第一章 座敷わらし 16 (和歌子)
和歌子は旧校舎の敷地から外に出ようとしたが、見えない壁に阻まれ、それ以上進めなくなる。
そうだった。慌てていたせいで、分けるのを忘れていた。
いったん廊下に引き返すと、屋上への階段をかけあげり、分霊になる。
本体は屋上の屋根の下で、脱け殻のように深い眠りに落ちた。
意識を分霊に移して、改めて結人のあとを追う。
「待ってください――!」
結人は校門を抜けると、角を曲がって右側、大きな通りのあるほうに出た。
スーパーや家電のチェーン店がいくつも立ち並んでいる方向だ。そのうちのどこかのお店に、用事だろうか。
案の定、結人は店の一つ、ホームセンターの隣にある大きな書店に入っていった。
和歌子は立ち止まって、その看板を見る。
マトイ書店――。
あ、そうだ。知っている。
この場所には、彼と同じクラスの女の子がアルバイトで働いているんだっけ。たしか、松野という女の子が。店長の娘さんだとも聞いた。
他の生徒の話から小耳にはさんだ噂を思い出しながら、書店のドアにふらりと吸い込まれていった結人を追いかけた。
『加澤だろ? 来てないやつ』
廊下で談笑する生徒達のおしゃべりで、彼の名前が出ていたものを思い出し、和歌子は会話の内容を頭のなかで瞬時に再生した。
『アイツ、誘ってもあんま来ないよな』
つきあいが悪いとか、クラス会でカラオケに誘ったのに来なかったとか。
そういう情報の断片が流れ込んできた。
会話をしているのは、二人の男子のようだった。
『ふーん? 加澤がねえ――? そういえば、あと一人クラス会来てないよな。たしか女子で』
『ああ……松野だな』
『松野ってあの……座敷わらし、か』
座敷わらし、という単語が出たあと、話していた二人の声のトーンが落ちた。明らかに嫌そうな声だった。
『メンゴ、誘うの忘れた』
また別の声がした。もう一人会話の輪に加わっていた三人目の男子だ。彼が片手を胸の前に持ってきて言うと、他の二人がどっと笑った。
『ぜってーわざとだ。松野と話したくないからって――まあでも、どうせ来ねーし良いだろ』
『だな。自己紹介ン時からぜんぜんしゃべんなかったし、アイツ。松野って正直ちょっと変だからな』
『でも、可愛いよな』
『え、コージ、お前シュミわるっ』
『いや、ほらな、よく見るとなかなかの顔立ちじゃんよ』
『だとしても、あんな不気味なやつ、こっちから願い下げだけどな』
最初の生徒のうちの一人が、ふんと鼻を鳴らした。
コージと呼ばれた、松野という子を可愛いと言った三人目の男子が、微かに眉をひそめたことに他の二人は気づかない。
コージと呼ばれた彼は話題を変える。
『……それより、お前今日の授業どんだけ寝てんだよ!』
『ああ、日本史ん時でしょ? それがよ――』
それが和歌子が覚えている会話の内容だった。
松野という女の子は仲間はずれにした、だなんて嫌なことまで聞いてしまった。
――それより、会話に出てきた「座敷わらし」? たしかにそう聞こえたのだけど。まさかわたしのことじゃないですよね……。
自分のことが生徒達に知れわたっていないか不安になりながら、和歌子は結人の観察を続けた。
小説コーナーの本棚のほうに曲がっていく途中、結人は振り向いた。
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