第9話 現実感の無い異世界チート
「ブハッ!ブハハハハハハ!!見たか?人間は、メスを狙えばこうなる。お前達、見たか?メスは交尾するから大事。でも強い奴には武器か盾に使う。強さを見極める大事。いいか?」
血みどろになった金髪の女の子と、一塊になって吹き飛んだザインは壁に寄り掛かったようにして座り込んでいて動かない。でも、息はありそうだ。多分、アイシャって名前の金髪の女の子も。
「隊長!!交尾していいか!?」
オークの一匹が、座り込んだザインの仲間を前に興奮を隠さず何なら突っ張った股間も隠さずに口を挟んだ。股間を覆ってるのはふんどし?みたいな布の下着だ。
「俺の話聞け!!」
「ブゴッフ!」
ゴンッと、小隊長の拳が部下らしいオークの頭に打ちおろされるが、明らかに手加減されていて、部下は甘えるように笑っていた。
ああ、そうか現場で研修してるんだ。そういう文化がこいつらにもあるんだな。
「お前、あいつ見ろ。メス武器にするか?」
俺の事を指さして部下に聞いている。あ、今度は俺で研修ですか?
「……あいつ、弱い。メス使わない」
部下は真面目に俺を品定めしたらしい。そうか、交尾はしたいが根は真面目か。どこを見てそう思ったのか聞きたいが、まあザインと比べたら強さは感じないだろうな。
「そうだ。いいか?こいつ小さい、鎧ない、細い。シーフ、アーチャー、
ずん、と地面から振動が伝わる。小隊長が近づいてきている。逃げるべきだとどこかで理解しているのに、体は動かなかった。現実感が無い。
明らかに恐怖を感じるべき場面で恐怖が湧かない。あれか、これが本気の現実逃避ってやつなのか。正直、占いの責任取らされる方がよっぽど怖かった。
「こいつは、拳で十分」
大きく振りかぶって、殴りかかってくる小隊長。体重を十分かけた拳は、きっと俺を天井か壁まで吹き飛ばすだろうと思う。
それは嫌だなぁ。
そう思った瞬間――――――――――何も、起きなかった。
「ん?」
思わず目を疑って、目の前に迫った小隊長の拳をしげしげと見つめてしまう。
よく見れば細かい傷がたくさんついていて、皮膚もひび割れが多い。歴戦の戦士を感じさせる、味方だったらさぞ頼りになる拳だろうなと思う。ザインの言い方だと好色なオークって感じだったが、さっきの研修する様子も含めて結構優秀な戦士なんじゃないかって思えてきた。
その拳が、何故か俺の眼前で寸止めされていた。
いや、どう考えても寸止めできる勢いじゃありませんでしたよね?って思うんだけど、妙に納得している自分もいる。まるで、そうなるのが当然のように。
「隊長?どうした?」
ほら、変な事してるから部下が心配してるぞ小隊長さん。いや、目の前拳でいっぱいだから様子は見えないんだけど。っていうか手でかいなオーク。
「ググ……グウウウゥゥゥ!!」
目の前の拳に更に圧が加わったような気がする。ミチとかメキとか、拳を握りしめすぎて中で筋肉が切れてるような音もする。
それでも拳は全く進まなかった。どんな顔をしてるのか気になってひょいと拳を避けると、バランスを崩したオークの小隊長の体がそのままこっちに倒れ込んでくるのが見えた。
「おわぁ」
我ながら間抜けが声が出た。
けど、やっぱり何も起きなかった。というか、どう考えても俺の体重の何倍もありそうなオークの体が完全に俺に覆いかぶさるような形で倒れ込んでいるのに、その重さを感じる事もなく俺は直立不動だった。
それはそうと、オーク獣臭いな。でも微妙に石鹸っぽい匂いするのが余計に気になる。
俺に支えられる形になったオークの小隊長の顔が、ゆっくりと俺の顔に向き直る。
その顔は、理解できない脅威に対する恐怖で歪んでいた。
「ブギィッ!?」
うるさっ!?いきなり大声で鳴くなこの野郎!!
突然声を上げたオークの小隊長の顔を、俺は反射的に左手で引っぱたいてしまった。
次の瞬間、何の手ごたえもなく、何の音もなく、オークの小隊長は宙を舞っていた。
――――――は?
\_,、_人_,、_人_ 、_/
≫ ボギャァ ≪
/⌒'Y⌒Y⌒Y`⌒\
さっきザインが壁に激突した時のような、金属と生ものの塊が叩きつけられるような音がして、オークの小隊長は壁に頭から突っ込んでいた。骨の折れる音も聞こえた気がする。
よく見ると頭と壁の間に太い両腕が挟まっていて、その腕が変な方向に曲がっているのが見えた。あの一瞬で頭を庇ったのか。すごいな。
「隊長ッ!?ウォ……ウゴォォオオオオオ!!!」
恐怖と興奮と奮起を燃料に、足をもつれさせながらさっき頭を殴られたオークが俺に向かって突撃してきた。その右手には大きな石の棍棒が握られていて、弧を描いて俺の頭に振り下ろされるところだった。
ここまでわけも分からず無傷だったけど、石はさすがに痛そうだぞ!?痛そうな見た目してるし!
