賢三の教育実習 『こんなに愛しているのに。。。杏子と賢三の物語』番外編

@k-n-r-2023

第1話

 賢三は地元の公立中学校が母校だが、卒業後には、まったく足を運んでいなかった。すでに吹奏楽に興味を持っていたが、体が大きく、身長が高かったことで運動部、バスケット部に無理やり入れられたが、運動神経も良かったので、かなり活躍していた。高校もバスケットで推薦が受けられるだろうと言われたが、中学校選抜選手権の試合中に、足を複雑骨折し、惜しまれたが、それを機に選手生活を辞めることになる。本人はガッカリもしたが、頭の隅では、これで堂々とサックスが始められることを嬉しく思っていた。すぐに吹奏楽部に入れてもらい、基礎からしっかりと教えてもらうようになった。その時の音楽の先生は女性で、厳しいが、しっかりと教えてくれる熱心な人だった。彼女は生徒にはクラシックしか教えなかったが、個人ではいつもジャズを聞いていた。その人の影響が、賢三をジャズのサックスプレーヤーへと引っ張っていってくれた。


 メールで校長とやり取りして、実習前に尋ねることにした。いざ蓋を開けてみると、やはり公立は先生の出入りが多いせいか、校長と社会科の谷先生しか知っている教師はいなかった。でも、お世話になった用務員のおじさんは、同じ人でホッとした。 久しぶりに中学校の門を通って最初に行くところが用務員室というのは、他の人はしないことだろう。。。


「おじさーん!俺、覚えてる?林賢三ですよ。その説はお世話になりました!」


「おぉ!林君、君のことはよく覚えているよ。用務員室まで来てくれるなんて、嬉しいね。今来たの?それとも、もう、帰り?」


「違う、今来たばかり。これから校長に挨拶に行くんだけど、来月から俺、教育実習で来ることになったんですよ。俺ね、先生になるつもりなんだ。まぁ、高校のね。 あれから勉強も頑張って芸大の音楽学科に入れてね、サックスやってるんで。。。」


「そうだったのか。。。バスケでは活躍したのに、あの骨折は残念だったけど。。。ジャズ好きだったんだよね。当時の音楽は・・・内田先生だったね。あの方は一本筋の通った男勝りな女性だった。北海道に行かれたよ。今の篠先生は、内気な感じでね。吹奏楽部を引っ張ってないよ。ま、自分の目で確かめなさい。林君は良い先生になると思う。君は昔から人を引き付けるオーラがある。応援してるからね!」


「そうか、、、内田先生は北海道に行ったんだ。。。あの人からジョン・コルトレーンを教えてもらったんだよな。北海道かぁ、簡単に会えるところじゃないな。。。
サックスで芸大は入ったって、報告すればよかったな。。。

あ、そうだ、ご報告が今になったけど、俺、結婚したんだ。俺はまだ学生だけど、うまくいってるよ。ほら!指輪観てよ。キラ〜〜ン!(笑)年上だから、誰かに、かっ攫われる前に、結婚してもらったというのが本当のところかも。(笑) 今度逢わせるよ。」


「えー!嫁さんもらったのか! それはおめでとう! そうか、君が見初めた女性なら、素晴らしい方だろうね、是非、逢わせてくださいね。君だって、女性が寄り付いて仕方がないから、早くお嫁さんもらって正解だよ。写真ないのかい?」


