18. 風を防ぐ方法
昨日は一日中砂嵐が王都を襲っていたから、夜まで魔法の勉強をしていた。
使える魔法が増えるようになることは素直に喜びたいが、そのための手段がかなり大変だ。
見ているだけで頭の痛くなりそうな魔法式から、魔道具を作るために必要な魔法陣に、適性が無い属性の魔法を使う練習。
適性がある水魔法と違って、丸一日頑張っても使えるようにならなかったから、投げ出したくなった。
しかし、それでは真剣に教えてくれているソフィアに申し訳ないから、習得出来るまで嵐の日の日課にしようと決めている。
そして今日は穏やかな晴れだ。
帝国では春の今なら過ごしやすいように見える陽気でも、ここは砂漠の奥深く。外に出れば灼熱の太陽が襲い掛かってくる。
油断すれば倒れてしまうから、いつものように万全の準備をしてから外に出た。
「実験用の水田はこの辺りに作りたいんだけど、良いかな?」
「ちょっと待ってね。
お庭はお母さんに聞かなきゃ怒られてしまうの」
「急でごめん。お願いしても良いかな?」
「ええ、もちろんよ」
……しかし、外に居たのは僅か数十秒。
僕達は家の中に戻って、王妃様に庭をいじる許可を貰いに向かった。
庭は王妃様が管理していることは知っていたけど、今は何もないただの砂地だから許可は貰えるだろう。
そう高を括っていたら、反ってきた答えに戸惑うことになってしまった。
「お母さん、レインさんがお庭に小さい水田を作りたいと言っているの。
少しだけ借りても良いかしら?」
「構わないけれど、条件があるわ。
その水田作りの様子を私に見せて欲しいの」
「レイン、見せても大丈夫?」
「僕は気にしないよ」
庭を使えないと困るから返事はすぐに口にしたが、目的が分からない。
その気は無いが、僕がソフィアを狙っていると思われているのだろうか?
ソフィアの父の性格を考えたら、母も似た性格でも不思議では無いが……。
と、とにかく怪しまれないように振舞わないと取り返しのつかないことになりそうだ、
「それなら、自由に使ってもらって構わないわ。
ただ……私も畑を作ってみたいから、場所は空けておいて貰えるかしら?」
「分かりました! ありがとうございます」
礼をしてから再び庭に出て、絶対に溶けない氷の棒で水田にする場所を決めるための線を引いていく。
風が強い日は砂地に跡が残らないが、穏やかな風が吹いている今は問題なく目印としての役目を果たしてくれている。
「この範囲を水田にしたいんですけど、大丈夫ですか?」
「思っていたよりも小さいのですね。
問題ありませんわ」
最初に思い付いた範囲は自由に使えるようだから、まずはソフィアにお願いして地面を一段掘り下げてもらう。
そして水魔法で囲いをした中に入ってもらうと、視界を覆いつくさんばかりの閃光が迸り、直後には赤く光る砂が残った。
「いつもありがとう」
「どういたしまして。
こちらこそ、水魔法をありがとう」
「どういたしまして」
そんな言葉を交わしながら、水が流れ出ないような土台を固めていく。
この作業は指を動かすのと同じくらいに容易だから、暇つぶしに雑談をしていても失敗はしない。
「今の光って……。
ソフィア、いつからこんなに強力な光魔法が使えるようになったの?」
「光魔法じゃなくて、火魔法なの」
「火魔法!?
なんてものを使っているの!?」
よほど慌てているのか、王妃様は息を詰まらせてしまったらしい。
「落ち着いてください。
大丈夫ですか……?」
とっさに声をかけると幸いにも落ち着きを取り戻してくれたが、代わりに絶望したような表情を覗かせていた。
ソフィアの火魔法は、水魔法で囲っていなかったらこの王都を火球で覆いつくすくらいの威力はあるはずだ。王妃様はその光景を想像したのだろう。
「お母さん、レインさんの魔法と一緒に使えば大丈夫だって分かったの。
だから心配しないで?」
「……あら、本当ね。
取り乱してしまって申し訳ないわ」
……と、ひと騒ぎあったものの、作業は順調に進んでいる。
溶けていた砂が冷えて固まった後は、僕の実家の領地にある土と同じもの内側に敷き詰めていく。
本来なら乾燥している場所では麦を育てた方が良いのかもしれないけど、コメだけを育てている土地で育った僕には麦のことなんて何も分からない。
勉強するにしても詳しい人を呼ぶ必要があるけど、砂漠と知ったら拒否されるに違いないから、まずは自分の知識で戦うようにしているんだよね。
麦が乾燥に強いとは言っても、限度がある。
コメなら水田から蒸発した水のお陰で乾燥が和らげられるはずだから、乾燥対策だけならガラスで囲う必要は無いかもしれない。
しかし砂が入ってしまえば土が悪くなるし、砂嵐では傷がついて枯れる原因になるだろう。
かといって完全にガラスで覆ったままだと湿気で腐りそうだから、実験用の物には一工夫することにした。
「鉄、結構集まったんだね」
「みんなが快く受け入れてくれたお陰なの」
「鉄をくれた人たちには、最初にコメをプレゼントしたいね。
水のお礼と言っていたけど、コメ栽培の立役者になるんだから」
「ええ、私もそのつもりよ」
話しながら、再び閃光が走る。
今回は鉄を少しだけ溶かして、窓枠を作るための型に流し込んでいく。
そして冷え固まると、鎧戸に似た見た目の窓が出来上がった。
これなら風を通しつつも砂が入らないように出来るはずだ。
「水魔法で鎧戸も作れるのね!?」
「鎧戸なんて、薄い木を組み合わせないと出来ないから高級品なのに……こんなに簡単に出来てしまうのね」
最初にソフィアが驚いた声を上げ、続けて王妃様も頭を抱えながら呟いていた。
だから、この鎧戸の本来の役目を見せていいのか、戸惑う。
「これ、ただの鎧戸じゃないんだ。
この取手をこっちに引っ張りながら、この棒を持ち上げてみて」
「こんな感じで良いの?」
「うん、合ってるよ。
そのまま棒の方を動かしてみて」
「これ、開くのね!」
「これなら風を調節出来るから、湿気が多すぎて腐らないように対策出来るんだ」
「すごいわ! レインはやっぱり天才だと思うの!」
思い付きだったから失敗すると思っていた。
でも、無事に成功したおかげで、ソフィアと王妃様が何度も開け閉めしては頬を緩ませている。
どうやら気に入ってくれたみたいだ。
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