「や、やめろ!」
やめるわけもないのに、口から言葉が漏れた。
\_,、_人_,、_人_,、_/
≫ バ ギ ン ≪
/⌒'Y⌒Y⌒Y⌒ `⌒\
またもや聞いた事の無い音がして、棍棒ががまるで反射されたかのように弾き飛ばされ、それに引っ張られるようにオークの体もあお向けに回転し、床に倒れ込んだ。
ゴンッと、さっきの隊長から受けた拳よりも痛そうな音が頭からしていたが……あ、こいつは受け身取れなかったんだな。青い顔をして伸びている。
シ・・・ン・・・と、あれだけ騒がしかった部屋が沈黙に包まれた。
それは、恐怖と現実感が沁みこむまでの時間だったのかもしれない。
「「ブギッ!?ブギィィィィィィ!?」」
残る2体のオークの内、1体は小隊長に駆け寄り、もう1体は座り込んだザインの仲間を両脇に抱えようと手を伸ばした。
ザインの仲間の女の子たちは、まだ何が起きてるのか分からない様子でされるがままになっている。
―――この状況、よく分からないけど俺TEEEEって事でOK?きっと異世界転生にありがちなよく分からないチートなんだこれ。なら、俺にはこの状況をどうにかする力があるってことだ。
スイッチが切り替わる。優先順位はなんだ?敵を全滅させる事か?違うな。ザインと、ザインの仲間を無事に確保する事だ。
だったら、するべきことは1つ。女の子を抱えて逃げようとするあのオークから、女の子を傷つけずに取り戻す事。どうしたらいい?俺には何ができる?とりあえず近づく。
きっと異世界チートだったら、瞬時に近づく足の速さだってあるはずだ。そう、イメージした通りに足に力を込めて、ぐっと踏み込めば一瞬で……!
足元で床が弾け飛ぶ音がして、イメージ通り弾丸の如き速度でオークに肉迫した俺は、両手の手刀でオークが女を抱えた両腕の関節を狙った。
異世界チートだったら、このチョップで肉を裂き骨も絶てるはず。女達を傷つけることなく、この関節だけを切断する事だってきっと……!
「できるっっ!!」
そんな自己暗示をかけつつ、手刀を振り下ろす!
―――はい、上手にできました。できちゃいました。なんで?知るか。
音も出ずにずるっと腕が間接から離れていくのが見える。断面が綺麗で美味しそう。オークって焼いたら美味いのかな?
「プギィィイイイイイ……!」
両腕を切り離されたオークはショックで気絶したのか、そのままうつぶせに倒れた。ザインの仲間2人はその場で解放され、しりもちをついていた。その腰に、オークの太い腕がくっついたままなのがシュールだ。
もう1人のザインの仲間は、まだ呆然としてこっちを見ていた。その奥で、オークの1人が小隊長を助け起こそうとしているのが見えた。
……全滅させた方がいいのか?いや、それは目的じゃないな。
腕を無くしたオークの足を右手で掴んで引きずる。不思議な程軽かった。異世界チートって、どうなってるんだ?これじゃまるで、明晰夢みたいだぞ。
左手に頭を打ち付けて倒れたオークの足を掴む。
オーク2体を軽々と引きずって歩く俺って、どう見えてるんだろうな?スーパーマンみたいな?
