8. 砂漠の国一番の町

 翌朝。重たい瞼を持ち上げた僕は、背中が妙に温かいことに気付いた。

 少し前に出てから後ろを見ると、小さく寝息を立てているソフィアの姿が目に入る。


 どうやら僕は抱き枕代わりになっていたらしい。

 気持ちよさそうに寝ているところを起こすのは悪い気がするから、ゆっくりと荷台から這い出る。


 それから朝食の準備を始めることに決めた。


 準備と言っても、パンの間に野菜と肉を挟むだけだが、崩れないように挟み込むのは中々手間がかかる。

 そうしていると、馬車の荷台の方から物音が聞こえて来た。


「あれ……レインは……?」


「おはよう、ソフィア。先に準備してるよ」


「ありがとう……」


 短い言葉を交わしている間にサンドイッチが出来たから、昨日のうちに洗っておいた食器の上に並べていく。

 そうして昨晩と同じように話をしながら食べ終わると、僕たちは御者台に乗り込んだ。


「王都にはどれくらいで着くのか分かる?」


「今日中に着くと思うわ」


「分かった」


 馬車を引いているラクダは今日も力強い足音を立てながら進んでいく。

 しかし、太陽が高く上がると問題が起きてしまった。


「風が強くなってきたから、一旦止まるわ」


「分かった」


 まだ大丈夫だが、これ以上酷くなると砂嵐で目を開けられなくなるだろう。

 ラクダは大丈夫らしいけど、僕達人間の目はそんなに丈夫じゃない。


「砂だけなら、こんな風に水を平らにすると目を守れるけど、他にも理由があるの?」


「水魔法は形を維持するのにも魔力を使うと聞いたことがあるのだけど、一日中そうしていても大丈夫なのかしら?」


「形をとどめるだけなら大した魔力は使わないから、問題無いよ」


 僕の水魔法は、水を生み出す時に一番魔力を消費する。

 それ以外……例えば水を動かすだけなら、自然に回復する魔力量よりも少ない消費で済むから、集中力が続く限りは使い続けることが出来る。


 他の人がどれくらい魔力を使うのか分からないけど、これを出来ていても元居たパーティーでは無能扱いだったから、そういう事なのだろう。

 決して自慢できるような力ではないのは確かだ。


「それならお願いしても良いかしら? 御者台を囲ってくれると嬉しいわ」


「分かった。こんな感じで良いかな?」


 水を窓ガラスのように形を変えて、御者台に砂が入り込まないように動かす。

 すると砂はもちろんのこと、風も防げるようになったから、目が乾くことも無くなった。


 水魔法の覆いに付いてしまう砂も、水を薄く動かせば取り除けるから快適に出来る。

 ガラスと違ってラクダを操るための縄をすり抜けさせているから、馬車の動きにも問題は無さそうだ。


「こんな使い方も出来るのね……!

 本当にすごいわ!」


「役に立てて良かったよ」


 楽しめるような景色ではないけど、こうしていれば周りの様子も見えるから、魔物が出てきても問題無いだろう。


 もっとも、砂漠で見かけるのは野生のラクダだけだ。

 魔物は食べつくされているのか、気配すらしていない。


 お陰で順調に進むことが出来て、昼食と数度の休憩を経て、王都という場所が見えてきた。


「あれが王都よ」


「建物は砂と同じ色なんだね」


「砂を固めて作っているから、同じ色になってしまうの」


 影のお陰で建物だと分かるが街並みは、近付くにつれて存在感を増している。

 今も砂嵐は続いているからか、人影は見えないが、建物の数を見ればそこそこに栄えていることが分かる。


 そして、僕達乗っている馬車の真下、地面の下の方から大量の水の気配を感じる。

 オアシスは、この地下水脈が溢れて出来ていると分かった。


「オアシス、思っていたよりも大きいんだね。驚いたよ」


「ええ。あのオアシスにはいつも助けられているわ」


 これだけの水があれば、水田を作っても余裕がるように思える。

 地下水は帝国の方向に流れているようだから、汲み上げすぎても枯れることも無いだろう。


「これだけ近いと便利不便は無さそうだね。

 農業をするとなると足りないかもしれないけど」


「それだけじゃないわ。

 水を撒いても、砂のせいですぐに消えてしまうの」


 そんな会話をしている間に、平らに整地されている場所が目に入る。

 まるで畑のように区画分けもされているから、ここを活用すれば手間を減らせるかもしれない。


「畑を作る時は、この辺りの土地を使っても良いのかな?」


「ええ。でも、この辺りはすごく水はけが良いから、農業には向かないと思うわ」


「そのままだと無理だと思う。

 でも、ソフィアの魔法で砂を石に帰られたら、水を貯められると思うんだ」


「これだけ広いと大変そうね……」


「そうだね。

でも、僕も出来るだけ広い範囲を覆えるように頑張るよ」


 そんな話をしている間に馬車は町の中心に差し掛かったようで、この辺りで一番高さのある建物の前に止まった。

 ここがソフィアが暮らしている家のようだ。

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