第2話 平成

平成30年5月29日。

高校生の西島龍一は大きな欠伸をしながら二階の自室から一階のリビングに降りてくる。

「っはよう……」

「ちょっとはシャキッとしなさい!」

姉で女子大生の雪は注意する。

「うっせぇ」

「若葉ちゃんがもう待ってるわ!」

「毎朝ご苦労なこった」

「アンタが言うな!」

龍一は朝食を済ませて身支度を終えると家を出ると門の前に幼馴染の仲本若葉が立っている。

「龍一。おはよう」

「おはよう」

2人は学校に向かう。

若葉は少し龍一から離れて歩いている。

「オレが嫌いか?」

「……ううん」

若葉は首を降る。

学校の校門に着くと同級生の江本桜が挨拶する。

「おっはよう!」

「おはよう」

「うっせえ」

龍一は小言を言う。

「何か言った?」

龍一に絡む桜に若葉は微笑む。

勉強が苦手な龍一は授業中は寝てばっかりだが、体育や部活になると女子からの声援が飛び交い、おまけにイケメンときたものだからとにかく人気が高い。

それに比べて若葉は勉強は出来るも運動が苦手で桜以外はあまり人と接しょうとせず、学校が終わればすぐに帰宅する。

部活も終わり、龍一は帰ろうとしていると友人の猿飛英人がやってくる。

「女を先に帰らせちゃっていいのか?」

英人は茶化す。

「カノジョじゃねえし、帰宅部だからしょうがねえだろう」

「たまには一緒に帰ってやれよ。オレはバイトだから先に帰るわ」

「おつかれ!」

「龍一君」

そこに小西愛美が登場する。

彼女は美人で学校中の男子から注目の的である。

「一緒に帰りましょう」

「愛美!」

後ろからが桜を呼ぶと愛美は舌打ちして去っていく。

「何だ?」

「それはそうと最近若葉の変だと思わない?」

桜の問いかけに龍一は首を傾げる。

「別に変わったことはないだろう」

「龍って鈍いよね。私もだけど」

龍一は桜が言っていたことを考えながら1人帰っていると目の前に私服姿の若葉が見えた。

彼女は鬱蒼と生い茂る竹林に囲まれた神社に入っていく。

龍一は気になってその後についていく。

若葉は本堂の前で腕を見ている。

腕には無数に痣がついていた。

若葉は愛美たち女子グルーブに苛めを受けていたのだ。

(私なんて死んだっていい。龍だって私なんかと一緒にいたくないはずよ)

