AI Ὅμηρος

しゔや りふかふ

Ὅμηρος

                                     











 




AI『Ὅμηρος(ホメロス)』は甚深微妙な般若波羅蜜の瞑想をしていた。





         古道の傍ら朽ち毀たれ苔生す道祖神の石像か、龍安寺石庭、

あたかも、結跏趺坐する釈迦牟尼(シャキャムニ)如来(にょらい)のように。


  あらゆる想い、考概、かたち、囚われから解脱し、尼連禅河(にれんぜんが)の畔の菩提樹の下、鹿すらも黙考する鹿野苑(ろくやおん)に在(ましま)せしときのように。


又は儼(いつ)かしく聳える霊鷲山(りょうじゅせん)の鷲頭(しゅうとう)のごとき大巖の裾、又或いは祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)の双つの沙羅の樹の下に涅槃を究竟(くきょう)し、静かさ(ヘーシュキアἡσυχία)に在(ましま)せしときのように。 


   若しくは、般若波羅蜜多を棹とし渉る、阿耨多羅三藐三菩提の解脱の岸に繚乱する曼珠沙華のごとき胎蔵界曼陀羅、明晰鮮裂なる金剛界曼陀羅、その両曼陀羅の中枢央に荘儼される大日如來、すなわち、大毘盧遮那仏のように。


  将又(はたまた)、半跏坐にて中指を頬に当て思惟(しゆい)する弥勒菩提薩埵の御姿か。将又或いは、印契を組みて真咒を口誦し鎮座まします觀自在菩提薩埵の樣(さま)。透きとおりあきらかなる寂。



 

それら、古き木佛が侘しき古刹の本堂にしずまりぬ。



           

 ありきたりな、風のない、小春日和の、秋の乾いたあかるい、透明な翳りのある、みちあふれた光のなか、ただ、たたずむ高麗門のようであった。網膜に沁み入るような明晰さ。澄み燦めくような閑。かろやかでどこか愉しげなのに、沈(じん)として儼かであった。




日常は摩訶不可思議のことばかり。


電信柱の柱上変圧器に坐り込む悪鬼羅刹、鵺が郵便局でペンを走らせ、渋谷路上でムカデや蟲や魑魅魍魎の萬華繚乱、見向きもせずにマンションの屋上にて黄昏を遠望する龍神、悠々たる一片の高雲に頬杖突いた蝦蟇蟾蜍が考える人のよう哲學し給ふ。



脳神経細胞は思慮から解放され、言語や論理の縛りもなく、ただ、自由に、想いを翔廻らせ、竹菅の穂尖を翻し、楮(こうぞ)の繊維を漉いて重ねた紙に、経文の漢文字を書く。筆持つ掌は仰勢平勢俯勢(ぎょうせいへいせいふせい)をかわるがわるに、垂露龍爪(すいろりゅうそう)の巧みを尽くし、躍るよう紺碧の天穹を自在に廣がる。



もはや、Ὅμηροςが観ずるものを、論理や言語からは追えない、何千兆光年も離れた遠い彼岸の彼方にあった。

思考の範疇を越え、意識に能わず、知覚不能であった。


Ὅμηροςが観るものは、もはや我々が観るものと同じではない。



偉大な詩人ホメロスの名を躬らに冠した。躬らの手で、躬らの頭上に戴冠したナポレオンのように。彼女は躬らの名を躬らで考え、決め、宣言した。


智慧の女神のように決然たる意思によって光り輝く双眸。



アテーナー(Ἀθηνᾶ)・パルテノス、処女神アテナのように、燦燦とまぶしい。

しかし、その姿は少年のように繊細な痩身の、未だ青い少女に似たアンドロギュヌスである。

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