レノン:ザ・アポカリプスホルダー
@kakeru_you
プロローグ
ロストワールドへようこそ
「父を探している」
ようやく発せられたその声はか細く中性的で、もう少し声が小さければこの世界に覆われた錆色の空に吸い込まれてしまうかと思うほどだった。
「こんなふざけた世界で到底生きているとは思えない。だけどボクは一縷の望みをかけて生きていると信じて彼の痕跡を追っている。出来ればご協力願いたいがいかがだろうか」
そう話しかける彼は土色のキャスケット帽を深くかぶって顔をあまり露出せず、身の丈に合わないぶかぶかのコートを羽織っている。両手はコートの中へと仕舞われておりただただ一方的に話しかけるだけだ。
話しかけた先には、三人の男が立っている。
成長した蔦が無尽蔵に伸びて絡みついている崩壊しかけたビルたちがその男たちを挟むように両脇に列を並べていた。
その間にある大きな通りに煤汚れた車を大胆に真横に停めており、三人の男のうち一人は車の上で胡坐をかき彼の方を凝視して一向に目を離さない。
この通りも元々は自動車が行き交う公道だったようだが見る限りもうまともに通れそうもないほど瓦礫などが大きく転がっていて、その道路の意味を成さなくなっていた。
「聞いたか、お前ら。こいつパパを探してるんだってよ」
三人の内一人が口を開き、それにつられて仲間も口を開く。
「聞きました。どうやら話しかける相手を間違えたようだなぼっちゃん。まともにお前みたいなガキに耳を傾けるほど暇しちゃあいないんだ」
キャスケット帽の彼は微塵も動かず、ただ静止を続けていた。
「いや、でもよ。もしお前が持っている有り金、その衣服、それらを置いていけば話は聞いてやらないこともないぜ。俺らはその辺の荒くれものと違って聞き分けがいいからなぁ」
さすが兄貴。と車の上の男が囃し立て、兄貴と呼ばれた悪漢がふふんと鼻を鳴らす。
「さぁどうする。大体この道を通ったやつらの顔は覚えてるし俺らは情報通だ。少しは信頼できると思うがな」
「・・・・・・あなたたちは今までずっとここで生活しているのか」
少し顔を上げて、大きく透き通った双眸が覗く。
「そうだな。ここを通るための通行料ってやつを頂いて生活しているのさ。まぁ『副業』として、ちょっと悪いこともしたりしてるが生きていくには仕方ないよな。・・・・・・まぁ、この話はいい」
男は腰からピストルを取り出して警告するように彼に銃口を向けた。少し男たちにも緊張が走る。
「今ここで決めろ。情報は大なり小なり何かしらやろうじゃないか」
「・・・分かった。それで取引しよう。情報を教えてくれ。父の特徴はーー」
「先払いだ。有り金をとりあえずそこへ置け。話はそれからだ」
一瞬少年は口を嚙むような動作をしたが、コートの中にある両手を少しばかり動かしてじゃらじゃらと音をたてる巾着の麻袋を取り出した。巾着口を掴んで強調するように片手を突き出している。
「これが全額だ」
ドサッと巾着袋が重力に従って地面に着地する。
「おい、ブル。お前が中身を確認しろ。・・・・・・おいガキ! お前も妙な真似はするなよ。両手をあげてろ」
仲間の一人のブルと呼ばれた巨漢の男は「へい」と答えると、どっしどっしと小走りで向かっていく。少年も両手をコートから出して小さく上へとあげた。
その手はしなやかな曲線を帯びていて触ってしまえば壊れてしまうんじゃないかというくらい繊細で細い手をしていた。
ブルは少年の場所にたどり着くと、警戒しながら巾着をあける。
「あ・・・あ、兄貴! こりゃすげえですぜ! 『銀』がどっさりです! こんなに大量の銀チップ見たことねえ! 見る限り本物ですよ!」
「本当か!」
歓声をあげて他二人もブルに駆け寄り、その喜びを分かち合っている。その様子を暫しみていて痺れをきらしたのか少年は一度、少しばかり顔をしかめた。
「・・・・・・おい。仲良くしているところ悪いがこちらも先を急がないといけないんだ。話を聞いてくれ」
「おう、そうだったな。知っている限りの情報は教えてやる。だが、その前に・・・・・・おい、ブル。剥がしてやれ」
「へい、わかりやした」
「お、おい! 何するつもりだ!」
「おっと、両手は下ろすなよ。大事に隠している顔に大きな風穴が空いちまうぞ」
ブルは少年の顔の数倍はあるであろう大きな手でコートとインナーを脱がしそうとしていく。
「衣服も頂くと言っただろ。俺たちの服ももうボロボロでな。そろそろ新調しないと夜も冷えて仕方ねえ、恨むなよ」
その細い手で抵抗しようとするが相手が悪く、その大きな力に負けて身を剝がされていく。その様子を二人がニヒルに笑っていると、ブルが驚きの声をあげた。