いや、恐怖の大魔王みたいなものか。今まさに近づかれてるオークの小隊長からすれば。
その小隊長は、部下に支えられてフゴフゴと荒い息をしながら、俺を睨みつけていた。その目はまっすぐ俺に向けられていて、さっきの怯えた表情は消えていた。
「たた、隊長ッ……!」
「騒ぐな。刺激するな」
小隊長の低く響く声が、慌てて武器を取り出そうとした部下のオークを制止する。
こっちの出方を見てるのか。冷静だな。
俺に敵意がないのが分かってるのか?実際、このオーク2体を引きずってきたのは、あそこに置いておいたら目を覚まして何をしでかすか分からないからだ。単純に距離を取っておきたかった。
小隊長の前で引きずってきたオークを放す。さて、話し合いの時間だ。
「俺達どうする?望みあるのか?」
この小隊長、さっきもそうだったが頭が悪くない。殺さない理由を探って、生き延びようとしてるんだな。
「人間にとって価値のある物を、お前たちの命の値段分置いてってくれ。人間に効くポーションなら高めに対価として考えるから。持ってるんじゃないか?」
モンスター
命令しても良かったが、命令口調じゃなくてもこの小隊長は俺を甘く見たりはしないだろう。
「命の値段……なら、そいつ分引く。もう助からない」
小隊長が、両腕を切り落とされたオークを指さして言う。そういえば、両腕から勢いよく出ていた赤い血は大分勢いが弱くなっていた。
命を奪う事になるのかもしれないが、襲ってきたのはこいつらだから罪悪感は湧かない。というか、未だに現実感が湧かない。
「分かった。こいつの形見とかはいるのか?好きに持ってっていいぞ」
「……なら、牙もらう。おい」
「ゴクリ、わ、わかった」
部下オークの喉が鳴った。いつ俺の気が変わって殺されるかもしれないと思ってるんだろうな。逆の立場なら俺だってそう思いそうだ。
部下オークがナイフを取り出して瀕死の両腕無しオークから牙を切り落としているのを横目に、俺と小隊長は交渉を続けた。
「俺達宝持ち歩かない。宝、ここに隠した。ポーションある。全部やる。」
懐から血に濡れた地図を震える手で引っ張り出し、バツ印のついている部屋を指さした。この部屋の二つ隣の部屋だ。手が震えてるのは、腕が折れてるからだろうな。
「お前持ってる、かばん渡せ。殺される」
小隊長の命令に従って、慌てて部下オークが背中に背負ったリュックを降ろす。肩ひもが片方ちぎれているそれは、オークの体格からすると小さすぎ、元の持ち主の体格を想像させた。持ち主は女。ザインの仲間の持ち物だろう。
「返す。この中、ポーションある。割れてなければ」
……こいつ、マジで頭良いな。俺が部外者だって見抜いたな?元々のザインの仲間だって思ってるなら、返すだけで説明は十分だろうからな。
わざわざ、その中に俺が求めてるものがあると説明する。中を見た隙を狙って反撃を狙ってると考える事もできるが、俺に攻撃が効かない理由が分からない以上、それは愚策だ。
それより心証を良くしよう、信頼を得ようとする発言だ。計算高い。
「おい、そこのあんた達!ザインの仲間!動けるんだろう?ぼけっとしてないで、これ持って治療始めてくれ」
今の俺が投げて渡そうとするとどこまで飛んでくか分からないから、拾いに来てもらう事にした。加減はできる気はするけど保証が無いんだよな。
無事な内の1人、オークの腕がくっついてない唯一の女が頭をぶるぶると振って立ち上がった。黒いローブに身を包んだ黒髪黒瞳の女だ。ローブの先から見える足はほっそりとしていて、オークが選ばなかった理由が分かったような気がした。
イメージ通りなら、多分この女が黒魔女のネビルだろう。とはいえ、確証は持てないから今の所はネビル(仮)としておこう。
ネビル(仮)はよろよろと近づいて来て、リュックを空けると中から赤い液体の入った瓶を取り出した。そして、暗い目でオークの小隊長を睨みつけ、呟くように俺に尋ねた。
「殺さないの?なぜ?」
「話が通じる奴だと思ったからだ。おかげで、今治療できるんだろ?早くしてくれ。俺は使い方が分からない」
「……勝ったのはあなた。好きにすればいい。復讐されても……知らない」
そう呟いてネビル(仮)はよろよろと壁際で動かないザインの元へと歩いて行った。
治療できたのは結果論だが、この人間臭くて堂々としたオークの小隊長は殺すには惜しい気がしていた。この度胸、冷静さ、切り替えの早さ、本当の意味での誇り高さは個人的に好きな人種だからだ。
「名前、なんだ?」
その小隊長が俺に聞く。名前は正直教えたくないな。よく魔術でも名前を知られただけで呪えたりするって聞くし。ここは仮名でいくか。
「ヒコネだ」
ちなみに、名前の元は俺の名字が入ってる神様
「ヒコネ、覚えた。オークは、お前とお前の仲間狙わない。お前も、殺すな」
「向かってくるなら殺すぞ?」
「ブハッ、当たり前!ブフフッ」
小隊長は笑って見せた。要は、俺がヤバいと周知しておくから攻撃されない限りはオークを殺さないでくれと頼んでるわけだ。
別に戦いたいわけでも殺したいわけでもないから、言われなくてもそのつもりだったが、それでザインと仲間が狙われないならラッキーじゃないか?
その後、キツイ匂いの何かを嗅がされて飛び起きた石棍棒のオークと一緒に小隊長は部屋を出ていった。
部屋を出るまで見送ったあと、後ろを振り返るとザインと金髪の女の周りを3人の女が囲んで治療にあたっているのが見えた。
ひらひらとした、明らかに防御力の欠片もなさそうな服を来たオレンジ色の髪の女が何かぶつぶつと口にすると、その口から光る霧のようなものが流れ出て、仰向けに寝かされたザインと金髪の女の傷口を埋めていった。
多分、あれがこの世界の回復魔法ってやつなんだろうな。
部屋の唯一の入り口に立って時々近づいてくるモンスターを弾き返しながら、俺はこの世界の仕組みについて思いを馳せていた。
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