第3話 サイクロプスのこん棒

 タマ風穴は、ニコタマの駅からバスに乗って15分の場所にあった。

 周囲に人家のない森を突き抜けた先にポッカリと口を開けている。


「じゃあ、装備の最終チェックをしよう。」

「はい。」 「うん。」

「アームライト点灯。」


 アームライトは、腕に巻きつけるタイプの広角型LEDライトで、持続時間は14時間となっている。

 死角ができないように、3人が点灯していくのだ。


「「点灯よし!」」

「ナイフ確認。」


 ナイフも、ホルスターから抜いてガタツキなどが無いかチェックする。


「「ナイフよし。」」

「救急薬品の確認。」

「救急薬品オッケーよ。」


 こうして、チェックリストを使って、全員で所持品のチェックを行う。


「よし、ではダンジョンに潜入する。」

「「はい。」」


 このダンジョンのマップは公開されているので、中衛のハカセがタブレットで位置を確認しながら進む。


「4m先にスライム発見。」

「スライムは僕の担当だね。」


 ハカセは右手の人差し指をスライムに向けて伸ばし、右腕の手首に装着したMPUのナビを操作する。


「凍結!」


 言葉に合わせたかのようにスライムは凍り付いた。

 このまま放置すると復活してしまうので、俺が蹴りを入れて粉砕する。


「討伐完了。」

「初めての獲物ね。欠片を持って帰ろうかしら。」

「やめろ。氷が溶けたら、リュックに穴が開くぞ。」

「冗談に決まってるでしょ。バカね。」


「5M先、多分ゴブリンだ。」

「じゃあ、ジンを身体強化…………完了!」

 

 ゴブリンは俺がナイフで仕留めた。

 

「よし、討伐完了。じゃあ、背中を開いて魔石を確認するぞ。」

「ダメッ、私はパス!」

「仕方ねえな、こんなのカエルの解剖と同じじゃねえか。」


 そうは強がってみせたが、俺の手も震えていた。

 背骨に沿って切り開いていくと、カチンと硬い手ごたえがあったので、手を突っ込み魔石を取り出した。

 正直言って、吐きそうだった……。


 魔石を取り出したあとは、クリーンの魔法で手と魔石をキレイにする。


「ほらよ。」

「うーっ、さっきのを見たあとじゃ、受け取りたくない気分なんだけど……。」

「俺だって持っていたくねえよ。」


 事前に決めた役割分担で、魔石を取り出すのは俺とハカセが交代で行い、リンが保管する役目だった。


 俺たちは順調にダンジョンを進み、最奥へ到達した。


「ここが一番奥なのね。」

「そうだね。マップでもそう表示されてる。」


 魔物も2体、3体と倒すうちに、大分慣れてきた。

 既に10体ほど倒し、連携もスムーズになってきている。


「ねえ、あれってヒビ?」

「……確かに亀裂が入っているね。写真を撮って学校に報告しておこう。」

「ちょっと待て、あのヒビ……広がってないか……。」


 その亀裂は、確かに最奥の壁から、俺たちの足元にまで伸びてきた。


「ヤバイ!戻ろう!」

「待って!これ、広がって……」


 リンの言葉に呼応するように、俺たちの足元が崩れた。


 足元の落下は1m程だった。

 咄嗟のことで、三人とも尻もちをついてしまったが、それほどのダメージはなさそうだ。

 だが、下の地面は急な勾配になっており、俺たちは瓦礫と一緒にズルズルと滑り落ちていく。


「何アレ!」

「……サイクロプスだ……多分。」


 滑り落ちた先には、大きな暗闇が広がっており、俺たちのライトに3mほどの巨体が浮かび上がっていた。

 青い体のサイクロプスはBクラスの魔物だ。俺たちが対処できる相手じゃない。

 

