第5話『風邪ひいて 栄養摂れは 眉に唾』
ある日、小学生のコロ助は風邪をひいた。三十八度越えの発熱。とてもしんどそうだ。
ベッドで寝込むコロ助のところに、濡れタオルを持った母がやってくる。
「コロ助ちゃん、風邪ひいちゃって、かわいそうに。食欲はどう? 昨晩から何も食べてないじゃないの」
「食欲はあんまりないなぁ」
「そっか、でも元気をつけるために、何か食べなきゃよ? おうどんにする? おかゆにする?」
「何もいらないかな。ポカリだけ欲しいかも」
「でも……」
「お母さん、もしかして無知?」
「ちょっとコロ助ちゃん、いきなりお母さんがムチムチだなんて、何を言うのよ。確かに若い時よりは太ったけど」
「ムチムチじゃなくて、『無知』だってば。知らないって意味の無知」
「ああ、そう言うこと? コロ助ちゃん、いつの間にそんなに賢くなって……お母さんもちょっとはお勉強しなきゃね」
「じゃあ、今日は『無知の知』の日だね」
「ムチノチ? ムチムチの亜種? それこそ何だかわからないわ」
「えーっと、無知の知についてはまた今度話すね。僕が言いたいのは、ウイルス・細菌性且つ一過性の病気にかかった時に食欲がなくなるのには、ちゃんとした理由があるってこと」
「理由? 食べるのも億劫になるほど元気がないってわけじゃなくて?」
「多分、その認識だと本質的な理解には至ってないね」
「あら、ちょっと生意気なことを言うじゃないの?」
「ただの生意気かどうかは話を聞いてから判断してほしいな」
「そ、そうね。わかったわ」
「ご理解ご協力感謝します。で、食べるって、エネルギーを使うよね?」
「えっ、エネルギーを、得るんじゃあなくて?」
「確かにトータルではエネルギーがプラマイ『プラ』になるようには食べるんだけど、食べると言う行為には、『摂取から排泄まで』の広い視野で見れば、エネルギーを『消費』してもいるんだ」
「ああ、なるほどね。消化したり、分解したりってことかしら」
「そう、そう言うこと。で、病気の時の優先度で言うと、『病気の原因を取り除く』のと『新たにエネルギーを得ること』ではどちらが高いと思う?」
「うーん……難しいわね。病原菌もやっつけなきゃいけないし、戦うためのエネルギーも必要だし……」
「その感じだと、何か抜け落ちている視点があるね」
「どう言うことかしら?」
「お母さんの、そのお腹の肉……」
コロ助は、母のお腹をツンツンとする。
「やだ! コロ助ちゃんやめなさいよ〜。お腹のお肉がどうしたっていうの?」
「それ、エネルギー」
「なるほど、その視点はなかったわ……」
「他にもエネルギーは身体中、至る所にあるよ?」
「へぇ、たとえば?」
「お腹以外の脂肪も全部そう。筋肉だって分解してエネルギーにできる。それにそもそも、肝臓を中心にグリコーゲンが貯蔵されているよ」
「ぐりこーげん。ほぉ……それでそれで?」
「体が病原菌と戦わないといけない緊急時は、食べることや消化することにエネルギーを使っている場合じゃない。侵入した病原菌と戦う仕組み、免疫システムにリソースを全振りする必要がある、これは理解できるよね?」
「ふむふむ、確かに筋が通っているわ」
「それで、新たにエネルギーとなる食べ物を摂取せずとも、貯蔵したグリコーゲンを使える形、グルコース、つまりブドウ糖に変換して、体を、免疫機構を動かすためのエネルギーにするんだ」
「おお! お母さん、わかってきたわよ!」
「うん、『知』の蓄積を感じるね。で、病気になった時、つい先日まで普段通りの食事をしていたなら、今言ったようなエネルギーの備蓄体制は整ってる。つまり病気になって二、三日は、新たなエネルギーの摂取を急ぐことは……」
「ないのね!」
「そう言うこと。あと注意すべき点として、水分と電解質の摂取は経つべきじゃない。電解質は神経伝達や浸透圧による体液の移動・濾過に関わるし、水分はそもそもの移動、濾過される側の物質だから、それらがないと、ウイルスや細菌と戦う以前に基本的な生命維持ができないからね」
「ごめんね、ちょっとそれは、お母さんには難しすぎるかも……」
「了解だよ、ならその辺は別の機会に。あともう一つ。裏を返せば、食欲が復活してきたら、免疫が勝利したことを意味するから、その時は素直にご飯を食べればいいと思う」
「うんうん。じゃあお母さんは、コロ助ちゃんがお腹空いたって言うまで待てばいいのね!」
「そう言うこと」
「わかったわ、じゃあ今はご飯はストップして、コロ助ちゃんの熱を下げるのに集中しようかしら……」
「えーっと、お母さん……言いにくいけど、それも『無知』だよ?」
「えーっ! どう言うこと!?」
〈第六話『風邪ひいて 熱を下げろは 眉に唾』に続く〉
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