第26話 白ゴジはどうやら腹を減らしているらしい

 東京で降灰が始まったのは噴火から90分後だった。

 入っている情報では神奈川県の松田町で降灰あ25cm。秦野市で18cm。横浜市西部で12cmだという。

 神奈川県内の交通網は完全に麻痺している。


 火山灰で注意しなくてはいけないことの一つに、砂よりも粒が小さく絶縁体だということがあげられる。

 つまり、機械の中に入り込んで接触不良を引き起こすのだ。

 パソコン・スマホ・ナビなどキーボードがついている機器類は、防水もしくは防塵タイプでないと動作不良を引き起こす。

 特にナビの動作不良は致命的になり得る。

 幸いにも、俺の義手や殆どのメンバーが使うナビは防水仕様だった。

 

 路面を覆った火山灰は、道路の表示をすべて隠してしまい、事故を誘発している。

 降灰は約半日続き、小康状態に入る。

 つまり、最初の爆発で巻き上げられた火山灰が、半日かけてゆっくり地上に降り注ぐのだが、それ以降の噴煙は偏西風には届かずに近場に降るのだ。

 

 降灰がおさまったタイミングで行政も動き出す。

 主要道路の路面清掃が始まり、住民も自宅周辺の火山灰をビニール袋に詰めてまとめていく。

 立ち往生した車や事故車両がレッカー移動され、徐々に生活が戻っていく。


 ただし、火山灰は雪とは違う。

 少しの風で、屋根に積もった灰や路肩の灰がまきあげられ、また生活を乱してくるのだ。


「駿東郡小山町で山中の民家が倒壊したようだ。D班は厚木基地へ移動し、厚木空軍と合流したうえで現地へ出動してください。」

「了解。D班出動します。」


 小山町付近では1.5mの降灰が確認されており、現在も降灰が続いている。

 ヘリも飛ばせないし、特殊車両でないと山間部は厳しいようだ。


 降灰が始まってから試したところ、灰はシールドで防げた。

 これならば、俺たちにできることは多い。


 その後も、主に神奈川エリアから続々と応援要請が入ったため、B班とC班も厚木基地に向かわせる。


 俺はスマホで司令部から呼び出しを受けた。


「リサさん、白ゴジ……いや、海ドラゴンが出た、サポートしてください。」

「はい。」


 普段は白ゴジと呼んでいるので、つい出てしまった。

 テレビでも白ゴジという呼び方が定着してきた感じだ。


「場所は?」

「久米島西部を北上中らしい。」

「えっ、遠いですね。」

「だから政府も様子見らしい。」

「そうですね。そのコースだと……コークリやシンに行きたいなら、邪魔するのは悪いですよね。」


 俺たちは指令室に入った。


「状況はどうですか?」

「現在、久米島の150km西側を、北に向けて時速45kmで進行中です。」

「このまま進むとどうなりますか?」

「半島まで約900kmですから、20時間後には到達すると思われます。」

「だが、この辺りから深度が浅くなってくる。それを嫌って北東に進路を変える可能性も高いので君に来てもらったんだ。」

「このマップだと、今は大和のEEZ内なので自由に追尾できるでしょうが、この先はシンのEEZですよね。追尾するんですか?」

「いや、シンを刺激しないためにも大和のEEZから追尾を続ける予定だ。」


 俺とリサさんは席を用意してもらった。

 WRSを起動して久米島を探し、監視中の護衛艦らしい艦影を見つけた。

 それの少し西側の部分が黒く抜けている。周辺も黒いのだが、魔法で感知できない部分は黒の密度が違うのだ。

 少し拡大していくと、白ゴジの輪郭が浮かび上がってくる。


「桜、この状態で追跡できるか?」

『承知いたしました。ご主人様。』

「隊長。補足できたんですね。」

「うん。必要があればいつでも攻撃モードに入れるよ。」

「指令長、ターゲットを補足できました。指示があればいつでも攻撃に移れます。まあ、口を開いてくれればですけど。」