「上に戻れ!」

「む、無理よ……。」

「諦めるな!」


 俺は自分のナビを捜査して、ショートカットに登録した身体強化と物理シールドを起動。

 腰からナイフを取り出した。

 だが、図体の大きさに似合わず、サイクロプスの動きは俊敏だった。

 ノロノロと立ち上がろうとする俺たちめがけてとびかかってくる。

 狙いは一番近いリンだった。

 俺はリンの前に移動しようとしたが、明らかにサイクロプスの方が早い……。


 ……イヤだ!……また、俺の前で……人が死んでしまう……ダメだ!リン!お前を……失いたくない……

 すべてがストップモーションのように感じられた。

 リンに向けて手を伸ばすが、サイクロプスのこん棒がリンに迫る。

 クソッ!……あの間に!……リンとサイクロプスの間に入れれば、物理シールドでカバーできるのに!


 次の瞬間、サイクロプスの打撃がシールドを破って、俺の右腕にヒットした。

 なんで……。

 右手から離れたナイフが、宙を舞っている。

 俺は左手で空中のナイフを掴み、飛び上がりながらサイクロプスの一つしかない目に突き刺した。

 左手の肘まで、目に潜り込んだ。

 俺が記憶しているのはここまでだった。


 俺が目を覚ましたのは、白い天井の部屋だった。


「びょう……いん?」

「ジン、気が付いたのね!よかった……。」

「おっ、ヒーローのお目覚めか!」


 状況を理解するのに、数秒を要した。


「助かった……のか?」

「……命だけは……ねっ。」

「うっ……。」

「もうね、グチャグチャで赤坂さんは泣き叫ぶし、大変だったんだからさ。」

「そう……か。」


 あの時、右腕でこん棒を受けた。

 物理シールドを打ち破ったこん棒だが、威力は相当落ちていたのだろう。

 身体強化した右腕の骨と肉を粉々に砕いて止めることができた。

 その感覚がよみがえり、恐怖で体が震えた。


「大丈夫っ!」

「あ、ああ。」


 ケガはなかったのだろう。

 リンの無事な姿を見てホッとして涙が出てきた。


「い、痛むの?」

「……いや、……リンが無事でよかった。」

「そうだね。ニュースでも報道されて、君はもう、ヒーローになってるよ。」

「そんなんじゃねえよ。」

「君は3日間昏睡状態だったんだ。その間にトップニュースになったんだけど、そのおかげであのオブロン社が最新式の義手を提供してくれるってさ。」

「オブロン社って、魔道具と医療機器を融合させて話題になったとこ?」

「そう。僕もオブロン社の研究所で実物を見せてもらったんだけど、慣れれば脳波とリンクして指や手首が自在に動くんだ。」

「へえ。」

「しかも、MPU搭載でナビになってんだよ。僕が欲しいくらいだよ。」

「そいつは楽しみだ。」

「君が目を覚ましたら、君の了解をとって採寸に来たいってさ。」

「多分寝てるだけだし、いつでもいいよ。」

「でも、あの研究所、すごかったな……。」

「ハカセ、俺のケガを口実にして見学にいったんじゃないだろうな。」

「当然でしょ。オブロンの研究所なんて機密情報の宝庫なんだから、普通じゃ絶対に行けないところよ。」

「……まさか、リンも?」

「私は、ジンの右手がどうなるのか心配だったから……。」

「へえ。僕はあんなにキラキラした目の赤坂さんは初めて見たよ。」

「そんなこと……。」

「バストアップや髪飾り型の魔道具とか、ブレスレットになった小型ナビに興味深々だったよね。」

「リンだもんね。」

「……。」


 そしてその翌日。オブロン社の担当者が来て、色々と教えてくれながら採寸していった。

 採寸は主に左手だ。

 左手の対称として右手の外装を作っていくんだそうだ。

 ハカセが言ったように、内部ユニットは製造が先行しており、脳波コントロールはほぼ完成の域にあるらしい。

 今回、無償で提供してくれるのは、広告効果もあるのだがデータ採りを兼ねており、装着後も機能追加があり得るらしい。

 俺も意見を出せば、反映される可能性があると聞いた。


 楽しみで仕方ない。



【あとがき】

 義手。ハガ錬はどっちの手でしたっけ。

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