「あ、あるよ、ほれ、この人だよ、結構綺麗でしょ?」


「おぉ!これはまた別嬪さんだ。年上といっても、1つ、2つなんでしょ?」


「5つ上だよ。だから他の男が、最初から結婚目当てなこと多そうだし、捕まえておいたんだ!」


「ハハハ、林君らしいな。かなり強引に行ったんだな。きっと奥さんもそう思っているだろう。君は人気者だったよ。」


「じゃ、また改めて来ますね。まずは校長に挨拶してこないと。。。」


「はい、行ってらっしゃい。また実習始まったら寄ってくれるよね!」


 校舎そのものは全く変わっていなかった。展示物や壁などはペンキの塗り直しがあったのか、自分がいた頃よりも綺麗になっている気がした。音楽室はどうなのかな? 内田先生の頃は、塵一つないくらい磨き上げた部屋だったっけ。。。 校長室は・・・数回呼ばれたことがあったな。。。ヤンキーたちの喧嘩の仲裁に入って、首謀者の1人に数えられたからだった。すぐに誤解は解けたけど、やけに緊張したのを思い出せる。今日も、同じような気分になるから、あの部屋は不思議だ。。。

 校長室のドアをノックした。


「はい、入り給え、林君」


「失礼します。校長先生、お久しぶりです。林賢三です。 この度は、教育実習をこちらで受け入れてくださって、ありがとうございます。」


「いやいや、懐かしい! 卒業以来訪ねてもらえなくて寂しかったよ。この度は母校を選んでくれたようで、嬉しいですよ。芸大だったとは、内田先生が知ったらないて喜びそうだ。折を見て知らせておくよ。」


「内田先生は、まだいてくれるかと期待してたんですけど、残念です。」


「うん、ご主人の仕事の関係で北海道に引っ越されたんだ。向こうでも中学校で音楽を教えていると思う。君のことは本当にお気に入りだったよ。サックスを続けていてほしいと言ってた。」


「はい、内田先生の影響で、サックスを自分の楽器に決めて、ジャズにはまり込みました。厳しい先生でしたが、そのお陰で完璧な基礎ができあがりましたから。

今いらっしゃる先生は、どういう感じの方ですか?」


「彼女はテキパキしてて、素晴らしかったね。 今いらっしゃる方は、篠良子先生といいますよ。もうすぐここに来てもらえるから紹介するけど、内田さんよりもおとなしい女性でね、桐朋で、トウホウは他にも音楽学校あるけど、桐のほうね。ピアノ科出身の方で、エリートかも知れないね。林君の先輩ではないことだし、気軽に接してあげて欲しい。」


すると、ドアがノックされた。

「どうぞ、お入りください。」


「失礼します。お待たせいたしました。 はじめまして、林さん、私は篠良子です。よろしくお願い致します。」


「林賢三です。こちらこそ、よろしくお願い致します。吹奏楽部の部活、まだ続いていますか?」


「林さんは、こちらの学校のOBだそうですね。はい、吹奏楽部は続いていますが、部員数も少ないので、ほそぼそと・・・・というのが本当のところです。担任は3年2組です。そちらもクラス担任の実習となりますので、よろしくお願いします。」


「はい、3年生は進学のこともあるので、足を引っ張らないようにします。このあと、音楽室に入れていただけますか?」


「はい、そのつもりでおります。ちょうど吹奏楽部が今、使っています。」


「では、今後も林君のことをよろしくお願いしますね。篠先生」


 校長室を出て音楽室に向かおうとしていると、走ってはいけないはずの廊下を走って近寄ってくる大人がいた。社会科の谷先生だ。


 「おーい!林!! 懐かしいな!オマエ、実習に来るんだってな!芸大に入ったって言うから、びっくりしたよ。いやーかっこよくなったな。(笑)ところで、何だ、その髪型は。。。ロン毛で束ねているのか? 生徒に悪影響及ぼすなよな。。。」

 

「あ、髪型は大丈夫だって校長から聞いたんですけど。。。ま、ベートーベンもモーツァルトも、カツラ被ってまでロン毛ですからね。文句言わせませんよ。生徒だって、清潔感さえあればロン毛でも良いんじゃないですか? 俺は生徒の味方になりますから、よろしく!(爆笑)」