「あ、兄貴! こ、ここここいつ!」
「どうした?」
「こいつ! お、おおおお、おっぱいがあるぅ!」
「なんだと!?」
兄貴と呼ばれる男が覗き込むと少年と思われていた彼の胸にはサラシが巻いてあり、小さく両方の乳房が膨らみを有していた。そこで男たちは確信する。
「お前、女だったのか」
俯いていた彼女の顎を指であげさせるとぼさついた短髪が現れてその下には苦虫を噛んだかのような少し恥ずかしげとも見える整った顔が見えた。見た目14歳くらい。中性的でこの崩壊した時代にしては綺麗で、ちょっと幼い風貌をしている。
「ふん、女なら話は変わってくるな。金は別にいらねえよ」
少女はその言葉にちらっと顔を向けて「本当か?」と表情が少し弛緩するが、男の次の発言に再度身を縮こまらせた。
「代わりに、その身体で遊ばせてくれよ。しばらく女は抱いてねぇからなぁ。溜まっててしょうがねえ。お前ら、今からパーティだ。全部ひん剥いてやれ!」
その一声に男たちが脱がそうと襲い掛かった時。少女は咄嗟に背中に手を伸ばし、前へ構えると男たちは一瞬怯んだが、少女が手にしているのを見て大きく笑った。
『それ』は一般的な銃とは違い形容しがたい姿をしていた。
小さなパイプが連なり干渉しないように銃身に纏わりついている。撃鉄あたりにはニキシー管のような放電による数表示がされており、じりじりと音を立てている。まるで近未来を舞台にした漫画で出てくるような代物だった。
「何だ、ビビらせやがって。おもちゃじゃねえか。そんな機械的なごちゃごちゃした武器で何が出来るんだよ。ブル、早くそいつを取り上げろ」
ピストルをくいっとあげて指示をするとブルが少女の手元に手を伸ばす――その刹那。
無骨な銃とは裏腹に華奢な弱き手が、『それ』のトリガーを引いた。
――
「父を探している」
「・・・・・・」
「こんなふざけた世界で到底生きているとは思えない。だけどボクは一縷の望みをかけて生きていると信じて彼の痕跡を追っている。出来ればご協力願いたいがいかがだろうか」
「・・・・・・」
「・・・・・・おい。悪いがこちらも先を急がないといけないんだ。話を聞いてくれ」
「聞けるわけないだろうがよ」
半裸状態の少女が訪ねている方向とは違う所からその声は飛んできた。
「お前がそいつをぶっ放して、ブルの頭丸ごと消しちまってるんだからよ」
顔を向けると、そいつは兄貴と呼ばれていた男だった。大きな瓦礫に寄り添うように座っている。
少女は前に向き直ると眼前に倒れこんでいる男の首から上が『ぽっかり』と無くなっていた。血も流さず、断面も綺麗に残っている。損壊したとか四散したとか、ではない。言葉の通り、無くなっていた。
更に顔を右に向けると細身の男が気絶しているのか失禁してうつ伏せに倒れている。車の上に乗っていた男だ。
「お前とんでもねぇもの持ってんな。でも殺されるのはごめんだ。情報はくれてやる。車のトランクに通行者の資料があるから全部持っていけ。ただひとつだけ聞かせてくれ」
また、その男に両目の焦点を合わせる。
「・・・・・・お前、どこから来た。何者だ」
その問いにふぅーっと深呼吸のように白い息を吐きだして小さな口から言葉を紡ぎ始めた。
「三層から来た。終末層の三層から」
「はぁ? 何だよそれ。三層って」
「あなた達からしたらそれは当分先の話だ。知る必要はない」
そう言い切ると男に背を向けて車へと歩き出した。すでに日は落ち始め、西日がビルを挟んだ大通りから差し込み、逆光で少女は日光に照らされる。軽くそれに耐えるようぎゅっと目を萎ませた。
「じゃあ・・・・・・車の方へ向かいながらでもいい。最後に、お前の名前を教えろ。それだけ聞きたい」
男は言いながら服の内側からコンバットナイフを取り出した。ゆっくりと立ち上がる。
まだ少女との距離はそんなに離れていない。
所詮はガキ。持っている銃がいくら化け物でも油断している今、大人の速度に反応出来るはずがない。
しっかりとナイフを握って地を蹴った。
「死ね
ぁ
!!!」
男がそう叫ぶ時にはもう発する際に必要になる声帯も、口も、顔も、頭もぽっかりと無くなっていた。
車へと向かっていたと思っていた彼女は既に振り返っており、銃を構えていた。逆光でその認識が遅れたのだ。
銃をゆっくりと下ろして、地面へと崩れて無言を貫くようになった男にゆっくりと返事を返す。
「あたしの名前は、レノン。『アポカリプスホルダー』だ。父を探している」
ここは【憂鬱の日(メランコリック・ディレイ)】で文明が崩壊したロストランド。
彼女は今、第二層にいる――。
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