第一章 座敷わらし 30

「残り三週間。この葉っぱを集めるのに、協力してほしいんです」

 和歌子はこの通りっ、とさらに深々とこうべを垂れた。

 参ったな。こういうのには弱い。

 僕は息をすうっと吸ってから、答える。

「……僕も和歌子ちゃんに協力するよ」

「――ありがとうございます、結人さん」

と、和歌子はもういちどおじぎした。

「松野を助けてもらった恩もあるからね」

 僕がそう言って松野を見ると、彼女はちいさく頭を下げていた。

「松野はどうする?」

「……うん、良いよ」

 協力してくれるみたいだ。

「決まりですね! 結人さん、瑞夏さん、わたし、……と厨房にいる孝慈さん」

 それから思い出したように言う。

「言い忘れてましたが、わたしの分霊が活動できるのは日没まででした」

 そう言うと、唐突に和歌子の体に変化が現れた。

「……あ、ちょっと!?」

 僕は驚く。彼女の全身は、まるで幽霊のように半透明になっていた。

「わたしは屋上で待ってます。また明日、学校でお会いしましょう!」

 言葉の端を言い終えると、そのまま和歌子のからだはしだいに薄れていき、ついには完全に見えなくなった。

「消えちゃったよ」

 席には僕と松野だけが残される。

「……消えちゃったね」

 ふたり残されて、状況はマトイ書店の時と一緒になった。

 会計を済ませて、僕は松野と店の外に出る。

「……じゃあ、わたしもここで」

 会話という会話がないまま、松野はそう言って、僕の帰り道とは反対側のほうを示した。

「わたしの家、こっちだから」

「そうなんだ、じゃあね」

「…………」

 僕が片手を上げると、松野は胸の前で小さく手を振りかえした。

 彼女が角の向こうに消えていくのを見てから、僕も自分の帰路を急ぐ。

 松野があのとき何を言いたかったのか、結局聞きそびれてしまった。


 家への道すがら、夜風に当たりながら考えていた。

 なぜ、自分は和歌子に協力するなんて、快諾したのか。

 自分が唯一彼女の力になれるという、責任感から? それもあるし、和歌子にも言った通り、彼女には松野を助けてもらった恩がある。

――それに……。

 さっき、同じように快諾した孝慈が言ったこと。

『面白そうなメンバーじゃん』

『こんなに楽しそうな夏休みが目の前に転がってるんだぜ?』

 それらの言葉を、声に出してつぶやいてみる。

「……面白そうなメンバー、楽しそうな夏休み、か」

 つぶやくと、抑えきれない期待感と、理由の分からない切なさとが同時にこみ上げてきた。

――『思い出』なんて要らないけど、少しだけ。

 今はほんの少しだけ、この『幸運』に身をゆだねてみても、良いかもしれない。

 そんな不思議な感情が、帰路につく僕の胸でチリチリと光っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る