第十五話「運命の模擬戦」

 ついに模擬戦が始まった。

 最初に動いたのはジャックだった。

 セドリックに向けて杖を大きく振った。


「天空を貫き、地を揺るがす雷霆よ!

 雷神の司法を現出し、雷華の嵐を永劫に刻み付けん!

 無慈悲なる稲妻の翼を翻し、我が前に立ち塞がる全てを殲滅せよ!

 サンダーディストラクション!」


 と、まずはサンダーディストラクションを放った。

 たちまち闘技場は猛烈な光に覆われ、とてつもない轟音や爆風が襲いかかってきた。


「「「キャーーーーーーーーーー!!」」」


 途端に、観客席から悲鳴が上がった。

 だが、セドリックには通用しない。

 彼の足元には一瞬にして魔法陣が展開された。

 そして、ジャックの放ったサンダーディストラクションは打ち消されてしまった。


「おいおい、こんな程度か?」


 セドリックは不敵な笑みを浮かべていた。

 これでは先程の模擬戦と似たような流れである。

 とはいえ、ジャックもこういう結果になるのは分かっていた。


(やはりどんな魔術を放っても無意味か……)


 さて、問題はここからどうするかだ。

 このまま闇雲に魔術を放ったところで負けるのは目に見えている。

 かといって何もしなければ、それはそれで追い詰められるだろう。

 ジャックは必死に次の手を考えた。

 すると、セドリックが声をかけてきた。


「どうした? 来ないのか?」

「僕も負けたくないのでね。慎重に動いているんですよ」

「ほう、ならば……」


 とその時、セドリックの魔法陣から魔剣が突き出てきた。

 彼はそれを手に取ると、


「こちらから行かせてもらうぞ!」


 と、ジャックに向かって突進してきた。


(クソッ! 隙を見て魔術を放つしか……!)


 ジャックは応戦すべく身構えた。

 すると次の瞬間!

 ディメオから真っ赤な光が激しく解き放たれた。

 そして、


 ズドオォォォォォン!!


 と、セドリックに向けて何かの魔術が放たれた。


「うおあっ!」


 突然の事態に、ジャックは驚く。

 一方のセドリックは慌てて立ち止まり、魔剣を構えた。


「おらあぁ!!」


 そして、ディメオから放たれた魔術を間一髪で切り裂いた。

 セドリックの首からは、つうと血が流れていた。

 あと一歩遅れていたら、彼の命はなかったことだろう。


「はぁ、はぁ、な、なんだ今のは……」


 さすがの彼も焦ったらしく、激しく息を切らしていた。

 ジャックはこの隙を逃さなかった。

 すかさず杖を構えると、


「我の手に虚空の刃を、エアスマッシュ!」


 と、エアスマッシュを放った。

 威力はディメオのおかげで劇的に高まっている。 

 だからこそ、何度も、何度も。

 とにかく一心不乱に放ち続けた。 


「えぇい! こんな程度じゃ俺には勝てねぇぞ!」


 セドリックは必死に切り裂きながら叫んだ。


「そうですね。あなたは魔術にはお強いですから。”魔術”にはね」

「あ?」


 含みのある言い方をするジャックに、セドリックは戸惑った。


「ペネトレイト!」


 ジャックは何かの詠唱をした。

 すると次の瞬間!

 彼の杖から鋭利な金属片が飛び出し、とてつもない勢いで放たれた。


「なに!?」


 セドリックは咄嗟に魔剣を構えた。

 だが、すぐに間に合わないと察し、それを避けるべく倒れ込んだ。

 すると、彼の足元にある魔法陣が歪んだ。

 ジャックはこの瞬間を見逃さなかった。


「雷神の裁き、電光石火の制裁よ!

 エレクトリシティ!」


 と、杖から光を伴わせながら電気を放った。

 そして、それはセドリックに直撃した。


「ぐあああああぁぁぁあ!!」


 セドリックは絶叫すると、そのまま気を失った。


「そ、そこまで!」


 すると、審判が模擬戦の終了を告げた。

 ジャックはゆっくりと杖を下げる。

 予想外の事態に、観客席はどよめいていた。


(か、勝ったのか……?)


