさ、今、二人っきりなんだよ」

「そ、それが?」

「だったら、興奮しないの? まあ、ここは体育館倉庫じゃないけどね」


 和弦は顔を背ける。

 が、紬は和弦の顔をまじまじと見ていた。


 彼女からの視線に、和弦の体は硬直し始めていたのである。


 シてみたいのは事実だが、紬がいる前で、これ以上、自身の性癖を晒す事はしたくなかった。


「まあ、やりたくないのならいいんだけど……」


 優木紬ゆうき/つむぎはその漫画を閉じて、テーブルの上に置く。

 その後でコップを手に、ミルクティ風味の紅茶を飲んでいた。


「美味しいね、和弦も飲んでみなよ」

「あ、ああ」


 和弦はテーブル上の漫画を回収し、一応、通学用のリュックの中にしまう。

 万が一、飲み物を零してからでは遅いのだ。


 和弦も、彼女から用意してもらったコップを手にし、飲んでみる。


「んッ……た、確かに美味しいな」


 和弦は目を輝かせた。


 新発売の商品だという事もあって、開発者の真剣さを感じられる飲みごたえで、その上、斬新で美味しいモノだった。


「あと、このポテチも食べてもいいから」


 紬から、皿に分けられたポテチも勧められた。


 飲み物もポテチも彼女が選んでくれたもので、昔から紬のセンスは研ぎ澄まされていると思った。


「それで、あの漫画の中だったら、どのキャラが好きなの?」


 紬はポテチを食べながら聞いてくる。


「……このキャラかもな」


 和弦はリュックから漫画を取り出し、中身を確認しながら、そのキャラを指さしながら説明する。


「へえ、そのキャラなんだ」


 紬からまじまじと漫画を見られていた。

 和弦は咄嗟に漫画を閉じる。

 これ以上、性癖を晒したくないからだ。


「そのキャラって、幼馴染キャラだよねッ」

「そ、そうだけど」

「もしや、私の事だと想って、そのキャラを見ているとか?」

「そ、そんなわけないし。絶対に」

「なんか、怪しいなぁ」


 紬からジト目を向けられる。


「でも、私の事を意識してくれるのは、まあ、嬉しいんだけどね」


 彼女は照れ笑いを浮かべ、人差し指で頬を触りながら言っていた。




「他にもキャラがいるんだよね?」


 ポテチの油をティッシュで拭った彼女は興味ありげな質問をしてくる。


「妹キャラとか、さっきのページに出ていた先輩キャラとかな」

「その他は?」

「他の巻には、部活の子とか、クラス委員長みたいなのも登場するけどな」

「それでも、幼馴染佳が好きだったの?」

「そ、そうだよ。たまたまな。俺の趣味と合致していただけって事。そんな深い意味はないさ」

「本当かな?」

「本当だって。こ、この話は終わりな。というか、もう漫画を見せたんだから、これくらいにしてくれ」


 和弦は恥ずかしく、咄嗟に漫画をリュックにしまい直したのだ。


「ね、もしさ、もしもの事だけど。私が、その漫画のキャラのように積極的になったら、私の事をもっと意識してくれる?」

「な、何を急に」

「だって、付き合い始めたのに、あまり和弦の方は積極的じゃないみたいだし」


 紬は残念そうな顔を浮かべていた。

 それから少し彼女の様子に違和を感じ始め――


「あのね……」


 刹那、目の前にいる紬が自身の制服に手をかけ、下着姿になろうとしていた。


 ど、どういうこと⁉


 和弦は動揺を隠せず、現状を目撃したまま困惑してしまう。


 今は他に誰もいない。

 和弦と紬の二人しかいないのだ。


 こんな状況では、如何わしい事をしたとしても、告発しない限り誰にもバレる事もない。


 ヤるとしたら、絶好のタイミングではある。

 だが、今すぐに彼女とシたいかと問われると少し違う気がするのだ。


「でも、シてみたいでしょ?」

「いいよ、今は」

「なんで?」


 紬は自身の制服に手をかけながらも、首を傾げている。


「そんなに強がっても何も始まらないじゃない……」


 彼女はボソッと言う。


「そうかもだけど……」


 急展開過ぎるのだ。


 幼馴染の事は好きだ。

 けれど、今すぐにというわけではない。


 心の準備というモノも必要であり、和弦は二人っきりの緊迫した状況に圧倒されつつも、彼女の動きを止めようと必死だった。


「わ、私ね……私は和弦にもっとシてほしいし」

「な、何を?」

「そんなこと言わなくてもわかるじゃない。それくらい察してよ」


 紬は頬を真っ赤に染めている。


 彼女は少し過激になっていた。

 漫画の出来事が現実で起きようとしているのだ。


 紬が言いたい事もわかる。

 察する事も出来ていたが――

 けれども、展開が早すぎて、自分でも理解が及ばないのだ。


 どうすれば、紬は止まってくれるんだろうか。


 その方法がわからない。


「私ね、今の自分を和弦に知ってほしいし。だから、最初は簡単な事でもいいから」


 紬は制服を脱ぐことをやめると、顔を近づけてきたのだ。


 その距離が近い。


 いつキスしてもおかしくない距離感だった。


 もうこれは受け入れるしかないと思っていた最中――


 一階から音が聞こえた。

 玄関の扉が開く音だ。


 それに気づいた二人は、現実に意識を戻すかのように距離を取る。


 それから数秒後、階段を上ってくる音が聞こえたのだ。




「誰か来ているの? アレ? 和弦君? 久しぶりね」

「あ、はい、お邪魔してました」


 紬の母親が急に扉を開けてきたのだ。


「お母さん、勝手に開けないでよ!」

「ごめんね。でも、誰か来ていると思って確認の為なの」

「もうー」


 紬はため息をはいていた。


 でも、母親が来ていなかったら、キスしていたかもしれない。


 そう思うと、チャンスを逃してしまった後悔と、緊張感から解放された気分に襲われるのだった。

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