第43話 ハッカーとクラッカーは別物です

 コークリと揉めているその時、シベリア共和国が動き出したという情報が入ってきた。

 具体的にいえば、シベリア最強と言われる第一艦隊が南下してきているというのだ。

 まだベーリング海峡を抜けていないので、近海につくまで1週間以上はかかるだろう。

 公式にはコークリとの合同演習との事だが、鵜呑みにはできない。


『ご主人さま、スマホのデータに意識を集中してみていただけますか。』

「えっ、何するの?」

『先日の、内部データへのアクセスを再現してみたいのですが。』

「いいよ。……あれ、なんかこの前と違う感じがする。」

『言語が違うんですよ。これはメーカーの開発した言語で、アプリ開発にも使われているんですよね。』


 桜が改行と注釈を入れてくれたおかげでシステムの流れがよくわかる。


『この部分で基地局を探してデータの送受信をしているんですが、それで出入りしているゲートがここなんですが、この先へ進めませんか?』

「すすむ?」

『はい。送られていくコマンドとデータを追跡するイメージですかね。』

「このデータを追いかけていけばいいのかな……、……うわっ、なんだこれ!」

『空間を飛び越えた感じですかね。ここは中継する基地局ですから、そのまま今のコマンドを追いかけてください。』

「……追いかけきれないよ……。」

『連続したパッケージですから見失っても大丈夫ですよ。この端末から出てるデータは緑、この端末宛のデータは赤で表示させますね。』

「ああ、この緑のラインを追っていけばいいのか……。」


 目まぐるしく流れていくデータに眩暈を感じる。


『余計な情報は薄いグレーにしましょう。これでどうですか?』

「……、もっと薄くできる?……ああ、これなら気にならないな。」


 目を閉じているので緑のラインに集中できる。


『はい。ここがサーバーですね。せっかくですから、ここに少しデータエリアを確保しましょう。』

「そんなことして大丈夫なの?」

『正規のアクセスじゃないので誰も気づきませんよ。5テラくらい……はい、確保できましたのでショートカットを作っておきましょう。』

「へえ、ここが確保したエリアなんだ。なんか真っ白な部屋に見えるね。」

『この白さは見せかけなんですよ。ほら、少しめくってみると残っているデータがあるでしょ。』

「へえ、見せかけの白さなんだ。」

『これを復元すれば、削除したはずのデータを取り出せるんですよ。』


『じゃあ、一旦スマホに戻りましょう……。次はGPS衛星に潜り込んでみましょう。』

「だって、GPS衛星って受診するだけじゃないの?」

『ええ、この部分が位置を確定するプログラムですね。ここで判断している位置情報がこれなので、これを青に設定してやれば追いかけられますよ。』

「青のデータ……。これか……。」

『飛んでくる方向をチェックしてその方向に飛べば行きつきますよ。』


 向かってくるデータを捕まえるのは少し難しかった。

 時間はかかったが、なんとか発信源を突き止めてプログラムに潜り込むことができた。


『ありがとうございます。ここはショートカットだけ作っておきましょう。今、何かする必要はありませんから。』


 同じ要領で通信衛星も突き止め、ショートカットを作っておいた。


『あとは偵察衛星にもアクセスしたいのですが、今はなんの手がかりもないので探しようがないですね。』

「偵察衛星……、そうか!コークリやシベリアの偵察衛星をハッキングできれば!」

『ええ。今回のあちらの動きが侵略行為だった場合、衛星を無力化できれば大和に有利になりますからね。』

「それって、潜水艦の残骸を調べればいけるんじゃない?」

『もう一つ、直接視認できる距離まで近づけばアクセスできると思いますよ。』

「直接って……、そうかボイルで飛んでいけばいいのか!」

『監視衛星って、光学カメラの解像度をあげるために、低い位置を飛んでいますからね。高度は200kmくらいです。』

「200kmって、そんなに近いんだ。」

『軍の方で位置は掴んでいるはずですから、事情を説明すれば教えてくれる……、いえ、軍のサーバー内に位置情報があるはずですね。ちょっと探してみます。』


 コークリ・シベリアどちらの情報も簡単に見つけることができた。


 俺は大臣の秘書官と連絡をとり、面会を頼んだ。

 同席可能な軍の上層部にも同席してもらうように頼んである。


 俺からの面会希望ならば緊急案件だと理解している秘書官は今日の16時から1時間空けてくれた。

 陸・海・空軍の幕僚長も同席してくれるらしい。


「偵察衛星のシステムに潜り込むなんていう事が、本当にできるのかね……。」

「ええ、今日の午前中に、通信衛星とGPS衛星2機にはアクセスできました。」

「それで、具体的には何ができるんだい?」

「落下させることもできますが、それじゃあつまらないので、例えば発信される位置情報を誤ったものにするなんていうことができますね。」

「データの改変か……。」

「アクセス用のコードを変更して、大和から操作可能にすることも可能みたいです。」

「まさか、衛星を大和のものにしてしまうのかね。」

「そういう事です。」

「コークリの衛星など大した事はないが、シベリアのもかね。」

「はい。衛星から追跡すれば、基地のシステムにアクセスできると思いますから、例えば核ミサイルが発射されるのなら、座標を変えることもできそうです。」


「それは魔法なのかね?」

「いえ、どうやらアビリティーっぽいですね。」

「君は……、魔王になるつもりなのかね……。」

「いやだなぁ。僕にそんな野心はありませんよ。そうだ、魁(さきがけ)を僕に使わせてもらえませんか。」

「スパコンの魁かね?」

「はい。」

「どうするつもりだい?」

「さすがに、この義手に搭載されているCPUで制御しきれなくなりそうなので、僕の使っているAIの桜に制御させてコークリやシベリアの基地を監視させます。」

「わかった。文化庁と交渉して実現させよう。」

「お願いします。」


 魁はまもなく運用を終える予定の旧世代スーパーコンピュータである。

 そこに桜のシステムを入れて子機として使うという構想だ。



 翌日、俺はボイルに乗って監視衛星巡りを開始した。

 制御は桜に任せてあるのでクルーも特に仕事はない。

 ただ、何かあった場合に備えて、レーダーの監視などに注力してもらっている。


「レーダー認識、照合の結果コークリの偵察衛星KOH-012です。」

「少し静止状態にするけど、何もしなくていいよ。」


 俺は意識を集中して偵察衛星に潜り込んでいく。


『アクセス完了しました。ショートカットを作成完了です。細かい制御は魁が使えるようになったらやらせましょう。次の衛星に向かいます。』


 こうして3時間かけてコークリの衛星5個と、この付近を飛んでいたシベリアの衛星30機を回った。


『ショートカットを作りましたので、あとは基地に帰ってから続きをやりましょう。』

「なあ、腕が少し熱くなっているけど大丈夫か?」

『少し集中しましたからね。この義手には排熱機能がありませんから、どうしても熱が籠っちゃうんですよ。』

「そうだよな。あくまでも魔法の補助用に開発された装備だもんな。」

『はい。心配でしたら、冷蔵庫にでも腕を突っ込んでおいてください。』

「いやいや、魔法で直接冷やしてやるよ。」

『急激に冷やすと結露が発生しますから注意してくださいね。』


 左手に団扇をもって右手を冷やす姿は、滑稽に見えたかもしれない。



【あとがき】

 スーパーハッカー誕生です。

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