1-2 生還
「・・・・・・ッ!!」
レノンは深く潜り込んでいた眠りから目を覚ました。
最初に視界に入ってきたのは先ほどのまで見えていた雲が漂う青天井とは違い、あちこち朽ちた変な模様の入った天井だった。
しかし、明らかに空にしては距離が近い。
次第にそれは本当の天井だとレノンは認識していった。
急いで辺りを見回すと見知らぬ一般家庭の一室だった。生活感を覚えるものが次々に目に入ってくる。
写真立て。テレビ。ドレッサー。テーブルランプ。
それに今まさにレノンが尻に敷いているシングルベッドもだった。
覚束ない動きをしつつベッドから身を起こすが、想像よりも体力が落ちていたのか足が思うように動かず膝をつく。
多少苦労しつつも起き上がると近くのローテーブルの上に水の入ったピッチャーが目に入った。
レノンは一目散にそれを抱き寄せてから注ぎ口を両唇で挟み込み、一気に流し込んだ。
当分得ていなかった喉元を通る冷水の感覚。
その快感をしっかりと味わう余裕も見せずひたすらに、生きるためにその荒波を胃へと落としていく。
次第にピッチャーが空になった事に気づいたのちその潤った幸福に意識を集中させた。
「ぷっはぁ~~~、生き返るぅ!!」
レノンは目を輝かせて両腕をあげた。
久々に余裕というものが出来た彼女はその喜びを存分に味わいながら抑え込んでいた感情を放出する。
「でも、ここは一体どこなんだろう? 誰かが運んでくれたのだろうけど・・・・・・」
「目が覚めたのかい」
部屋のドアの向かい側から声が聞こえ、警戒する。
とりあえずピッチャーを盾にして構えているとゆっくりと扉が開いた。
入ってきたのは白髪の老婆だった。エスニックな割烹着を着ていて腰は少し曲がっている。
表情も慈悲深い柔らかい表情を浮かべていてとりあえず敵意はあまり感じなかった。
「・・・・・・」
レノンが黙っていると老婆はにこっと笑みを浮かべて手を広げて見せる。
「そんな警戒しないでおくれ。この通り何も怪しいものは持っていないさ。町の入り口であんたが倒れているところを旦那が運んできたのさ・・・・・・それに」
ちらっとレノンが手にしているピッチャーに目を配らせて、「それ」と指をさすと。
「あんたに不都合な事をしようとしてるなら、この時代に貴重な水を分けてあげる義理はないだろう」
「・・・・・・確かに。そうで・・・そうだな」
レノンはピッチャーをローテーブルに下ろすとゆっくりと深呼吸を繰り返す。敵ではない、安心した。
そう安堵するレノンは右手を腰に手を回すと顔の筋肉に緊張を走らせた。
「あっ、『あれ』をどこにやった!! 腰につけていた銃があっただろう!」
先ほどとは違い物凄い気迫で老婆に叫喚する。
その様子に老婆は我関せずと言った感じで変わらず落ち着いた声で懴悔室で諭す神父のように言葉をかける。
「あの面妖な機械仕掛けみたいなものかい? あぁ、あれならこちらで保管しているよ。目覚めていきなり撃たれちゃ適わないからね。ただ、何もいじったりしちゃいないから許しておくれ」
「あの銃だけは手元にないと駄目なんだ! 返してくれ!」
「分かった。すぐに旦那に言って持ってきてもらうよ。・・・・・・ただひとつ、老婆心という訳じゃないが気になる事があってね」
老婆は両手をあげて無抵抗の証を表明する。レノンはその様子をただじっと目を離さないでいた。
「あたしと旦那はちぃとばかし猟師みたいなのをやってたから多少は銃に精通しているんだが、あんな奇怪な構造した銃は見たことない。・・・・・・もう棺桶に片足を突っ込んでいる身分として非常に恥ずかしいことを言うが」
先ほどまでの柔らかい表情は消え、レノンと同じように攻めの目をぶつけた。
「まるで、未来のテクノロジーで作られたもんみたいじゃなぁと思ったんじゃ」
そういうとまたにっこりと口角をあげて笑ってみてる。
「ばぁさん、あなたただのばぁさんじゃないな。何者だ」
「それは、あんたにも言える事じゃろ」
あげていた両手を下ろしてゆっくりとローテーブルの前にあるソファに腰を下ろして手を膝の上に添えた。
「聞かせてくれ、お前さんとあの銃の事をな」
レノンは床に目を落とし、暫くした後顔をあげ、老婆と同じように向かい合っているベッドへと再度座る。
「分かった。助けてもらった身だ、ちゃんと話そう。あの銃はばあさんの言う通り未来で作られた。・・・・・・正確には父が、未来へ行って『完成』させ過去にいるボクに託した」
ほほぅ、と興味の言葉を老婆が漏らす。
「この終末世界には数十年に渡って時代の層というものがある。『あれ』は、それを航るための機械(もの)だ」
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