第17話

 襲撃当日。

 準備を整え、ジャンクがアジトにしている三階建てのアパートに向けて出発。

 潜入班が一番多くて五人、見張りが四隅なので四人、援護は私を含めて三人の、合計十人での作戦だ。


 二台の馬車で移動し、アジトからワンブロック離れた場所で下車。

 そこからの彼らの連携が素晴らしかった。

 一言も喋らず、軽く指でイチ・ニ・サンで指示し、みんな即座に配置につく。

 出発前にスネイルが「お嬢は見てるだけでいいぜ」なんてフカしていたけれど、あれは本当に自信があったからこその発言だったようだ。


「お嬢、全員配置につきました。いつでも可能です」

「分かったわ。それじゃあ早速始めて頂戴」


 これをどう伝達するのかワクワクしていたら、なんとも普通に手を振るだけ。

 しかし次の瞬間には、ジャンクがアジトにしている三階建てアパートがパーティ会場に早変わり。

 光り玉ミラーボールが激しく輝き、イカレた男たちDJ悲鳴スクラッチで会場は大盛り上がり!


「あはは! これは想像以上に精神的ダメージが大きいわね!」


 窓に打ち付けられている板のおかげで、外に漏れる光や音が想定よりも少ない。

 これは持ってきた光り玉全部消費できちゃうかも。

 なんて思っていたら見張りが一人帰ってきた。


「婆さんが一人出て行った。ありゃ通報されるぞ」

「盛り上がりはこれからだってのに、ずいぶんなせっかちさんもいたものね。

 まあいいわ。挨拶は済んだから、今日はこれで撤収よ」


 本当ならばあと五分は粘りたいところだけれど、無理は出来ない。

 アパート前に馬車をつけ、素早く撤収。

 と思ったら三階にこちらに向かって叫ぶ眼鏡の男がいる。

 ――ふふっ、それいいわね。

 去り際、私はディータの提案通り眼鏡の男に向かって投げキッス。

 さてさて、彼はどんなリアクションを返してくれるのかな?


 アジトに帰還後、人数確認も兼ねて食堂に集まる。


「潜入班、全員無傷だ」

「見張りと援護役も全員いる」

「良かった。みんな、まずは一日目お疲れ様。

 この後はジャンク側のリアクション待ちなのだけれど、良い返事を貰えない場合はこれを何度も繰り返すことになる。そしてその度にあちらの警戒度も上がる。

 だから現時点で懸念点のある人は、今のうちに報告して頂戴」


 まず見張りからは、一人でもいいので自由に動ける人員が欲しいとのこと。

 これは見ていて私も思ったから採用。

 援護役は今回は何もしなかったので、何もなし。

 潜入班からは何かあるかな?


「懸念ってわけじゃねーんだけど、奴らほとんどが床で寝てたな。ベッドを使えるのはジャンクの親衛隊だけって感じだった」

「付いてきた臣下に自ら不満を与えるだなんて、為政者として失格ね。

 情報ありがとう。他には?」

「そういや見慣れない奴がベッドで寝てたな。なんか身なりが他よりも良かった」

「どこで寝ていた人?」

「三階だ。ジャンクの二つ隣の個室」


 ジャンク陣営と見て間違いない。

 けれど彼らが知らない人物というのが腑に落ちない。まして身なりが良いとなればなおさら。


「――パトロン?」


 ディータがそう断言している。

 でなければジャンクが離反する理由に乏しいと。

 しかしパトロンがあんな場所で寝るはずがないので、おそらくはパトロンが用意した連絡役だろう。


 じゃあ何故パトロンはジャンクに夜鷹の爪からの離反を指示した?

 夜鷹の爪の弱体化が狙いか、あるいはジャンク自身を引き抜きたかったから?

 ……答えが見えない時は、視点を変えて考える。

 私たちがいなくなって最も得をするのは……領主のトーナ・スホル。

 だけど領主だとしたら、ジャンクを離反させるなんていう回りくどい方法を使う必要がない。

 ジャンクと接触し、連絡役まで用意できる時点で、憲兵を引き連れてアジトに乗り込んでくれば済む話だからだ。


 となると、選択肢は一つしかなくなる。

 お父様の遺したこの【夜鷹の爪】を目の上のこぶに思い、そして大型窃盗の専門チームであるジャンクたちを制御する必要のある人物。


「……ふふっ、絶対に貴方を手に入れたくなってしまったわ」

「お、お嬢が怖い顔してる……」

「失礼ね。喜んでいるのよ」


 マルーイの元部下と釣られて離反した一部が帰ってくれば、ジャンクたちは放置しても構わないと思っていた。

 だけれど今は、絶対に貴方を取り戻す。

 ……たとえ、荒事を起こしたとしても。


 翌朝。


「お嬢、ウバートが来たぞ」

「入って頂戴」


 襲撃が真夜中の出来事だったおかげで、ちょっとだけ寝不足。

 ――あちらを寝不足にする前に私が寝不足になっては元も子もない?

