奴隷皇女は再び成り上がる
烏の人
第1話
なにもなくなった。災禍により、家は、国は焼き払われた。家族も、地位も何もかも。今までのツケが回ってきたんだと、幼い私は理解もできずにエリゴルの栄華は一代と続かなかった。
異国の言葉に三日天下と言うものがあるらしい。まさしく言えている。齢9つにしてそれを知った。瓦礫が散乱している。美しかったヴェルベトの町並みはもうどこにもない。
罵声が飛び交う道をひたすら走った。炎が何もかも焼き付くしていった。人々は皆口々に私たち一族への暴言を吐き続ける。
視界さえも、炎が覆った。
目が覚めた。あぁよかった。あんな地獄は二度とごめんだ。尤も、それ以上の地獄が今な訳だが。
「うなされてましたけど…大丈夫ですか?」
「えぇ、いつものことよ。」
もう、3年前の話になる。革命により私の一族が滅ぼされたのは。
「いつもの…。」
「他人の心配をするくらいなら、自分の心配をしたら?」
ここはそう言うところだ。私はあのあと、奴隷商人に捕まった。かつては一国の皇女だった者さえも、ここまで落ちぶれてしまえば自信も気力も失うものだ。何より私には何もない。力と呼べるものが何一つない。
「でも…。」
「あなたもここにいるってことは買い手がついてるんだろ?」
あと数刻もすれば奴隷商人が来て私たちは売り飛ばされる。ここはそのための牢屋である。今は恐らく商談でもしているのだろう。僅かに空いた扉の隙間から光が溢れている。
薄暗いこんな空間とはようやくおさらばできる。尤も、その先が更なる地獄であるのだが。
「まあ、そうですね…。」
「私たちが考えるべきなのは今後のことだ。」
自信も気力もない。それでも私には野心がある。もう一度成り上がってやる。そして、あの革命を覆す。もう一度取り返してやる。そして願わくば…。
「…なんか、静かになりましたね。」
私と一緒にいた少女が呟いた。なぜか緊張が走る。言われてみればそうだ。扉は少し空いている。先程までは確かに聞こえていた商談の声。
胸がざわめきたつ。
「下がって!!」
叫び声と同時に少女が身を乗り出す。
ほぼ同時に、扉をぶち破るような形でそれはこの部屋に転がり込んだ。いや、正確には投げ込まれたと言うのが正しい。
「これは…奴隷商人…。」
少女が呟く。思考は襲撃が来たと告げている。が、本能は助けが来たんだと浮かれている。馬鹿だ。明らかにこいつは気絶させられた上でこちらに投げ込まれた。助けな訳がない。
カツカツと足音を響かせながらその存在は姿を表す。タキシード姿。歳は5つ程離れていそうな青年。一見すれば、ただの人間。だが決定的な違いとして目の下に沿った七色に光を反射する結晶があった。そしてそれは、この世界において悪魔を意味するものである。
「っ…。」
先の威勢も、この存在の前ではうろたえて当然である。人の身。しかも剣も握ったことのないような素人が勝てる相手では到底ない。
「やはり、ここにおられましたか。」
こちらを向いた青年、もとい悪魔は私に向かいそう告げた。
「あ、あなたは…。」
「驚くのも無理は無いでしょう。何せ僕がエリゴルの名を授けたのは200年以上前のお話ですので。」
「エリゴル!?」
「…なぜその名を?」
私は、私自身がエリゴル家の人間であることを隠してきた。ばれれば処刑されるからに他ならない。だがこの悪魔は…知っている。その上で名を授けたと言った。
「時期にわかります。私の正体も含めね。何よりあなたが無事でよかった。」
そう言うと、その悪魔は鉄格子をいとも容易く素手で破壊した。そうして私の前で跪き、告げる。
「今一度、玉座を取り返しましょうぞ。我が君よ。」
と。
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