第38話 アルプスの少女……いやゲルマンの少女か……。
白ゴジの子供を3体討伐できたが、まだ親と子供1匹は残っている。
俺たちは1日休みをもらって、また巡回に出た。
ケルトは今回の責任をとるという形で、全員マンボウから降りてしまった。
世間はあまりにも無責任だと非難が沸き起こったが、魔導挺の開発は続けるという。
一方でグリングリーンは、世間を騒がせたことへの謝罪はあったが、白ゴジ保護の姿勢は崩さないと宣言している。
これに対して、大和政府は環境保護団体の無責任な行動により、隊員が危険に晒されたとしてグリングリーンを激しく非難した。
多くのスポンサー離れが起こり、存続の危機に陥っているという。
ケルトのリサについては、除隊となったうえで裁判が予定されていると聞いた。
直接ではないにしても、あの投稿をきっかけに民間人が3人死んでいるのだ。
何らかの責任を問われてもやむを得ないだろう。
「ケルトのメンバーについては、残念ですが仕方ないでしょう。代わりの要員については、大和から派遣すると共にゲルマンへも増員を頼んでいます。」
「ボス、本国からメンバーを1名選定したと連絡が入っています。」
「へえ、早速探してくれたんだ。」
「早いのは評価できるんですが……。」
「何か、問題でも?」
「……子供なんですよ。」
「子供?それを言ったら、僕だって子供だけど。」
「いえ、もっと……」
ゲルマンから派遣されてきたのは、アーデルハイド・ヤーマンという10才の少女だった。
茶髪ショートの彼女は、生成りの白いワンピースで現れた。
「ゲッツ、これはいくらなんでも……。」
「はあ……、魔法の才能はぴか一なんですよ。ただ、民間人ですので……私が責任をもって指導いたしますので。」
俺たちの心配をよそに、彼女ハイジはメンバーの中に溶け込んでいった。
特に彼女と仲良くなったのはサヤカだった。
個人でナビを持っていないハイジに対して、自分のバックアップ用のナビをプレゼントして、一から魔法を教えていった。
2台のナビは当然だが無線リンクしている。
それを利用してフライトでマンボウを飛び出して、二人で自由に飛行を楽しんでいる。
ハイジもサヤカに懐いている。
思い込みに縛られないハイジは、俺たちの発想が追いつかないほどのアレンジを加えていく。
高速で急降下し、錐もみ状態で水面に突っ込んでいき、10mほど潜って飛び出してくる。
ハイジのナビにも当然AIが搭載されている。
驚いたことに、補助機器なしで視覚系照準が使えているようだ。
「ハイジのAIはなんている名前なんだい。」
『クララですね。同調率がものすごく高いです。あれなら、意識とAIのタイムラグがありませんから、考えたことをAIが即座に実行できているはずですね。』
「それって、脳の方でもAIありきで思考」できるってことなんじゃあ……。」
『多分、そうだと思います。余計な知識がありませんから、順応が早いのでしょうね。』
「それって、俺たちの関係と、どう違うんだい?」
『ご主人様もサヤカ様も、フライトを使う場合に高度や速度を意識してAIに指示を出しますよね。』
「それが普通だろ?」
『ハイジとクララは、一緒に考えています。ハイジがあそこへ行きたいと考えると同時に、クララがフライトを構築して実行します。』
「そうなると、魔法を使うって感覚じゃなく、例えば歩いたり手を振ったりするのと同じくらいに魔法を使えるってこと?」
『そうですね。ご主人様と私の間にタイムラグが2秒あるとします。あの二人はそれが0.1秒くらいで実行できているようですね。』
これは驚くべきことだった。
俺も、AIの補助のおかげで最強の魔法士とか呼ばれているが、ハイジの足元にも及ばないらしい。
「なんだか、娘ができたみたい。」
「そうだね。AI同士がリンクしているからか、感情の流れみたいなのが分かる感じがする。」
「ハイジは孤児なんだって、話してくれた。今は、施設で暮らしているんだって。」
「だからかな。ハイジが君のことを母親みたいに感じているみたいだね。」
「これまでは、研究対象としていろいろな実験につきあってきたみたい。同世代の子供と遊ぶこともなく、女の子らしいこともやってきていないみたい……。」
翌日、俺は防衛大臣に連絡した。
「今回合流したゲルマンのアーデルハイド・ヤーマンをサヤカの養子に迎えたいと考えています。」
「どうしたんだい、急に。」
「人との出会いに理由は要らないですよ。僕たちは、そういう出会いをしたってことです。」
「ふむ、10才の女子か。相当な逸材ということか。」
「まあ、ゲルマン側も難色を示すでしょうが、金銭的なものを含めて実現に向けて全力でいきますよ。大和へ迎えることが難しいのなら、僕たちが国籍を代えてもいいと思っています。」
「おいおい、国を脅すつもりかい。」
「それだけ本気だということです。ゲルマンから要望があったら、できる限り対応しますよ。」
「わかった。首相にも話して、協力してもらう。」
「それから、彼女の入所している施設の情報もほしいです。」
サヤカには伝えていない。
調べたところ、未成年の俺では養親(ようしん)にはなれないらしい。
少なくとも、大和の法律では、対象者が15歳未満の場合は法定代理人の承諾が必要らしい。
色々と難しいことがありそうだ。
白ゴジは姿を見せない。
だが、3体の子供を討伐したマダガスカル付近で子供を探しているだろうという予感があった。
そんな中、ロバイに引き渡した白ゴジが生きているというニュースが飛び込んできた。
白ゴジに接している氷が溶けてきており、その中で身動きしているのが確認されたらしい。
とはいえ、氷漬けにしてから餌をとっていないので、相当衰弱していることが予想される。
ロバイは冷凍倉庫の温度を下げてこれ以上氷が溶けないように対策しているようだが、この先どうするかは検討中だという。
「危ないな。環境保護団体が過激な行動をおこさないといいんだが。」
「過激って?」
「倉庫を破壊するとか、停電させて冷凍機能を無効にする「とかだね。」
「でも、このままだと死んじゃうんでしょ?」
「そうだね。白ゴジは人間を食べちゃうんだ。だから放置するわけにはいかないんだ。」
「人間は食べちゃダメだって教えられないの?」
「白ゴジは大きいだろ。犬を躾けるみたいにはいかないんだよ。」
「……。かわいそうだよ、まだ子供なんだし……。」
そうだった。
ハイジは親のいない寂しさを誰よりも分かっている。
ヤバいことに、ハイジの感情が流れ込んでくる。
サヤカは涙まで流していた。
だが、どうしたらいいんだろう。
この時の俺は気づいていなかった。
ナビ同士がリンクしているとはいえ、相手の感情を感じるなんてありえない。
ナビによるリンクはあくまでも情報の共有であり、言葉にしていない感情を感じることはできない。
「ジン君、ありがとう。私もハイジを養子にしたいって思っていたんだ。」
「えっ?大臣との会話……。」
「違うよ。なんだか変なんだけど、ジン君やハイジの考えていることが分かるの。」
「えっ?」
「ハイジも、私たちの子供になりたいって。いきなりパパになっちゃうね。」
なんだろう。
そんな感じはしていた。
だが、意識の共有なんて……可能なのだろうか。
【あとがき】
まさかの、ハイジとクララ……。
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