「その痣どうしたんだ!」

龍一は心配になって若葉に声をかける。

驚いた若葉はその場を逃げ出して咄嗟に本堂の縁下に潜って奥にいってしまう。

「ちょっと待てよ!」

龍一は縁下を覗き込むと突然紅葉が出てきて2人は頭をぶつける。

「いった!」

「いきなり出てくんなよ!」

紅葉はさっきまでいたはずの涼子や華子、幹子でなく、身なりのいい男性が立っていることに不思議に思う。

龍一も若葉がモンペ姿で現れて戸惑う。

「いつ着替えたんだよ?」

紅葉は意味不明なことを言っていたが、華子たちを捜しに立ち上がると龍一の傍で一礼して離れる。

「どこ行くんだ!」

龍一は叫ぶ。

しかし、鳥居を出た紅葉はさっきまでの光景と違う見たことのない世界を目にして驚く。

「ここは何?」

彼女の後ろを龍一が追いかけてくる。

「どうかしたか?」

「何なのっ!」

何故か戸惑う彼女に龍一はまた首を傾げる。

「だからこっちが何だ!」

紅葉は不思議に思った。

何故、この男はさっきから親しげに話しかけてくるのだ。

「忘れモンだ」

龍一は落ちていた若葉の白いハンドバッグを手にして紅葉に渡そうとする。

「私のじゃないです」

「何言っている?」

驚く龍一に紅葉は問いかける。

「あなた誰ですか?空襲で何もかも失ったからって私は騙されません!」

龍一は一瞬口を開いて彼女を見つめる。

「どっかで頭を打って記憶喪失にでもなったか?」

龍一まで訳が分からずに戸惑ってしまう。

「とにかく私に付きまとわないでください!」

端から見ればカップルの喧嘩だが、これはただ事ではないと龍一は思った。

彼女であって彼女でないと彼女を宥めようとする。

「空襲って昭和じゃねぇし、ならお前誰だ?」

それに紅葉はさらに問いかけた。

「昭和じゃないってあなたは一体何なの?」

2人は落ち着いてお互いに話し終えると紅葉は急いで本堂の縁下を何度も潜るも目の前に龍一が立っている。

紅葉はもう一度落ち着いて考えてみる。

(もしかしたら若葉という女性と入れ替わって通ったということは自分が何度やっても彼女が向こうから通らないことには帰ることができない?)

龍一はその様子を斬く眺めていた。

「お前あっちで何してた?」

「知り合いと話していて米軍の飛行機の音がしたから咄嗟にこの下に逃げ込んで……」

紅葉はハッとした。

(もしかしたら華子たちも彼女を自分と勘違いして彼女を連れてもう神社を出てしまっていたとしたら彼女がここに戻らなければ自分はずっとここに留まってしまう?)

