7. 砂漠の自殺行為
あの後は僕が薪に火をつけてから、夕飯にすることになった。
ソフィアが買い込んでいたのは食材だけだったようで、ここで肉や野菜を焼いて食べている。
帝国では農業が盛んに行われていたお陰で、どれも馴染みのあるものだ。
男爵家という平民に毛が生えただけの地位の家だったから、高位貴族と違って料理を手伝わされたこともよくあった。
だから、こういう状況でも困ることは無い。
水が豊富にある地域の水田でしか作ることが出来ないと言われているコメの炊き方から、オレンジ色や緑色、黄緑色の野菜の切り方も頭に入っている。
「レインは物知りね」
「これくらいなら、帝国の平民は誰でも知っているよ」
「逆に貴族になると知らないのね」
「貴族は基本的に自分で料理なんてしないからな。
ソフィアの家も、料理は料理人の役目だよね?」
「料理はお母様がしているわ。使用人達の仕事は、オアシスから水を汲んでくることと、家の掃除と洗濯くらいだわ」
どうやらデザイア王国では、水を得るために人手を入れないと回らないらしい。
王都というのはオアシス……湧き水が出てくる場所の近くにあるみたいだから、命懸けではないと思う。
しかし、王国の事情は帝国とはかなり違うらしい。
「そうなんだ。
帝国とは少し違うみたいだ」
「環境が違うのだから、当然だと思うわ」
言葉を交わしている間に肉が食べられそうな色に変わり、香ばしい香りを上らせ始める。
中まで火を通さないとお腹を壊すことになるから、もう少し待ってからお皿に移す。
味付けは……シンプルに塩だけだ。
コショウやタレは高級品だから、中々手が出せないからね。
塩なら帝都の近くにある海から水だけを抜けば、簡単に作れるから困らなかったが、帝国ならどこで買ってもタダ同然の値段で売っている。
ソフィアも塩だけは安く売っている帝都で買うようにしているらしく、荷台に大量に置いてあったから、今回はそれを使っている。
「「いただきます」」
食前の挨拶はデザイア王国も同じらしく、僕とソフィアの声が重なる。
早速、ほくほくと湯気を上らせている肉に噛り付くと、丁度良い塩味が口の中に広がる。
久々だったから自身が無かったけど、上手く出来ているみたいだ。
「塩だけでこんなに美味しくなるのね」
「今回は大成功だったみたいだ。
普段はここまで美味しく出来ない」
「それでも凄いわ! 作ってくれてありがとう」
炎を思わせる紅い瞳を輝かせながら、肉に噛り付くソフィアの姿は見ているだけで癒される。
貴族のお嬢様はマナーマナーと口うるさく教育されているせいで、小さく切り分けてから少しずつ食べるのが当たり前だけど、こうして勢いよく食べてくれた方が作り甲斐もあるというものだ。
しかし、心配することもある。
焼きたての肉は、すごく熱い。
「火傷には気を付けて」
「私、火傷はしないから大丈夫よ」
「それは凄いな……」
水魔法使いは凍傷にならないけど、それと同じようなものらしい。
肉を食べ終えたら、焚火は消してから馬車の荷台に横になることになった。
少し硬いが、大きな板に柔らかい布を敷いているから、寝心地が悪い訳ではない。
覆いもしっかりあるから、砂に埋まる心配が無ければ、乾燥で喉がやられることも無いだろう。
しかし、問題は別にある。
「どうしたの? 入らないの?」
「いや、女の子と一緒の場所で寝るのは躊躇うというか……」
「凍え死ぬわよ?」
当然だが、貴族では婚前交渉が禁忌とされている。
だから同年代の女性と同じ部屋に籠ることすら禁じられてきた。
馬車に同乗することは冒険者をやっていたから抵抗無かったけど、野宿の時はテントを分けていたから、こんな経験は初めてだ。
おまけに、ソフィアは控え目に言っても美少女。整った顔で不思議そうに首を傾げている様子は、油断していれば心を奪われかねない。
冒険者の野郎共が好きそうなボンキュボンな体格ではないが、本来は貴族の僕にとっては……好ましいと思える。
だからといって何かをするわけではないが、普通に恥ずかしい。
「えっと、過ちが起きないように僕は御者台で寝るよ」
「私、婚約者なんて居ないから、過ちが起きても大丈夫よ?
……砂漠の真ん中では自殺行為だけれど」
過ちというのは言い訳だが、ソフィアは僕に向かって「お前は砂漠の真ん中で死を選ぶ愚か者なのか?」と暗に問いかけているようだ。
断れば認めることになり、受け入れれば羞恥心で死ねる。
「分かった。一緒に寝るよ」
……無言の圧に耐えられなかった僕は、ソフィアの隣に身体を横にした。
距離は出来るだけ開けるようにして。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
眠る直前の挨拶を返すと、すぐにスヤスヤと眠るソフィアの寝息が聞こえて来た。
寝つきは良い方らしい。
僕も割とすぐに寝れる方なんだけど……眠気は襲ってこなかった。
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