15. 水を流したので

 翌朝。いつも通りの朝を迎えた僕は、さっそく蛇口を付ける作業を始めた。

 地面に埋める管にしっかり嵌めこむために、まずは金属の管をソフィアに温めてもらう。


 それが終われば、温めておいた水魔法を操って、管を付けていく。

 こうしている間にも様子を見に来る人は後を絶たない。


「水魔法使いさん、毎日ありがとうございます。

 これ、差し入れです」


「ありがとうございます。

 休憩するときに頂きます」


 中にはこんな風に差し入れをしてくれる人もいる。

 でも、生活に余裕がない人のほうが多いから、手を貸そうという人はまだ現れていない。


 ちなみに、水道の管そのものは大きな通りにしか作れていない。

 いくら栄えていない国といっても、この町はそれなりの広さがあるから、すべてに張り巡らせるのは僕とソフィアだけの力では無理だと思う。


 ソフィアからお願いされているのも農業によって食糧事情を解決することだから、水道は後回しにしないと手が回らないんだよね……。

 管そのものは簡単に枝分かれさせられるように作ってあるから、人手と材料さえ集まれば僕達が関わらなくても王都を巡らせられるようになるはずだ。




 今は作業を始めてから一時間以上が経っていて、すっかり日差しが強くなってきている。

 始めたばかりの時は涼しかったが、今はカラカラとした暑さが襲ってきている。


 それでも帝国の不快な蒸し暑さとは違って、日除けがあれば耐えられる。

 飲み水も魔法を使えばすぐに手に入るから、気分が悪くなるような状況にもならない。


「思っていたより簡単に出来るのね」


「最近は効率が求められているからね。この方が水漏れも起こらないから、確実なんだ」


 蛇口と一緒に仕入れてもらっていた道具のお陰もあって、この作業はソフィアも楽々とこなしている。


「王女様のことを馬鹿にするつもりはないが、あの細腕で付けても大丈夫なんですか?

 水魔法使い様は鍛えられていると分かりますが……」


「手で外してみても、全く動かないと思いますよ。

 心配なら試してみてください」


 この人の言うことは事実で、心配になる気持ちも分かる。

 砂漠では水の一滴は血の一滴よりも貴重だから、万が一外れてしまって水が噴き出すような事態になれば大問題だ。


 そして、ここデザイア王国では華奢な体格の女性が好まれるらしく、ソフィアくらいの年の人は特に体型を気にしているらしい。

 もっとも太ってしまう程の食事は餓死を覚悟しないと出来ないことだから、帝国の貴族に多かった樽のような体型の人はデザイア王国で見たことがない。


 帝国では細身だと言われていた僕が体格の良い男と言われるほど、この国の食糧事情は深刻だ。

 餓死者が出ずに済んでいる時点で奇跡だが、国王によれば遊牧民が戻ってきた瞬間に崩壊してしまうらしい。


 だから何としても農業を成功させないといけない。


「水源に行って水を出してくる」


「私も見に行っていいかしら?」


「もちろん。

 ソフィアにもやり方を教えたいから、来てくれた方が助かるよ」


「私に回せるかしら?」


「順番さえ覚えれば、子供でも出来るから心配しないで」


 水道に何か起きた時は信頼出来る人が栓を閉めて水を止められるようにしておかないと、被害が広がってしまう。

 このあたりは水はけが良いから問題にならないかもしれないけど、水浸しになったり家が壊れたりすることもあるからだ。


 だから、王国の政治にかかわる人にやり方を教えて、そこから広めてもらう方がいい結果になるだろう。

 水は命に関わることだから、国に任せた方が絶対に良い。


 そんなわけで、ソフィアと共に水源にたどり着いた僕は、栓が回らないように固定している縄をほどいてから、ゆっくりと回していった。


「回す向きは書いてあるから、分からなくなったら見てほしい」


「分かったわ。

 私も動かしていいかしら?」


「うん。あまり勢いよく回すと壊れるから、ゆっくり回して」


「こんな感じ……?」


「もう少し早くてもいいよ。

 固くなったら止めてね」


 栓が開くにつれて、水の流れる気配を感じる。

 問題なく完成したようだ。


 蛇口の方はすべて全開にしてあるから、空気が抜ければ勢いよく水が出てくるだろう。


「今はそれくらいで大丈夫だよ。

蛇口を見に行こう」


「ええ。

 どんな風に出てくるのか楽しみだわ」


 水道は基本的に家のまで伸ばすものだから、人探しに来ていたソフィアが見る機会は無かったらしく、声色から本当に楽しみにしていると分かる。

僕はというと、成功しているのか気になって仕方がない。当然のように緊張もしているから、早く結果を知りたいという気持ちでいっぱいだった。


 だから結果を早く見るために、足場が悪い砂の上に氷を作って、滑り降りるようにして王都の中へと急く。


「これ、危なくないの?」


「大丈夫。座っていれば転ばないから!」


「速すぎるよ……!」


 坂がある場所でしか使えない方法だけど、こうすれば馬車が無くてもすぐに目的の場所に辿り着ける。

 でも、慣れないソフィアには刺激が強すぎたらしく、小さな悲鳴が耳に入ってきた。

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