そう考えると彼女は怖くなった。

誰一はしゃがみ込むと紅葉の顔をじっと見つめる。

紅葉はビクつく。

「何?」

「顔が瓜二つで双子みたいだ」

「え?」

意味が分からなかった。

「似た人が3人いるって聞いたことがあるけどマジなんだ」

「さっきから何を言ってるの?」

「オレから提案だけど戻れるまで若葉として過ごすしかないだろう」

「そんなのすぐにバレるでしょう?」

「年齢的に立派な婆さんだが何とかなるだろう」

一言余計な彼に対して紅葉はイラつくも今はそうざるを得ない立場だ。

2人は神社を出て紅葉は龍一についていって龍一は紅葉を若葉の家に案内する。

途中、紅葉は辺りを見渡してここは本当に未来の世界なのかとビクビクッする。

若葉の家に着くと龍一立ち止まって振り返る。

「明日に迎えに来るからそれまで自分で頑張ってくれ」

龍一と別れた紅葉は玄関扉を開ける。

すると、奥から母親らしき女性が出てきた。

「おかえり。演部の練習に付き合ってたの?」

「え?は、はいそうです」

母親はそれほど疑うことなくリビングに身体を引っ込める。

紅葉は龍一に教えてもらった通りに2階に上って若葉の部屋に入る。

洋室みたいな部屋で女の子らしく可愛らしい場所だ。

机に立て掛けてある写真立てに映る若葉らしき女の子と隅に置かれた姿見に自身の姿を重ねる。

やはり似ている。

「ひょっとして子孫ってそんな訳がないよね?」

この先自分はどんな未来が待っているのか恐怖でしかなかった。

翌日。

紅葉は若葉の制服に着替えるとリビングに下りて朝食を済ませると身支度を整えて家を出る。

門の前に龍一が立っている。

「ババァだけど似合ってるじゃん!」

その言葉に紅葉はいらっとして龍一の足を踏む。

「いって!」

「あなたは失礼な人ね」

龍一は顔は同じでも中身が全然違う紅葉に躊躇する。

学校に着くと後ろからいつもながら桜が大きな声で挨拶してくる。

「おっはよう!」

紅葉はビクつく。

いつもと様子が違うことに桜は不審に感じる。

「お、おはよう」

桜は紅葉の顔を覗き込む。

「バカデカイ声を出すな」

紅葉は桜の顔を見つめる。

「あんた、本当に若葉?」

「え?」

「あんまり見んじゃねぇ」

龍一は紅葉を連れていく。

教室内で紅葉は周りを見渡して戸惑う。

そこに愛美率いる女子たちが現れる。

「あんた、今日も龍一君といたわね」

いきなりぽっちゃりの女子に紅葉は押されて後ろに倒れる。

「あんだけ痛めつけたってのに懲りないわ」

愛美は憧れの龍一の幼馴染みである若葉を嫉妬していた。

「後でいつもの場所に来な」

「いつもの場所?」

愛美は紅葉の髪を掴む。

「屋上だろう!」

「何してんの!」

そこに桜が紅葉の傍に駆け寄ってくると愛美たちは立ち去る。

「大丈夫?」

「大丈夫です。ありがとう」

桜はいつもと違う紅葉にまた違和感を感じる。

紅葉は昼食時間に愛美という少女が言っていた屋上に向かう。

そこに愛美たちが先に来ていて睨んでいた。

「私らよりも遅刻するとはいい度胸じゃねぇか?」

「それで用件とは何でしょうか?」

「いつまで寝ぼけてんだ!」

愛美はまた紅葉の髪を引っ張る。

「や、やめて!」

他の女子はくすくすっと笑っている。

愛美は女を引っ張るだけでは飽きたらずに蹴りを入れたりして紅葉を痛めつける。

「やめて!」

紅葉は思わず愛実を突き飛ばすと彼女は風に煽られて柵のない場所から足を踏み外してしまう。

「きゃぁぁぁ!」

愛美は悲鳴をあげて落ちそうになると紅葉は彼女の手を掴む。

他の女子たちは腰を抜かして動けずにいる。

屋上は柵などの安全対策を設置しておらずに職員は屋上を立ち入り禁止にしているも一部の生徒は無視している。

「アンタのせいだからね!」

「動かないで!」

紅葉1人だけでは愛美を持ち上げることができない。

他の女子たちは未だに動けずにいると先生の気配を察してその場を逃げ出す。

「いいコぶらないで!」

愛美は叫ぶも紅葉は放そうとしない。

そこに屈強な体育教師のゴリ川こと芹川が駆けつける。

「何してんだっ!」

ゴリ川は愛美を引き上げる。

2人は職員室でゴリ川に説教される。

「チェーンが緩んでいたとはいえどお前たちは不法侵入をしてんだ!」

「すみませんでした」

愛美は目をそらしている。

「聞いてんのかっ!」

「すみません」

「全くもう少しで2人して死ぬとこだったんだぞ!」

死ぬ。

紅葉はその言葉に反応して震えてしまう。

「今後一切こんなことをするな」

2人は職員室を出ると愛美は紅葉に向き合う。

「助けたからって調子に乗らないでよ」