「全く、全然変わってないな、オマエ。。。(爆笑)楽しくやろうぜ!」


 やっと音楽室に向かうことができた。篠さんは、苦笑していた。


「こちらになります。小さなブラスバンドしかできませんが、今練習していますから、どうぞ中に。

 えーっと、皆さん、こちらは林賢三先生です。来月から教育実習で来ていただきますので、この吹奏楽部の活動も少し手伝っていただける事になりました。先生の専門はサックスです。この学校の卒業生でもあります。」


「林です。来月からよろしくね。短期間ですが、なにか手伝えればいいかと思うので、何でも聞いてきてください。」


すると、1人の生徒が質問してきた。


「あの、先生はご自分のサックスを持ってきますか? どこのメーカーのを使ってますか?」


「あぁ、多分持ってきます。アルトサックスはヤマハで、テナーサックスはセルマーを使ってます。ジャズを演奏するので、使い分けているのです。君は3年生?」


「はい、篠先生のホームルームなので、林先生のクラスになるのだと思います。」


「ははは、お手柔らかにね。。。楽器の調整とか、皆自分でできるのかな?」


「それは生徒ではなく、私が中心で調整していますが、時々、調律師さんも呼びます。」


「ちょっとアルトサックス観てもいいですか? 俺、Myマウスピースはいつも持ち歩いてますから、ちょっと吹かせてください。」


 そう言うと、賢三はアルトサックスを取り、自分のマウスピースを取り付けて吹き始めた。ジョン・コルトレーンにしたが、誰でもわかるように、有名なミュージカルの曲を選んだ。『My Favorite Things』本来はソプラノサックスで演奏されていたが賢三はアルトで吹いた。 生徒は当然のことながら、篠良子も圧倒されてしまった。


「お粗末様でした! これ、サウンド・オブ・ミュージックの中で使われているけど、ジョン・コルトレーンがスタンダードジャズとしてカバーしていることで有名なんですよ。知ってた?」


「すげっ。。。」


生徒たちの反応は一貫していた。13歳から15歳は、まだまだ若い。ジャズを理解するには後押しが必要だ。賢三は当時の音楽担当の先生とジャズ好きな親戚に鍛えられたこともあるが、体つきが大きかったから、コンサートやジャズバーなど、どこにでも連れて行ってもらえたのは有利だったに違いない。


「林先生、お帰りでしたら、すぐに片付けますので、駅までご一緒しましょうか?」


「生徒が片さないんですか? 俺の頃は楽器もピカピカに磨いてから片付けさせられたものです。楽器への執着と愛情が着きますよ。まさか、生徒たちが金管楽器の拭き方を知らないなんてことないですよね?(笑) 今、俺が教えましょうか? おもちゃのラッパじゃないんですってことを。。。」


 そう言って賢三は生徒たちに手入れの仕方を教え始めた。丁寧で、わかりやすく、更にはジョークも混ぜていたせいか、生徒たちは夢中だった。最初にコルトレーンを吹いたのは大正解だったのだろう。生徒たちも、実際は吹奏楽に興味があるから部活に入ったわけだから、知らなかっただけで、ただただ 何も言わない先生に甘えていたわけではなさそうだ。


 「林先生、遅くまでお手伝いしていただき、ありがとうございました。生徒たちが喜んでいたのでびっくりしています。普段、私の言うことはあまり聞いてくれないので、楽器を傷つけられると困るから自分で手入れしていたんです。」


「あぁ、余計なことしてすみませんでした。ただ、楽器って、触らないと調子がわからないでしょ? 生徒たちにもそこを伝えないといけないと思います。それに、楽器は貴方が買ったものじゃない。だから、遠慮しないで、しっかり使いましょうよ。 俺が昔使ってたアルトが、まだあったけど、ひどいな、あれ。。。輝きも何もなかった。拭いときましたよ。もしかして、俺が最後に磨いて以降は、何年も誰も使ってなかったりして??」


「あ、それはあり得るかも知れません。部員も少なくて、不行き届きで、すみません。。。」


「いえいえ、俺、これから先生にお世話になる学生の立場なのに、余計なこと言ってすみませんでした。ただ、音楽やっている人間としては、今のじゃ言い足りないです。 楽器は仕舞っておくだけでも朽ち果ててしまいますから。。。時々愛情をかけてあげてください。OBって、やりにくいですか?」