「情報によれば、ヤツはイルカの群れを追っているらしい。捕まえれば口を開くさ。」

「イルカの最高速度も時速50kmくらいですよね。そうするとスタミナ勝負か。」

「先を行くイルカの群れが西寄りに進路を変えました。進行方向に5・6隻漁船らしい姿が見えます。」

「ヤツには手ごろなサイズだな。」

「まさか、イルカが誘導したんですか?」

「イルカだって50kmで泳ぎ続けるのはシンドイだろうさ。生き残るためだったらそれくらいの事を考えても不思議じゃないよ。」


 イルカの誘導が功を奏したのか、白ゴジは漁船らしい船に突進していった。

 哨戒機からの映像だが、どうみても10m程度の船は人間にとっての浮き輪程度のサイズだった。

 簡単に破壊される船体。そこで少しの間があり、白ゴジはイルカの追跡をやめてほかの漁船に向かった。

 嫌な予感があった。


「なんで……?」

「船の破壊が目的じゃない……あれは……。」


 残った漁船が逃げていく。

 白ゴジの追跡対象は漁船に変わっていた。


「人間をエサとして認識してしまった。」

「そんな……。」


 白ゴジは1隻づつ、確実に船を捕捉し人間を落として捕食しているようだ。

 船の破壊には興味なさそうだ。

 そして少し先に行った漁船を捕捉し繰り返していく。 

 結果として、漁船は港方向へ白ゴジを誘導してしまった。

 陸に近づくにつれ、船の種類も数も増えていく。


 哨戒機からの映像は途切れ、偵察衛星からの画像に切り替わる。

 30mの白ゴジは衛星の画像で十分に認識できる。


 やがてシンの戦闘艦や戦闘機・攻撃ヘリが集まり白ゴジを攻撃し始めると、白ゴジは海に潜った。

 白く見えていた白ゴジの体が海に溶けていく。

 

「船からはソナーで把握できているんだろうね。爆雷みたいなので攻撃が続いてる。」 

「徐々に、陸へ近づいていますね。あっ、船が!」


 急浮上してきたのだろう。

 駆逐艦のような艦影は爪で何度も切り裂かれ傾いていった。

 そして艦を抱えた状態で、白ゴジは動かなくなった。


「大型の船には、多くのエサが乗っていることを覚えてしまったか……。」

「まさか、脱出しようとしてる乗員を……。」

「アリクイがアリ塚を壊してエサを漁ってる感じなんだろうな。」


 戦闘機とヘリが戻ってきたが、白ゴジは再び水中へと姿を消した。

 最初に潜った時点で、桜は目標の消失を伝えてきた。

 エリアサーチは、水中では効果を失う。


 シンの艦船が何隻も集まり、捜索を開始しているようだ。


「次にヤツが腹を空かせたときに、どこに現れるかだな。」


 シンは公式に、海ドラゴンを追い払ったと発表した。

 攻撃中の映像だけを切り取り、艦が攻撃されている映像なのは出さず、被害は民間の漁船だけだと報じた。


 そして俺は24時間指令本部での待機を依頼された。

 待機手当は、一泊30万円で、討伐報酬として2000万円が提示され契約を締結している。


「悪いけど、チームの方はある程度任せてもいいかな?」

「当然ですわ、ジン君の留守を守るのは妻の役目ですから。」


 昼間は、なるべくチームの指揮をとるようにしているが、出現の情報が入れば指令室に張り付きとなる。

 まだ、無差別討伐の指示は出ていない。

 他国の戦力を知ることも重要なのだ。


 今のところ、目撃情報としては南下しているように思われる。


 ところが突然、マイアミ沖での出現情報が飛び込んできた。

 大西洋側である。

 別の個体なのか、高速移動の方法があるのか、誤報・誤認なのか、結論はまだ出ていない。



【あとがき】

 地震・津波・噴火・白ゴジ。まだ、どれも落ち着いてはいません。

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