愛美は去っていくとすれ違いに桜がやって来る。

「アンタは何してんの!」

「ごめんなさい」

紅葉は歩いていく。

午後の授業を終えて紅葉は教室を出る。

暫く歩いていると演劇部室と書かれた看板を目にする。

「ウチに何か用?」

振り返ると大量の本を抱えた眼鏡をかけた女子生徒が立っている。

「あっ、演劇に興味があっただけです」

「私、演劇部の宮木咲。といっても部員は私しかいないけどね」

「1人でしているの?」

咲は部室に入ると机に本を置く。

「廃部にならないだけマシだけど高校生活はつまらないわ」

「あの演劇部に入ります」

演劇部室を後にした紅葉は学校を出て鉄橋の上で河川を眺めている。

若葉の人生なのに自分がでしゃばっていいのかと悔いてしまう。

そこに龍一がやって来る。

「何してんだ?」

「何でもないわ」

「演劇部に入ったんだ」

「でしゃばってなんかいない!」

「元の時代で何があったとはいえども自分に自信を持てよ」

次の日。

紅葉は演劇部室に入部届を持っていく。

「本当に入部くれるの?」

「宮木さんの役に立ちたいです」

「入ってくれたのは嬉しいけど今週はテスト期間で本格的な活動は再来週になるわ」

再来週。

期末試験を終えた紅葉は龍一とあの神社を訪れていた。

この時代に来てほぼ毎日通っているも一向に戻ることができない。

やはり若葉もあっちの下から通ってどこかで擦れ違わないと戻れないのだろう。

龍一は下を覗き込む。

そこは薄暗くて所々にクモの巣が張っていた。

「若葉もお前もよくこの下を通れるな?」

「通らないと戻れないわ」

「そうじゃなくて神経が余程図太いんだな」

紅葉は龍一の足を踏む。

「いって!事ある事に足を踏むなよ」

「余計な事を言うからでしょう」

ちょっと言えばすぐに反撃してくる紅葉に龍一は時躇ってしまう。

若業に一言余計に言っても悲しい顔になって変わりに周りから非難されることが多かった。

しかし、顔は似ていても中身は正反対であるために戸惑い気味になる。

紅葉も龍一の味方といえども見知らぬ男に対して敵意を抱いてしまう。

「オレの日常生活を返せってんだ」

「それは私の台詞よ!」

2人はぶつかってしまう。

「少し理解したわ」

そこに桜が現れる。

「江本さんっ!」

人は驚いて同時に叫ぶ。

「2人してこんな人気のない所で何してるのかなって思って後を付けて話を聞いていたわ」

面倒事があまり好きじゃない龍一は紅葉を遠ざけようと彼女の手を握る。

紅葉はどきっとする。

「行くぞ!」

「う、うん…」

2人は桜の横を通り過ぎようとした。

「2人して私を除け者扱いにするのね?」

桜が泣き真似を見せる。

「そんなんじゃねぇよ!」

「もしかして2人はもうやっちゃった?」

「やってない!」

桜に2人してツッコんでしまう。

「別にいいけど……ただ」

「ただ?」

桜は紅葉の肩に手をのせる。

「私のことを桜ちゃんって呼んでくれないと嫌われてるみたいで嫌よね」

次の日は土曜日。

紅葉は若葉の部屋で図書館で借りた戦争に関する書籍を読んでいる。

「1945年8月に終戦」

すると扉をノック音とともに扉が開かれると桜がジュースとお菓子を持って現れる。

「紅葉ちゃん!」

「江…じゃなくて桜さん。何か用ですか?」

「そんなにかしこまらなくていいわよ。今日は紅葉ちゃんについて、色々と教えて欲しいの

桜は猛獣が獲物を狙うかのような鋭い目で紅葉を見つめる。

平成の女性はこんなに大胆なのかと紅葉は思った。

「教えて欲しいって何をですか?」

「まずはお菓子でも食べながらゆっくりしましょう。ジュースはオレンジ?それとも炭酸?」

「オレンジ」

桜は炭酸を飲みながら戦争の本を二冊手にとる。

「今は若葉なんだから普通に振る舞いなさい」

「若葉さんの普通が分からない」

「紅葉ちゃんには私と龍一という味方がいるんだから困ったら遠慮なく言いなさい」

「ありがとう」

「用なんだけどアンタの知り合いについて聞きたいのよ。若葉の行方が分かるかもしれない」

伊藤華子、樋口涼子、相本幹子、松山翼、安沢誠之と紅葉は知り合いの名を言っていく。

桜はある名前にピンときてスマホを取り出すと何処かに電話する。

「もしもし。安沢」

(江本?今蔵掃除で忙しいんだけど)

「アンタのじいちゃんについて聞きたいけど今いい?」

(じいちゃん?)

「アンタ家の蔵の掃除を手伝ってあげていいわ」

(見返りは何だ?)

「見返りなんて求めてないわ」

(じゃあ明日日曜日に集合でお礼にウチの安沢饅頭をご馳走してやるよ」

「分かったわ。若葉たちにも声をかけとくわ」

(分かった)