「いいえ、おっしゃるとおりです。貴方は現役で芸大に入った優秀な方なので、楽器のことも大切にされているのだと思います。私はキャパが足りなくて。。。内田先生の後釜で、彼女が厳しい先生だったとしか聞いておらず、私は優しくしなくてはいけないと思いこんでいて、つい、生徒を甘やかしていたのだと思います。ご指摘いただいて目が覚めました。」


「内田先生は厳しかったですが、生徒思いで優しかったんですよ。ま、ピアノなんかは、間違えると手をバシン!と叩いてくる先生ですがね。。。(笑)俺は怒鳴られるだけですみましたけど。
さ、帰りましょうか。駅まで送ります。俺は実家が地元なので、そっちに寄ると言ってあり、今日は駅には行かないので。」


「あ、そうでしたか。では、どうかお気になさらずに、ご実家の方へ行かれてください。また、来月にお目にかかります。失礼します。」


 『いけね。。。歳下の学生に説教されたら気分悪いよな。。。』賢三は初対面の、それもこれから自分を評価してくれる教師に恥をかかせてしまったかも知れない。でも、芸大に対して桐朋となると、あちら側がライバル意識があるかも知れないという懸念はあった。嫌味の一つでも言われてから、あのような対応を取るべきだったかもしれない。。。でも、生徒に責任感を持たせずに楽器を扱わせることは、あまりにも目に余ったからだった。。。クラシックしかやらないお嬢様のイメージが、彼女には取り付いているように見えたが、影が薄い。。。賢三は自分がなにか反対のようなことを言うたびに泣かれそうに感じた。。。やりにくいタイプの女性だ。。。


「父ちゃん、ひさびさー!お邪魔します。」


「おぉ、賢三か、ただいま~!じゃないのか?実家だぞ!(笑)まだ実習じゃなかったろ?下見にでも行ったのか?」


「そう、そんなところ。あそこもあまり変わってなかったけど、職員は殆ど変わってて、校長と用務員さんと、ダサい谷しか残ってなかった。内山先生に会いたかったんだけどな。。。北海道に転勤したらしい。」


「あぁ、音楽の先生な、学校辞める時にここに寄ってくれたんだよ。賢三はいるか?って。もう、山本さんのところに住んでたからすれ違いだったな。。。オマエが芸大に入ったことは伝えた。びっくりしてたよ。嬉しそうだった。お世話になりましたとお礼を言ったさ。。。」


「そうだったんだ。。。会えなくて残念だったなぁ。。。北海道は遠いな。今度校長に住所聞いておこう。杏子と休みのときにでも訪ねようかな。」


「あぁ、そうしてあげると喜ぶと思うな。 ま、とにかく、今日は飯食っていけば?

そう言えば、実習の間はうちに泊まるの?通うには楽そうだけど、杏子さんと相談しておきな。」


 賢三は杏子に決めてもらうつもりだった。確かに通うには楽だけど、彼女がどう思うかだな。。。


「それは実家からのほうが近いし、自転車で通えるでしょ? うちの会社なんか、海外出張で3ヶ月いないという夫を持ってる奥さんいっぱいいるよ、4週間位大した事ないし、土日に戻ってきて!私が休みの時はいてほしいから。。。」


「はい!わかりました。週末は帰ってきます、奥様!」


「もう、何なの?その言い方!(笑) とにかく、林さんのみんなも喜ぶと思うし、勉強なんだから、ちょうどいいかもよ。私とおじいちゃん&おばあちゃんは心配ないから! ま、寂しいけどね。。。」


「もうさ、寂しかったらすぐ呼んで。ゲンさんの軽トラ借りてでも帰るから。愛してるよ、杏子! お風呂いきます。。。ごいっしょにどうぞ、奥様!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る