 ジャックは自分でも状況を飲み込めず、ひどく戸惑っていた。

 とその時、一人の老人がジャックに歩み寄ってきた。

 長い白髪の頭で、髭をたっぷりと貯えている。


「お見事じゃった」


 老人は満足そうに微笑んでいた。


「えぇっと、あなたは……」

「これは失礼。ワシはここの学院長を務める、アラン・パーネルという者じゃ」

「が、学院長!?」


 突然の学院長の登場に、ジャックは驚きを隠せずにいた。

 そんな彼に構うことなく、アランは話を進める。


「いやはや、まさか彼の弱点を見破って『ペネトレイト』を発動するとはのう。ただ者ではないようじゃな」

「い、いえ、僕の実力ではなく杖のおかげでして……」


 ペネトレイトとは、空中に鋭利な金属片を作り出し、それを狙ったものに向けて撃ち放つという攻撃魔術のことだ。

 だが魔術といっても、ペネトレイトは相手に物理攻撃を加えるものである。

 いくら魔術を切り裂くのが得意なセドリックでも、物理攻撃となると話は変わってくる。

 アランが言う『弱点』というのも、おそらくそのことなのだろう。

 事実、ジャックがペネトレイトを放ったことで勝敗が決したといっても過言ではない。

 とはいえ、ジャックはある疑問を抱いていた。


「あのぉ、一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「うむ。なんじゃ?」

「セドリック様がお強いことには間違いないのですが、なぜ魔術を一度も発動されなかったのでしょう」


 そうなのだ。

 あれだけの実力があるのならば、魔術で相手を倒した方が早い。

 だが、セドリックは先程の模擬戦でも魔術を一度も発動しなかった。

 アランなら何か知っているかもしれない。

 すると、アランが口を開いた。


「あぁ、それはセドリックが魔力に劣っているからじゃよ」

「……劣っている?」

「あるにはあるのじゃが、大したものじゃなくてのう。高度な魔術でも発動すれば倒れてしまうかもしれないのじゃ。だから彼は魔力を効率よく使うようにしたのじゃよ」

「効率よく?」

「そうじゃ。魔力を魔術には使わずにのう。結界を張る魔法陣だの、魔術を切り裂く魔剣だの、とにかく実戦で強くなれるようにしたのじゃ」

「なるほど。そういうことだったのですか」


 ジャックはその話を聞いて腑に落ちた。

 魔力に劣っているのなら、なるべく魔術を発動しないのは当然のことである。

 実際、ジャックもディメオを手に入れるまでは、ろくに魔術を発動したことがなかった。

 セドリックの気持ちが妙に分かってしまう。

 それにしても、フランクの観察力は凄いものだ。

 彼は模擬戦の前に、


『でもよ、あの王子にそこまでの魔力があるようには思えねぇんだよなぁ』


 と、言っていた。

 これも帝国軍で培った何かが活かされているのだろうか。


「そういえば、まだ君の名前を聞いてなかったのう。なんというのかね?」

「ジャック……グリンピースと申します……」

「ほう、そうかそうか、グリンピース君か。……それで、本当はなんというのかね?」


 アランは朗らかに笑っていた。

 セドリックとは違い、彼には通じなかったようだ。


(ですよねー、さすがにバレますよねー……。とりあえずここは何でもいいから適当に言わないと……)


 ジャックは必死に新たな偽名を考えた。

 すると、アランが突如として真面目な顔になった。


「どうやら何か事情を抱えておるようじゃな」

「い、いえ、その……」

「いいのじゃよ。誰にでも言えない秘密というのはあるものじゃ」

「は、はい……」

「じゃが、『グリンピース』はよくないのう。すぐに嘘だと分かる」

「仰る通りで……」

「そうじゃな……。『ハリソン』ってのはどうじゃ?」

「ハリソン?」

「うむ。ごく普通の苗字で、怪しまれることもあるまい。偽名にはぴったりだと思うんじゃがな」


 たしかに『ハリソン』という苗字はよく耳にする。

 アランの言う通り、ジャックが名乗ったとしても怪しまれることはないだろう。

 これなら偽名として好都合である。


「僕もいいと思います」

「では決まりじゃな」


 アランは再び微笑むと、大きく頷いた。

 こうして、ジャックは『ジャック・ハリソン』となった。

 だが、ジャックはアランの対応を不思議に思っていた。


「しかし、なぜそこまでしてくださるのですか?」

「ん? どういう意味かね?」

「だって、僕は本名も語らないような輩ですよ? 普通だったら怪しんで徹底的に問い詰めたりとか……」

「あぁ、それは君がワシの知り合いとよく似ておるからじゃよ」

「……知り合い?」

「そうじゃ。それだけの話じゃ」


 その言葉を最後に、会話が途切れた。

 ジャックはどうも腑に落ちなかったが、それ以上詮索するのをよした。

 何はともあれ、ジャックは晴れてアルフォナ魔術学院への切符を手にした。




 それからジャックは入学手続きをし、学費は奨学金を借りることとなった。

 入学は一ヶ月後らしく、学生寮での生活もそこから始まるそうだ。

 とりあえずアルフォナでの居場所ができ、ジャックはホッと胸をなでおろした。

 そして、ジャックたちは宿への帰路についた。


「いやぁ、兄ちゃん凄かったな! まさかあそこでペネトレイトを放つとは思わんかったよ」

「まぁ全てはディメオのおかげなんですけどね」


 そう、あの時にディメオが勝手に魔術を放ったことで勝負の流れが大きく変わったのだ。


「でも不思議よね。ジャックが危なくなると、いつも勝手に魔術を放つなんて。どういう原理なのかしら」

「まるで兄ちゃんの守護霊みたいだな! フハハハハ!」

「守護霊ですか……」


 言われてみれば、たしかにそうだ。

 ディメオが勝手に魔術を放ったのは、デミオンから攻撃された時や衛兵たちに取り囲まれた時である。

 さらに今回も、危うくセドリックに倒されるというタイミングだった。


(ディメオって一体……)


 ジャックは不気味さすら覚え、無言でディメオを見つめていた。

 しばらくすると、宿の入口に辿り着いた。


「さぁ、今日は祝杯を挙げないとな!」


 フランクは意気込んで扉を開ける。

 すると、奥から


「おかえりいぃぃぃいい!」


 と、オカマの声が聞こえてきた。

 相変わらず騒がしい宿である。

 とはいえ、ここでの生活もあと一ヶ月で終わりだ。


(せっかくだし、この騒がしい雰囲気を楽しむのもありか……)


 なんて前向きに思ってみたが、世の中は無慈悲なものだった。

 それから毎晩、ジャックの部屋にあいつが現れたのだ。

 そう、黒光りした鋼鉄の羽で身を包むあいつだ。

 こうして、一ヶ月間にも及ぶ死闘が繰り広げられ、ジャックに平穏な日が訪れることはなかった。

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