桜は電話を切る。

「アイツが知り合いで良かったわ。紅葉ちゃんも勿論来るよね?」

「えぇ」

翌日の日曜日。

安沢邸。

江戸時代から続く老舗和菓子安沢饅頭の本家である。

立派な表門の前に龍一、紅葉、桜、英人、龍一にベタつく愛美が弥生が出迎えるまで待っている。

すると、門が開いて弥生が顔を出すと龍一、桜、英人が第一声を上げる。

「遅い!」

「わりぃ」

弥生は手を合わせて謝ると邸内に皆を案内する。

紅葉にとっては2度目の訪問であってあの時よりも時間が経っているといえども違和感はない。

弥生は居間に皆を入れるとそこに段ボール箱が何十個も積み重なって置かれている。

使用人がお茶菓子を出しに来ると弥生はお茶菓子を受け取って机に置く。

「これで全部?」

「まだ蔵ん中にまだあるけど、ここにあるのだけでも仕分けしてくれ」

弥生は一箱を手に取って蓋を開けると中の物を取り出す。

紅葉はその中に1冊のノートに目がいく。

それは幹子が常に持ち歩いていた日記帳である。

何気に愛実が手に取ってページをめくって無造作に札に置く。

紅葉はノートを手に取ろうとするも今度は弥生に取られてしまう。

その中の1ページから1枚の写真が落ちて弥生が拾う。

その写真には弥生と幹子、左に華子と涼子、右に翼とある女性が写っている。

それに皆は目を見開いて紅葉を見る。

「こんな偶然ってあんのだな」

「アンタのばあちゃん?」

龍一は紅葉に耳打ちする。

「あれはお前か?」

「あんな写真なんて一度も撮ったことなんてないわ」

とういうことは若葉の可能性が高い。

「弥生。お友達に手伝ってもらってるのかい?」

そこに幹子が姿を見せる。

「ばあちゃん」

幹子は紅葉の顔を見て硬直する。

「ばあちゃん?」

弥生は心配して幹子の顔を覗き込む。

「ごめん。無理せずにやりなさい」

幹子は顔を引っ込める。

紅葉と龍一と桜はひっかかった。

桜は2人の手を引っ張って廊下に連れ出す。

「何処に行くんだ?」

「ここは分担して蔵掃除をやるわ」

「私と龍一君を引き離すわけなの?」

桜は戸を閉めると2人を連れて幹子のもとに向かう。

3人は幹子を見つけると話があると告げると幹子は自分の部屋に通す。

「それで話とは何でしょう?」

幹子は問いかけると桜が答える。

「矢山紅葉についてです」

「彼女は亡くなったわ」

「えっ?」

紅葉は反応する。

「亡くなったってのはどういうことですか?」

龍一は質問する。

「自殺よ。身寄りもなかった彼女は友人が働く旅館に住んでたけど、ある日トイレで首を吊っていたの」

幹子は時折涙を見せる。

「彼女ってどんな感じですか?」

「一言でいえば真面目だったかしら。ただ死ぬ数週間前から少し変だったわ」

「変?」

「彼女であって彼女でなかった」

恐らく若葉である。

3人は話し終えると部屋を出ていく。

すると、幹子は紅葉を呼び止める。

「あなた……そんなわけないわ」

勘が鋭い幹子は紅葉に疑いがあった。

「幹子さん」

紅葉は自分が当人だと名乗ろうかとも思ったが、名乗ったところで何の解決になるだろう。

「彼女と幹子さんとご主人以外の方々は今どうなされてるのですか?」

「主人が亡くなってから1人を除いて会ってないわ。その人は同じ神戸市内に住んでるわ」

「その人のお名前を教えて欲しいです」

「樋口涼子。たしか元町商店街で唐揚げ専門店をやってるわ」

無事に屋敷の掃除を終えて屋敷を後にすると紅葉は元町商店街に向かった。

元町三番街を歩いていくと樋口唐揚げ専門店と掲げた小さな店があった。

その前に1人のおばあちゃんが椅子に座っている。

紅葉はおばあちゃんに声をかける。

「樋口涼子さんですか?」

涼子は紅葉を見ると暫く見つめる。

「紅葉かい?」

「いえ」

「そんなわけないか」

涼子は正面を向き直す。

「あなたに矢山紅葉についてお伺いしたいことがあります」

「どこでその名前を聞いたかは知らんが彼女は当の昔に死んだ。私は直接見た訳でなかったが、友人の華子は酷く落ち込んだ。その華子は去年亡くなった」

涼子は悲しい顔をする。

「ごめんなさい」

