あなたはもう書かなくていいの。

明鏡止水

第1話

書くことだけが、趣味だった。

勉強するために読書量を増やして、雑学を学び。

観たくもないのにバラエティー番組を見て流行を追う。それでいて独創性も忘れない。

作品を書くときは、

何一つ読まない。

見ない。

一心不乱に書いて、

本当に困った時や慣れない叙述トリック、偉人の名言を拝借するときだけ資料やネットを駆使して、なんとか形にして。

その形にしたものを削ぎ落としたくないなあ、と思いながら添削をして。何度も読み返して、おかしな点はないか、誤字脱字はないか。

もう一回通して読んで、この物語は美しい。

美しければ読んでもらえる。

そう思って、美しい人へ差し出す。

すると、絶望が耳に届く。


「あなたはもう書かなくていいの」


一瞬、という言葉が美しくて好きだった。


嫌いな一刹那がその時はやってきた。


瞬きをして、それはどういう事ですかと問うた。


「もううちではあなたの書いたものを載せられないの」

「僕の書いたものが、読まれることはない……」

「そこまで悲嘆しないで。書き続けていれば、いいものができるかもしれない」


いいもの……。


「僕がこれまで書いたものは、いいものではありませんでしたか」

「わたしの感想では、デビュー作だけが面白かった。でも、他の作品にファンがいたのも確かよ。覚えておいて。編集者が勧めるのもどうかと思うのだけど、同人サークルとか、世に出す、本の形を成すやり方はたくさんあるわ」


「あなたに読んでもらいたくて書いていました。たとえ、自分の書くものが自分でもいいものじゃなくても……」


そうすると、相手は形の良く描かれた綺麗なダークブラウンの眉を下げて


「ごめんなさいね……」


と告げた。


大学生の時に書いたライトノベルが賞を取った。

一人で暮らしていた転生者の少女の力は。

この世全ての人の将来の適職を当てること。

彼女は信託の巫女になれる! 

たまたま少女の住まいに立ち寄った運命の騎士が魔物を倒し、この世の魔物を倒した数だけ人々の将来の適職が判明していく。

主人公の少女が魔物に襲われ、騎士がその魔物を倒すと、少女は告げる。

「あなたは、……王の直属の騎士団の団長になります、いえ、もう、なっています……」

王都からの騎士団長任命の書簡が届き、騎士の部下達の将来や本当は僧侶や冒険者、研究職に向いている者への信託。そして、現巫女からの代替わりの要請。

次第に惹かれ合う巫女見習いとなった少女と騎士団長。やがてくる金融恐慌による、人々の貧困。その先にあった支えは。

飢えや貧しさから犯罪に走るものを騎士道精神で正し、正真正銘の巫女となった少女の適職の信託と、与えられる「仕事」。


あなたは辛いでしょうが他国へ赴き紡績の技術を学んでください、あなたはまずは紙切れ同然となったこの紙幣で芸術を作り出してみてください、あなたは親のいなくなった子供を集めて孤児院で監督をお願いします。


なりたいものに悩んだ時、あなたの前に現れる信託の巫女。

騎士団長との逢瀬はすれ違うけれど、迷える人を導きます!

いづれ明かされる、巫女自身の適職とは?!


邂逅編。信託編。内乱編。集結編。そして、騎士団長と巫女の恋の行方。

巫女の力は弱まるが、自身の「適職」が騎士団長の妻だと信託を受けて逡巡する少女。

内乱を収め、王からも信頼を受け、姫君を贈られる騎士団長。

しかし、二人の思いは……。


そんなデビュー作のシリーズが終わり、僕はその後は特に面白いお話も考えられずにとにかく、書いていた。


今書いていたのは。

超善良令嬢だった少女がいっぺんくらい側近のメイドや幼馴染のお茶会に出席する容姿の美しくない者をいじめたり、悪役に徹したかったわ! という、悪役令嬢モノの逆バージョン。

死んだけれどご都合主義でもう一度人生をやり直す?!


善良な一生を終えたワタクシが!

なぜか悪役の限りを尽くします!

合言葉は

「身の程を知りなさい。これでお分かり?」

頭から紅茶びしゃー!!


しかし、全てはこの世の全ての悪を統べる魔王の耳にも届き。


元善良現役悪役令嬢、魔王に求婚されます!!


だ。


「おもしろくないんだろうか……」


「今後の展開次第、と言い続けてきたけれど、売れ行きが良くないの。ごめんなさい。最終巻だけは出せるようにするから、次で、あなたはもう、うちでは書かなくていいの。契約終了」


さて。

どんな最終回にしようか。


美女と野獣みたいにしようかな。


いや、まてよ。


現役悪役令嬢と現役魔王の婚姻。泣く子も黙る殺戮物語。ただし、世界を滅ぼそうとするのは側近のベルゼブブ。蝿の王。全ては魔王への対抗心と歪んだ

自己顕示欲と忠誠心。

やがて、現役悪役令嬢が機転を効かす。

「ねえ、あなた。ワタクシ、身近なモノほど壊したいんですのよ」

やがて弄ぶように魔王に葬られるベルゼブブ。

しかし、物語は悪役令嬢の魔王毒殺にて幕を引く。


「やっぱりワタクシ。こんなふうにしか、生きられないもの……」


国に戻った悪役令嬢は今後千年語り継がれる勇者となる。


全てを読み終えた彼女はいう。


「これで、あなたはもう書かなくていいの。長い間物語を絞り出すのは、お疲れ様でした。先生」


先生。そう。先生と呼ばれて、嬉しいから、書き続けられた。


数年後。


「先生、新刊、神です! 感想はやくメッセージでやり取りしたい〜!!」


「先生、新刊と既刊、一部ずつ、ください。先生の本何冊でも欲しい。毎回買っちゃう……」


「! ! 本当に存在してる〜〜!!」


「先生、あの、お手紙と差し入れ、いいですか?」


「ずばり、人がいないから言っちゃいますけど、猫が実は昔死んだ恋人の魂を腎臓に宿していて腎臓病になるの、泣けました。手術で成仏できて猫も助かって、もう、人生、生きよう、って思いました。先生ありがとう先生は猫お好きですか、え、飼ったことない? それなのにあの爪とぎのシーンの身体の反りの描写をあんな細かくなんてもう……」


「先生、書いてくれてありがとうございます!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あなたはもう書かなくていいの。 明鏡止水 @miuraharuma30

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