 確かに。

 これが終わったらお昼寝しようかな。


「デイリヒータお嬢様、本日もご機嫌うるわ……わぁ!?」

「なによ、人の顔を見て声を上げるだなんて失礼ね」

「でもでも、だって、その髪!」

「髪? ああ、切ったの。決意の証としてね」


 そうか、ウバートは私が決意表明の場で断髪したことを知らないんだった。

 ちなみに私は首筋に髪の毛が当たるのが苦手なので、今はうなじが見えるほどのショートカットにしてある。

 そして伸びてきたら結んでポニーテールにでもして、最後はロングに戻る予定。


「これは想定外。というか改めて冷静に見ると、お嬢様の男装が意外と堂に入っていて似合っている……」


 たぶんそれは私の影響だ。

 ディータはあくまでも女性らしい煌びやかな服がいいはず。

 ――え、そうでもないの? こっちのほうが楽で結構気に入ってる?

 そ、そうなんだ。


「こっちも想定外……。

 それでウバート、わざわざ私の髪に驚きに来たわけではないのでしょう?」

「あ、そうでした。

 本日の用件なのですが、端的に申し上げまして、恩を売りに参りました」

「あら、喧嘩ならば買ったのに」

「はっはっはっ」


 お互い冗談だと分かっているからこその軽口。


「それで具体的には何を?」

「私は奴隷商ですよ? となれば答えは一つだけでございましょう?」

「……人を売りに来たと」

「ええ。その後半数ほどが組織を抜けたとの情報が私の耳にも届きまして。

 そこで、今後十年二十年を見据えるのであればこれはむしろ好機!

 今の段階から、お嬢様に忠実な部下を作り上げてはどうかと思い、売り込みに参上した次第です」


 ……ウバートにはそのことを話していない。

 今ならば冷静さを保ってくれそうだし、大丈夫か。

 後ろでウバートを監視している構成員を下がらせ、二人だけの空間を作る。

 私の雰囲気が変わったことに、ウバートも警戒を強める。


「ウバート、ここからの話は口外禁止よ。もしも貴方の口から漏れたと知れたのならば、どのような手を使ってでも首を落としに行くわ」

「……承知いたしました」


 ごくりと唾をのむウバート。

 そしてあの話、魔王復活にこの世界の正体、私のことも話す。

 ウバートは、さすがは奴隷商。

 肝の座り方が段違いで、これらの信じられない話たちも、しっかりと自分なりにかみ砕いて飲み込んでみせる。


「まさか我々の住むこの世界が、人の手による作り物だとは……。

 しかしそう言われてみれば、過去の歴史にはどうも説明のつかない違和感と言いますか、繋がりに不自然さを覚える部分も……」

「今考えなければならないのは過去ではなく未来。魔王の手により世界が滅ぶまであと一年という部分よ。

 私は悪に手を染めてでもこの世界滅亡を阻止する。

 そして無事に世界滅亡が回避されたその時は、自らボスの座から降りるのよ。

 だから貴方の言ったような十年以上の長期計画は無駄骨に終わるわ。

 とはいえその気持ちは、ありがたく受け取らせていただくけれどね」

「むぅ……」

「それに離反した者たちを呼び戻す作戦も、既に始まっている。

 成果は……さっそく出たようね」


 丁寧にドアをノックし、クロウに連れられて八名の見知らぬ男たちがやってきた。

 それぞれ私の顔を直視できないようで、目線が泳いでいる。

 おかげでその心の内がまる分かりだ。


「話の最中にすまん。買い物に出ていた奴らが帰ってきた」

「ふふっ、買い物ね。だったら当然、成果はあるのでしょう?」

「……ジャンクとつるんでる外部の奴、ありゃあ貴族からの使者だ。

 貴族の名前は確か、ディロスなんとか様って言ってた」

「【ディロス・ヴァン・デシムラット伯爵】でしょ?」

「あ、ああ。そうだ、確かにそうだ。間違いねぇ」

「やっぱり」


 そうだろうとは思っていたけれど、これで証言が取れた。

 おかげで町の掌握に一気に近づけた。


「お買い物ご苦労様。下がっていいわよ」

「え、あの、オレらの処分は……?」

「買い物に出ていただけなのでしょう? それとも私が他人の買い物に口を出すように見えるのかしら?

 分かったら、これからよろしくね」


 八名は私の柔らかな笑顔に一瞬沈黙した後、「よろしくお願いします!」と大きな声で返してくれた。

 この八名は、たとえ処分があるとしてもジャンクではなく私……ではなくクロウを選んだ。

 そのうえでクロウが買い物だと言い張るのであれば、彼の顔を立てるためにも、そして私への忠誠心を植え付ける意味でも、処分をしないというのが最も有益かつ最善の選択なのだ。


「それじゃあ俺は奴らと他の連中が喧嘩しないように監視してるよ」

「ありがとう」


 気を使ってさっさと部屋から出ていくクロウ。


「さてウバート、話の続きだけれど」

「……つまり私に課せられたのは、即戦力の収集。そういうことですね?」

「えっ? うーん……確かに即戦力は欲しいけれど」

「なればこうしてはいられませんので、私はこれにて失礼いたします!」

「ちょ、ちょっと!? って行っちゃった……」


 【このにを】のウバートは名前ありのモブで、その性格もよく分からなかった。

 それが、実際に生きている彼は張り切り屋というか、かわいいおじさん枠。

 やはり本物は違うなと思う私なのであった。



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