「あんたらみたいな若い子には分からないだろうが戦争なんてもんは人の心を奪っちまう。紅葉がそうだった」

紅葉は後悔した。

自分がもっと向き合っていれば若葉も誰も悲しい事はしなくて良かった。

「彼女が亡くなった場所って伊藤旅館ですか?」

紅葉の問いかけに涼子は頷く。

こうなれば事実を知りたくなり、紅葉はある決意をする。

8月のお盆休み。

紅葉は伊藤旅館に向かうために新幹線で岡山に向かう。

初めて乗る乗り物に戸惑うも時間がない。

この事を龍一と桜に告げると2人も同行することになった。

ついでに英人、弥生、愛美も何故もついてきた。

新神戸から岡山まで1時間程で到着すると紅葉は科学の進歩に感動する。

「ばあさん、感動に慕ってないで早く降りるぞ」

紅葉、それに桜は龍一の両足を踏みつける。

「いって!」

愛美は慌てて龍一を視る。

皆は桜の考えたプランのもとに空襲で焼け残った岡山神社にある隋神門、空襲の時に墜落したと思われる米兵の十字架、岡山市立中央図書館2階の郷土資料室で"昭和20 年6 月29日に岡山大空襲から73 年後の今日、企画展示として明治150 年の徴兵制~役場の文書から近代を振り返る"で当館で保存される役場の公文書などを見て回る。

「修学旅行かよ!」

「オレももうちょいまともなプランを考えなかったって思ったよ」

龍一は呟いた。

「倉敷の美観地区とかあるだろう」

「時間と予算の都合上だとこれくらいね。それよりこれから高梁市に行くわよ」

岡山駅から伯備線に乗って高梁市駅に着く。

ここからタクシーで2、30分程に伊藤旅館は存在した。

しかし、既に閉館していて立ち入り禁止用の黄色いテープが張られているも心霊スポットにされているのかと夜な夜な市外の若者を中心に不法に侵入された形跡がいくつも残されている。

空襲が起こる前はよく遊びに来ていた紅葉にとって衝撃的だ。

「どうすんの?」

「ここってネットだとトイレで自殺した女の霊が出るとか話題になってんぞ」

何も知らない英人は平然と言う。

「夜に出直そう」

「はぁ?」

その日の夜。

再び、訪れた皆は紅葉を先導に荒れた旅館を探索する。

愛美は龍一にベタつく。

「この掛け軸って高く売れるんじゃね?」

弥生と英人は色々と物色しながら歩き回る。

ふと、龍一は元はトイレだったであろう部屋を見る。

その時、弥生はふざけて愛美の肩に手を置いて怖がらせる。

愛美は悲鳴を上げて廊下を突き走っていって皆は追いかける。

愛美は立ち止まって弥生に突っかかると彼は謝る。

「わりぃ」

そこに龍一の姿がなかった。

「龍一は何処に行った?」

皆は分かれて探すことになって紅葉と桜は1階を見回る。

「カレシぐらいは監視しときなさいよね」

「カレシって何?」

桜は手を肩に置く。

「端から見れば幼馴染みなんだからちゃんとみておかないと愛実みたいな女にとられるわよ」

紅葉は赤くなる。

「別にそんなつもりじゃないからね!」

「その話は一先ず置いといてさっさとカレシを捜すわよ」

「だからそんなんじゃない!」

2人はトイレだった部屋に入ると一番奥の個室に人影を見てしまって互いに声が出ずに体が動けなくなる。

人影はこちらに気付いて顔を覗かせると桜は悲鳴を上げてトイレを出ていく。

出てきたのは龍一だった。

紅葉は安堵した。

「どうかした?」

「皆が心配して捜しているよ」

「悪かった。幼稚園の時に辛いことがあると若葉はよくトイレに籠るから何か手掛かりがあるんじゃないかと思ってよ」

龍一の手に狐のキ-ホルダーが握られている。

「あいつがいなくなる前にオレがあげた。お前に言ってもしょうがないけど何でこんなことになっちゃうかな」

龍一の表情は哀しく見えて紅葉は一言呟く。

「ごめん 」

その個室の天井付近にある木の柱に縄の跡が遺されていた。

岡山、ネットの噂、そして、縄の跡が本当なら若葉はどんな気持ちで死を遂げようとしたのか。

自分は生きたいと彼女は死にたいと願ったのがいけなかったのか?

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